第21話 深淵の王子様、一緒に下校する
二日間に渡った星高祭も無事終わり、翌日の二日間は代休となった。
来週には試験期間に突入するので、貴重な準備期間ではあるのだが、「一日くらいは遊ぼうよ!」という安奈の提案に乗って、鈴乃、彩香、安奈、唯の四人で、カラオケにやって来た。場所は鈴乃たちの地元で、唯を除いた三人には馴染みのある店である。
テーブルには四つのグラスが並び、現在、安奈が熱唱中。
安奈の声はとても可愛らしいのだが、音痴なのが玉に瑕。
唯はリモコンを操作して、二週目に歌う曲を入力している。
彩香は安奈の歌を聴きながらも、隣の鈴乃の耳元に顔を近づけ、話しかける。
「最近、神谷くんとどうなの?」
「……最近?」
まだ誰にも正式に告白された話を伝えていなかったので、彩香は今も壮馬との関係が微妙なままだと思っていて、気に掛けてくれているらしい。
「あ、あの後ね、ちゃんと、告白してもらって、それでちゃんと付き合うことになったよ。やっぱり、それまでは付き合ってなかったみたいで、私の勘違いだったの、へへ」
勘違いしていたなんて恥ずかしいが、あの雰囲気では付き合うことになったと勘違いしても仕方がなかったと思う。だが、やはり恥ずかしい。
「え! 神谷くんとの話⁉ 私も聞きたーい!」
まだCメロを歌い切っていない安奈が話に割り込んでくる。
神谷という言葉を聞きつけ、唯もリモコンから顔を上げる。
「え? 神谷くんの話って?」
鈴乃は安奈と唯の期待の眼差しから目を逸らす。
「ゆいちゃん、すずちゃんは神谷くんと付き合うことになったんだって」
安奈が唯に説明すると、唯は顔をみるみるうちに赤らめ、口を手で覆った。
「え! あの神谷くんが!」
視線が痛い。どうやら唯は知らなかったようだ。特に口止めしていたわけではないが、彩香も安奈も配慮してくれていたらしい。
唯には自分からちゃんと説明しておいた方が良いだろう。
「あ、えっとね。みんなで海へ行った日に、神谷くんが、昔一度だけ遊んだことのある男の子だとわかって、それで、その……お互い、ずっと会いたがっていたことがわかって。そのあと、何だかんだあって付き合うことに……なったの」
何度説明しても、自分の恋の話を口に出すのは恥ずかしい。
鈴乃は気分を紛らわせるために、ジュースを手に取って飲んだ。
「すずのちゃんは、神谷くんがその男の子だっていつ気が付いたの?」
唯が興味津々といった調子で聞いてくる。
「えっと、海に行った日かな。解散した後、また神谷くんと会う機会があって、そこでわかったの」
「あの後、会ったの?」
驚いて大きな声を出す唯に、鈴乃は苦笑いしながら頷く。
唯は壮馬と同じ電車に乗って帰ったのだ。その壮馬がまた電車に乗ったことを知らなかったのだろう。こんな驚かれては、三度目もあったことは言えない。
「運命的で素敵だね」
唯はしばらくうっとりしていたが、はっとしたように鞄から水色の冊子を取り出した。
「運命と言えば! 部誌のテーマ、運命だったよね! 読んだよ!」
部誌を両手で持ち、表紙を鈴乃に突き出して見せる。
星高祭で文芸部が発行した部誌のテーマは『運命』だったので、思い出したようだ。
鈴乃は唯が部誌を持ってきたことに虚を突かれたが、素直に読んでくれたことが嬉しくて礼を言う。
「私も読んだけど、真ん中の詩が神谷くんのだよね。すずのことかなぁって思わされるものがあって、赤面ものだったよ。神谷くん、ロマンチストだね」
彩香がそう言うと、唯はページをめくり、壮馬の書いた詩を目で追う。そして、顔だけでなく耳まで赤くなった。
「確かに、これは……きっと、すずのちゃんのことを想って作ったんだろうね」
壮馬の詩を思い浮かべ、それが自分のことだと言われて、鈴乃は体が熱くなる。
「もう、部誌閉じよう! ほら、次の曲もう始まっちゃってる! この曲は……私だ! マイク、マイク!」
テーブルからマイクを取って、途中から歌い出す。
その様子を見て、鈴乃以外の三人は顔を見合わせて笑った。
翌週、定期試験期間に突入した。
早く帰宅できるとは言っても、帰ればすぐ翌日の試験勉強だ。
試験期間は部活の活動がないため、一斉に帰ることになる。
「すず、一緒に帰れる?」
机まで迎えに来た壮馬に頷き、下駄箱まで向かう。
そこで、彩香と出くわした。
「あ、すず。神谷くん、お疲れさま。また明日ね」
彩香は鈴乃に目で合図した。
普段ならば、彩香と会えば、必ず彩香と帰っていたが、今日は壮馬が一緒だ。
気にせず、二人で帰れということらしい。
「あー! すずちゃん、神谷くんだ! あやちゃんも。みんなで一緒に帰ろ!!」
だが、後ろから掛かった安奈の台詞で、彩香の配慮は無と化した。
「いや、安奈、それは」
止めようとする彩香の声も虚しく、安奈はすっかり仲良く下校する気でいる。
鈴乃は壮馬を申し訳なさそうに見上げたが、壮馬は首を振った。
「みんなで帰ろう」
壮馬はそう言って、靴を履き替えた。
紅茶部以来のことなので、少し気を揉んだが、壮馬も前よりは違和感なく会話に参加していたので、鈴乃は胸を撫でおろす。
駅ではホームが別なので、壮馬とはそこで別れた。
線路を挟んだ向こう側で、壮馬が肩に掛けた鞄から参考書を取り出し、勉強を始めようとしていた。そんな仕草も妙に様になっていて、遠くから見ていても惚れ惚れしてしまう。
(本当、かっこいいよなぁ……)
見とれていると、壮馬が顔を上げ、鈴乃に気が付いた。
そして、鈴乃の目を見てふっと微笑んだ。
ただそれだけのことなのに、胸の奥がきゅんとした。
すぐに壮馬の乗るホームに電車が入ってきて、その姿が隠れてしまう。
少し寂しく感じていると、電車に乗り込んだ壮馬が窓辺に立ち、鈴乃向かって手を上げている。
(前にもこんなことあったな……)
あの時は、まだ壮馬の前髪が長く、目は髪の間からちらっと覗いただけだった。
それに、壮馬は鈴乃の視線には気づいていなかった。
今は違う。
全体的に短くなった髪のおかげで、壮馬の端正な顔立ちが良くわかる。
優しい光を湛えた瞳は、まっすぐ鈴乃を捉えており——自分たちは恋人同士だ。
一番変わったのは、二人の関係だと鈴乃は思う。
(あのとき、王子様だって思ったけど……あのときよりも今の方がもっと王子様に見える。それに、私……ソーマにどんどん惹かれてる)
鈴乃が手を振り、微笑み返すと、壮馬は少し照れたように自分の髪を触った。
電車がゆっくり走り出す。
壮馬の姿が見えなくなる。
電車もどんどん小さくなる。
鈴乃はそれが完全に視界から消えるまで、手を振り続けた。
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