三 旧家の臣

 明くる日、簗田政綱は輿を探すにあたって、信長に人を所望した。

「斯波義銀の顔が判る者を」

 政綱自身も斯波家の臣であったことはあるが、それは遥か昔のことだ。

「で、あるか」

 信長はそう言って了承した。

ずは」

 近侍の太田又助を呼んだ。

 太田又助。のちに太田おおたいちとして「信長公記」の著者となる男である。

「又助はふみを良くする。予への文は、又助に書かせよ」

 そして信長の賢いところは、又助に政綱の要望を伝え、誰が良いか意見を求めることにあった。

 又助は少し考えると「恐れながら」と言上した。

「家中の毛利もうり十郎じゅうろうが養いてござる、毛利もうり河内かわち。これなるは、斯波義銀の弟でござる」

「何と」

 信長が知らなんだと言うと、「庶子でござるゆえ」と又助は澄まして答えた。

 このあたり、仕えたい相手といえども、旧家を守ろうとする又助の気概があった。

 そして信長もそれを知り、それ以上何も言わなかった。

「この河内。武辺者である上に、輿の上の者の顔、よう知ってござる」

 そもそも、斯波義銀が信長の傀儡になったきっかけは、尾張守護代・織田信友が叛し、義銀の父・義統よしむねを暗殺したことによる。義銀はその暗殺事件の際に脱出して、信長のもとへ逃げて来て、そのまま傀儡として擁立されたのだ。

 毛利河内はそれと同時に、毛利十郎の手により庇護され、織田信友の追手から逃れたという。なお、信友は信長との戦いに敗れ、討たれている。

「また、十郎の一族である新介。これも剛の者でござる」

「ふむ」

 そこへ、馬廻うままわりの服部小平太がどたどたと足音を立ててやって来た。

「なんだ、小平太」

「今川、駿府を出たとのよし

「で、あるか」

 政綱は一礼した。

「ではこれより、見張りへと向かいます」

「頼む」

 向かうは、沓掛の城。

 今川の尾張進出の橋頭保となっている城である。

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