第4話 捜査開始
ジェームズ・アーカーは優秀な刑事である、というのは周囲が認める事実である。
今年で三十歳になるが、どんな時も冷静で的確な判断を下す彼に、周りからの信頼は厚かった。
そのジェームズが廊下に立ち止まり、壁に頭をつけて唸っている光景はやはり異常であった。
彼は今、事件そっちのけでエイプリルをどうやって追い出すかを考えていた。
昨晩、エイプリルはそれが当然、とでもいうように寝室を占拠したため、ジェームズは物置と化している別の部屋で寝るしかなかった。
今朝、起きると既に彼女の姿はなく早朝から何処かへ行っているようだった。
あの不気味なコウモリの姿も見えなかったのは幸いだ。このまま帰って来なければいいが。
「おい! ジェームズ・アーカー!」
不意に肩を叩かれ、振り返ると、同僚の刑事がいた。
「何度も呼んだぜ。悩み事か? お前らしくもない」
お気楽に話しかける同僚に、ならお前の部屋にあの子を送るぞ、と言うのをグッと堪えて用件を聞くと、どうやらポール警部が呼んでいるらしい。
(俺を? なぜだろうか)
ポール警部が自分を呼ぶとは珍しい。
基本的に彼は自分の机から動かず、業務の報告を受けることが多いため、あえてジェームズを名指しで呼ぶ事は今まででほとんど無かった。
「エクソシストの状況を逐一報告してくれ」
ジェームズがポール警部の元へ行くと、開口一番そう言われた。
「はあ」
予期していなかった言葉に、思わず間抜けな声を出してしまう。
慌てて咳払いをすると、ジェームズは聞いた。
「それは、スパイをしろという事でしょうか」
「そうだ」
ポール警部は同意する。
「それは、彼女と行動を共にしろという事でしょうか」
「そうだ」
ポール警部は同意する。
まるで当然の事を聞くなというようだ。
(冗談じゃねえ! なんで俺が……)
「我々の立場として、彼女の話を信じているんでしょうか。その、吸血鬼がどうのという……」
この際、やけくそだと思ってジェームズは気になっていた事を聞いた。
確かに、あの不気味なコウモリがこの世のものと信じられない以上、吸血鬼の存在も認めるのが流れかもしれないが、改めてポール警部の考えを確かめたかった。
「少なくとも、彼女を差し向けた上層部は信じている。ただ、私個人としては、到底信じられる話ではないがね」
その答えに、ジェームズは心底ホッとする。
この人は、きちんと人としての常識を持ち合わせているようだ。
「わかりました、警部殿。私はあのエクソシストに同行しましょう」
ジェームズは決意を固めると、ポール警部に一礼し、去って行く。
天井に、一匹のコウモリがぶら下がっていた事には、誰も気がつかなかった。
さて、どうしたものかとジェームズは思った。
署を飛び出したものの、現在エイプリルがどこにいるかは検討もつかない。
そう思っていたが、案外簡単に会えた。というのも、署を出た瞬間に声をかけられたのである。
「待っていたわ」
うわっとジェームズが飛びのくと、エイプリルは彼を思いっ切り睨みつけた。
猫のような大きな瞳は大層迫力がある。
「私と一緒に捜査したいんでしょう? 迎えに来てあげたのよ? 感謝しなさい」
多少の齟齬がある。
したい訳ではなく、しなければならないのだ。
しかし……
「なんで知ってるんだ?」
ジェームズが尋ねると、エイプリルの肩にどこからともなくヴィシーが飛んできて止まった。
キシキシと不気味な笑い声をたてているコウモリを撫で、エイプリルは笑った。
「ヴィシーは優秀な使い魔なのよ」
「なるほど、君にもスパイがいるって訳か」
ジェームズはひとり、ため息をついた。
かくして、エイプリルとの捜査は始まったのである。
エイプリルとの捜査は思った以上に大変だった。彼女は狭い路地に入り込むし、かと思えばヒラっと屋根の上に登ってみる。
まるでジェームズをからかっているようだ。
「黒猫め……!」
ジェームズは息切れしながらもなんとか着いて行く。
とんっと橋の上から地面に着地するとエイプリルはまだ上にいるジェームズを見た。
挑発するかのようなその視線に、大人げもなく頭に血が登りそうになる。
高さは15メートル程だろうか。ジェームズも何とか下に降りようと試みるが、着地に失敗して思いっ切り尻を強打した。
「痛ってえ……! ちくしょう!」
思わず悪態をつく。エイプリルほそれを満足げに見つめると、微笑んだ。
「さて、刑事さんをからかうのはこれでお終い。ここからが本当の捜査よ」
「おい! やっぱりからかってたのかよ!」
抗議するも、エイプリルはふと真面目な顔つきになると、しっと人差し指を突き立てて言った。
「静かに! もう少しで来るわ! 隠れるわよ」
飛び降りた橋の下は短いトンネルになっており、その先に彼女は視線を向けているようだ。
ジェームズも、エイプリルに言われるままトンネルの出口の外側の壁に張り付く。出口を挟んで反対側には、エイプリルがいる。
(何が来るって言うんだ)
ほどなくしてトンネルの向こうから、ヒタヒタと足音が聞こえてきた。思わず、ジェームズはエイプリルを見つめる。
エイプリルは静かに頷くと、その人物が出口から出る瞬間に足をかけた。
「ぎゃっ」と短い悲鳴を上げ、その人物は地面に転がった。
「何しやがる!!」
倒れたまま、その人物は顔だけを振り返り文句を言った。
若い、まだ十代と思われる男だった。
だぼだぼのパーカーに、だぼだぼのズボンを履いている。
若い男によく見る服装だったが、何というファッションなのかジェームズは知らなかった。
(こいつが、なんなんだ……?)
すると突然、若い男は怒鳴りながら立ち上がりエイプリルに殴りかかった。若者特有の若い血がそうさせるに違いない。
「おっと! それは見過ごせねえな」
ジェームズが男の前にさっと立ちはだかると、男は初めてジェームズに気がついたのか、顔面を歪めて萎縮したようだった。
「なんだってんだ!」
「お前がなんなのかは、俺もこのお嬢ちゃんに是非とも説明願いたい。彼が吸血鬼なのか?」
ジェームズが後ろにいるエイプリルを見ると、つまらなそうな顔をしている。
「助けなんか必要ないわよ。こいつをぶん殴ってやるつもりだったのに」
いつの間にか、手には銀色の拳銃に似たものを持っていた。
殴るのか? 撃つのか?
ジェームズが慄いていると、「ま、いいわ」と言って、エイプリルは男に話しかける。
「貴方、一昨日の夜、
エイプリルが静かに男に問いかけると、男は急にガクガクと震えだし、その場にへたりと座り込んだ。
「あ、ああ、見た。見た」
男は酷く怯えた様子でそう呟く。
エイプリルは、ジェームズの制止も聞かずに男の側へ行くと、優しく肩を触った。
「友達は信じてくれなかったのよね? 大丈夫。私は信じるわ。話してご覧なさい」
男は頷くと素直に話し始めた。
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