APRIL in the DARK
さくたろう
第1話 バチカンから来たエクソシスト
夜――生温い風が肌を撫でる。
この高さからだと、首都ロンドン、この街がよく見えた。
夜でもチラチラと着いている電気は、いかに多くの人々がこの街で暮らしているのかを物語っているようだ。
往来の喧騒は途切れる事なく、酔っ払った男たちが喧嘩をする声まで聞こえてくる。
「この街ね、ヴィシー」
少女はピーターパンよろしく、時計台の針に座っていた。
肩につかない程度の短めの黒髪、前髪は横に流し、ピンで留めている。
真っ黒なワンピース、履いているのは真っ黒なローファー、しかし胸元のリボンは異様に赤く見える。つり目気味の目はどこか猫を思わせた。
「ああ間違いない。血の匂いがプンプンするぜ」
少女の隣で答えたのは、真っ黒で小さいコウモリであった。いや、コウモリと呼ぶには、些かの語弊がある。
そのコウモリのような生物に目はなく、異様に大きな口とぬらぬらと光る牙がこの世のものではない事を如実に表していたからだ。
ふっ、と少女は不敵に笑う。
「待ってなさい、吸血鬼」
ビュォオッと風が吹き抜け、彼女の髪をなびかせた。
笑った口元からは、彼女の白い歯が見える。
「この
* * * *
「うわー、またですよ、先輩」
そんな後輩刑事の呑気な声が昼間の路地裏に響いた。
何事かと覗く野次馬たちが、見張りの警察官に追い払われている。
ジェームズ・アーカー刑事は現場に到着するなり、死体を見てため息をついた。
「これで四件目か、くそ、また新聞にに叩かれるな」
190センチ近い高身長から、死体を見下ろす彼は、短めの黒い髪を後ろに流し、緑色の目は鋭く光り、いかにもやり手の男といった印象を周囲に与えていた。
ため息の原因は、この死体にある。
見下ろす死体は、前に見つかったものと同じだったからだ。
「全身の血が抜かれている、か」
一体どうやったらそうなるのか、死体からは全身の血液がなくなっており、カラッカラに干からびているのだ。
しかも生きながら徐々に抜き取られたと言うのだから、震撼に値する事実だろう。
大通りから少し外れた、飲食店が立ち並ぶ通りの路地裏に倒れていた死体を発見したのは、早朝、犬の散歩をしていた中年の女だったという。
「巷じゃ、何か吸血鬼の仕業じゃないかって言われてるみたいですよ」
真っ白な若い女の死体を見つめて後輩は言った。
一方の死体の目は見開かれているものの、何も映さず、ただ、虚空を見つめている。
「くだらねぇ。そんなのいる訳ねえ。大方、どっかの変態の仕業に決まっている」
言い切ると、後輩は苦笑した。
「先輩、オカルト、ダメですもんね」
「いるわよ」
後輩の声と、ほぼ重なって誰かの声が聞こえたのはその時だ。
ギョッとして声の主を探すと、死体の側にいつのまにか、少女の姿があった。一体、いつ現れたのかジェームズにはさっぱりだ。さっきまで、ここには警察以外いなかったはずだ。
真っ黒なワンピースを着ており、黒いローファーを履いている少女は、不気味な死体を無感情で見つめていだ。
胸元の赤いリボンが異様に目立っている。まるで血みたいだな、とジェームズは思った。
その少女は目をキラリと光らせると言う。
「間違いないわ。これは吸血鬼の仕業よ!」
ジェームズは、素早い動きでひょいっと少女を小脇に抱えると、規制線の貼られた方へと進んで行く。
「ここは立ち入り禁止だぞ。子供は学校へ行く時間だ」
少女はがっちりと抱えられながらも、ジタバタと暴れ、顔を真っ赤にしながら大声を出した。
「ちょっと、いきなりなにすんの! ねえ、どこ触ってんのよ! 私を誰だと思って……! 私は頼まれて正当な調査を……!! ちょっと離しなさい!! もう、パンツ見えちゃうじゃない!」
路地裏を出た通りに、ジェームズが少女をぽいっと捨てると、さらに憤慨してまくし立てられた。
「あなた、名前は? 私を誰だと思っているの? あんたの遥か上にいる人に呼ばれてわざわざ来ているのよ? こんなぞんざいな扱いを受けたのは初めてだわ! 言いつけるから、覚悟しなさい!」
フーッフーッと少女は興奮しながらジェームズに食ってかかる。
それは、刑事としてキャリアを積んきたでジェームズでも一瞬怯みそうになってしまうほどの迫力ではあった。
「やぁ、アーカー君、御苦労だね」
不意に、渋いバリトンの男の声がした。
ジェームズがそちらに目をやると、立っていたのは上司であるクリス・ポールだ。
口ひげをはやし、ロマンスグレーの髪をオールバックにしている彼は、厳しいが聡明な男である。
彼に対してはジェームズは一目置いていた。
「警部殿! わざわざ現場に来て頂かなくとも……!」
恐縮していると、ポールは口ひげを触りながら言った。
「そういう訳にもいかんよ。今回、これほど立て続けに事件が起きてしまっているからなあ」
警察の威信に関わるのだ、と言ってさらに続ける。
「それに、上が助っ人を呼んだそうじゃないか。直接現場に向かうというから、私も来ない訳にはいかないさ」
……ん? とジェームズは違和感を覚えた。
そんな話をついさっき誰かしていたような気がしたのだ。
まだそこに立っていた少女をちらりと見ると、これ以上ないほどの得意げな表情を見せつけられた。
「ヒラ刑事! わかった!? 私はわざわざ呼ばれて来てやってるのよ!!」
少女は勝ち誇ったように笑うと、なんの意味があるのか知らないが、ビシッとジェームズを指差して叫んだ。
「覚えておきなさい! 私の名はエイプリル! バチカン市国の正統なエクソシストよ!!」
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