第11話 吸血鬼の正体は

 ポールは、仕事を終えた帰り途中に予期せぬ人物に出会った。

 テムズ川にかかる細い橋の上で、道を塞ぐように立っていたのは、ここにいるはずのない人物、昨日まで部下だった男、ジェームズ・アーカーであったのだ。


 しかし、その風貌は一日見かけないだけで随分変わっていた。


 顔はやつれ、クマは酷く、しかし目はギラギラと光っている。怪我をしているのか、肩を抑えていた。


「銀の弾丸で貫かれた場所は、吸血鬼にとって治りが遅いんだそうだ」


 ジェームズはポツリと言った。


「アーカー君。なぜ、ここにいるんだ!」


「あんたを探してた。家にいないんで、職場かと思い、帰り道で待っていた」


 そういう事を聞いてるんじゃない。

 理由を聞いているんだ。


 ポールはそう思うが、言葉にできない。


(まさか、彼は……)


 背に、冷たい汗が伝う。


「あんた、ワザと俺をエクソシストに付けたのか? 俺を吸血鬼だとあの子に思わせようとして」


 ジェームズは一歩、ポールに近づいた。


(彼は、気づいたのか……!?)


 一方のポールは、動く事ができない。


「そうとも。俺は、気づいているんだぜ……」


 足を引きずりながら、ジェームズは、なおもポールに近づいて行った。



 ◆



 エイプリルがその橋に到着した時、月明かりに照らされ、二人の人物がくっついて立っているのが見えた。

 目を凝らすと、一人がもう一人の首筋に噛み付いているようである。


 吸血鬼が食事をしているのだ。


「ジェームズ・アーカー!!」


 エイプリルがそう叫んだと同時に、一人がどさりと崩れ落ちた。

 もう一人は、エイプリルを見据える。


「え……!?」


 驚いて、エイプリルの動きが止まる。


 口を真っ赤にして、エイプリルを見ていたのは、



 その人だったのだ。



「やあ、エクソシストのお嬢さん」



 ポール警部が夜の挨拶のように、軽い調子で笑う。見えた歯はジェームズの血で赤く染まっていた。


「残念だったね。彼は正義を愛する善良な刑事、そしてだったんだ。犯人じゃなかったんだよ。犯人は私だからね」


 にこやかに、ポール警部が言う。

 ジェームズは、倒れたまま、ピクリとも動かない。


 死んだのか。


「……あなたが、本物だったわけ」


 エイプリルは手をぐっと握る。

 額には汗がにじむ。


(私が、間違えたの……?)


 そうだ、ヘンリーが目撃者だと知っていたのは、ジェームズの他に、彼の報告を受けた、この人がいた。


(私は、目先のことに囚われて、ジェームズ・アーカーを……)


 ポール警部は、カラカラに干からびたジェームズの体を踏みつけながらエイプリルに近づく。エイプリルはとっさに銃を取り出し、素早く撃つ。


 しかし、


(弾切れ……!)


 昨日、弾を補充していない。

 全て解決したと思っていたのだ。


「私は本当に幸運だ!!」


 ポール警部が叫ぶ。

 その時、エイプリルの耳に、微かな声が聞こえた。


「逃……げろ……、エイ……プリル……」


 倒れたジェームズが起き上がろうとしていた。エイプリルは、驚いてジェームズを見る。


 いつも、馬鹿にしたように「お嬢ちゃん」と呼んでいたくせに、こんな時に名前を呼ぶなんて。

 エイプリルが肩を撃ったから、碌に動けないくせに。一人で吸血鬼に対峙して、やられているくせに。


 ポールはそんなジェームズを振り返り、ふっと笑うと彼の服を掴み、恐ろしい怪力でエイプリルの後ろにぶん投げた。


 ジェームズはガンと欄干に頭をぶつけ、またしても動かなくなってしまう。頭からは残っていたらしい血がどくどくと流れ始めた。


 エイプリルは歯をくいしばる。


「あなた! 許さない!!」


「許さなくって、どうするかい? ジェームズ・アーカーが死ぬのは私のせいではない。彼を追い詰めた君のせいだ」


 エイプリルの目から涙が零れおちる。

 クックックとポール警部は笑う。笑いが止まらないのか、やがて大声で笑い始めた。


「たまらんっ! たまらんよっ! 弱いものを踏みにじる事の快感はっ! 私に力を与えてくれたあの方に、感謝してもしきれないっ!」


 ポール警部はエイプリルに向き直る。


「さて、エクソシストのお嬢さん。今日のデザートは君にしよう。昨日君に撃たれた足が少しだけ痛むんだ。君を食べれば治るやもしれん」


 ポール警部が一歩ずつ近づいてくる。

 エイプリルは、動けない。


(くそっ! ジェームズ・アーカーが死んだのは、私のせい……。弾もない。ここで死ぬのか、こんな変態に殺されるんだわ……)


 脳裏に、両親の姿が浮かぶ。

 また会えると思うと、少しだけ恐怖は和らいだ。エイプリルは、諦め、目を閉じた。

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