【完結】愛してるって言えない

かしこまりこ

第1話 

 待ち合わせのカフェで、リョウくんはすぐに私を見つけてくれた。


 少し困った顔をしているので、私の笑顔はちょっと大げさになる。右手を大きくふると、リョウくんが店員さんに会釈をしてからテーブルまで近づいて来た。


 ヒョロリと背の高い体を、なんだか申し訳なさそうに、少し猫背に曲げている。丸いメガネをかけているところも、柔らかいくせ毛のショートヘアも、以前と変わらない。


 静かにイスをひいて目の前に座ったリョウ君を見て、すでに早鐘を打っていた心臓が、さらにスピードをあげた。私より三つ年上だから、今は三十一歳になるはずだ。やっぱり、少し大人っぽくなった気がする。


 昨晩は緊張して眠れなかった。実際に会ってみたら、うれしい気持ちが、想像した以上に大きくてとまどってしまう。私の体は、リョウくんに会うだけで、こんな風に反応してしまうのだ。


「来てくれてありがとう」

 自然に、自然に。努めて明るい声を出す。リョウくんがホッとしたように笑うので、私も大きく息を吐いた。

「会えてうれしい」

 本音がそのまま口から出てしまって、あはは、と照れた笑い声をかぶせる。リョウくんも、ふはっと声を出して笑った。

 リョウくんも、私と会うことが、すごく怖かったのかもしれない。


「ここね、レモネードがおいしいよ」

 メニューを見るふりをしながら下を向く。顔が赤い気がする。

「リョウくん、外、暑かった?」

 リョウくん、と名前を口にするだけで、なんだかくすぐったい。

「うん、けっこう汗かいた」

「ここのレモネード、手作りで、微炭酸で、意外と酸っぱいんだよ」

「じゃあ、それにする」

 店員さんに二人分のレモネードを注文する。


「九州のおばあちゃんが、八十歳になるんだ。お祝いに呼ばれて日本に来たんだけど、せっかくだから、東京にもよることにしたの」

 突然会おうなんて言われて、混乱しているであろうリョウくんに、言い訳のように伝えた。

「そっか」と言ったリョウくんの顔は、釈然としないままだ。リョウくんは昔から、気持ちがそのまま顔に出る人だった。でも、それを言葉で伝えることが、苦手な人でもある。


 レモネードが運ばれて来たので、一口飲んだ。記憶していた通りの味でほっとする。甘さと炭酸が控えめで、酸味が強い。初めて飲んだ時も、なぜか懐かしいと感じた味。


 レモネードを飲みながら、隙間を埋めるように話した。父は元気にしてること。オーストラリアで就職したこと。実家を出て引っ越したこと。

 でも、肝心なことは話せないでいる。リョウくんに会うことにした、本当の理由とか。


 リョウくんは、あまり喋らないで、私の話をニコニコして聞いている。会話が途切れてしまっても、私みたいに焦らないところが、相変わらずいいなと思う。


「爪」

 リョウくんが私の手を触ろうとして、引っ込めた。

「爪?」

 なんでもない顔をして聞く。触ってくれたらいいのに、なんて思ってしまう。

「色が、かわいい。真衣っぽい」 


 昨日の夜、爪をパステルカラーで塗った。青と緑を交互に。二種類のマカロンを交互に並べたような配色は、可愛らしくて、リョウくんが好きそうだなと思った。


 服も、化粧も、見せるつもりのない下着も、リョウくんが好きそうなものにした。そういうものを選んでいる間、初めてデートする前の日みたいにドキドキした。


 レモネードを飲み終えると、小腹が空いたと言うリョウくんと一緒に、焼きカレーを半分ずつ食べた。食後にコーヒーをたのんで、デザートにケーキも食べる。


 古民家を改装したレトロな店内は居心地がよかった。外国語の優しいメロディーが流れていて、リョウくんの低い声と相性が良い。


 この時間がいつまでも続けばいいのに。この空間を切り取って、ドーム型のガラスの置物の中にでも閉じ込めておきたかった。

 テーブルの上に置いてあるリョウくんの手の近くに、さりげなく私の手を置いた。手と手の間に、二十センチくらいの距離があるのがもどかしい。


 リョウくんの手に注いでいた視線を上げて、顔を見たら、彼も私の手を見つめていた。

 急に、テーブルに置いた手がわざとらしく思えて、慌てて引っ込めると、恥ずかしさで耳まで熱くなった。

「そろそろ、出ようか」

 下を向いてしゃべらなくなってしまった私に向かって、リョウくんが言った。

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