第11話 書店 Side - B
それは突然のことだった。
「ミナミ、明日よ」
サトコ叔母さんがそう言ったのは。
「明日って、何が?」
「あなたの運命が変わる日」
「何占い師みたいなこと言ってるの」
思わず苦笑すると「違うのよ」とサトコ叔母さんは言う。
「明日が『juju』の発売日よ。つまり、あなたが表紙を飾る雑誌が発売されるの」
「あぁ、明日なんだ」
「もっと驚きなさい! 世界がミナミを見つけてしまうのよ」
「だってぇ」
そう言われてもあまり実感が持てない。
確かにjujuは大きな雑誌だけれど。
それだけで私の人生が変わるとは思えない。
「有名になって、芸能界デビューなんてしちゃったりしてね」
「なんで叔母さんが興奮してるの」
思わず苦笑する。
でも、もしそんなことになったら。
「鈴原と今の関係でいられるのかな……」
同じクラスの鈴原ソウタ。
私は彼のことが好きだ。
前までは気になる程度だったけど。
どんどん気持ちが大きくなっているのを感じる。
ここ最近の私たちは良い感じだ。
お昼は鈴原が作ってくれたお弁当を一緒に食べている。
「お弁当作ってこようか」なんて突然言わて最初はそりゃ驚いたけど。
素直に嬉しかった。
鈴原は無口だ。
でも人の言葉に耳を傾けてくれる。
欲しいと思った言葉を届けてくれる。
私のつぶやきを聞かれたのか、おばさんが「うん?」と首をかしげる。
「なぁに? ミナミ、気になる人のでもいるの?」
「だ、誰もそんなこと言ってないじゃん」
思わずぎくりとする。
こういう時のサトコおばさんはやたらと鋭い。
ごまかそうとするも見抜かれているのか「隠すな隠すな」とサトコおばさんが近づいてくる。
「良いわねぇ……恋かぁ。青春だわ。叔母さんにもそんな時があったわねぇ」
「……『あった』って、叔母さんは、もう恋してないの?」
叔母さんはどこかドライな瞳を浮かべる。
「叔母さんは捨てたの。仕事に生きる女……それが私。これからの時代、女は強くなくちゃね」
「えぇー? 言ってること真逆……」
「全てはご縁よ。叔母さんだって、恋を重ねて今に至るんだもの。ミナミ、恋はね、女を美しくしてくれるわ。出来る時にちゃんとしときなさい」
「出来る時って……」
私もいつか、恋が出来なくなるんだろうか。
高校時代の恋が続くのは確かに難しいかもしれないけど。
「……鈴原とは、ずっと続いていきたいな」
まぁ、まだ始まっても居ないのだけれど。
◯
翌日。
雑誌の発売日。
私は電車に乗っていた。
学校から少し遠い、離れた場所にある大型書店に行くためだ。
そこに本当に私が表紙に載ったjujuがあるのか、確かめたかった。
あと友達に自慢するため布教用に買いに来た。
「何冊買おうかな……。カオリやモエカに、サエでしょ、あと保存用と布教用と実際に見る用、面倒くさいから十冊くらいあればいっか」
一応実際のモデル料としてある程度の謝礼は貰っている。
これはいわば、そのお金を還元するような行為なのだ。
などと考えて誰にでもなく言い訳しておく。
「鈴原にも上げたらもらってくれるかな……」
いや、そもそも自分が表紙の雑誌を自分で買って渡してくるってめっちゃ自己主張強くない?
さすがにやめておこう。
バレたら恥ずかしくて憤死する。
電車に揺られながら、なんとなく私はスマホを眺める。
画面に表示されているのは、この間、鈴原に作ってもらったお弁当の写真だ。
それを見て、なんとなくニヤつく。
平凡なお弁当かもしれないが。
私にとってこれは特別だ。
「時間空いてるし、投稿しちゃお」
モデル業をやっているおかげもあり、私のSNSは割とフォロワーがいる。
元々は叔母さんに勧められて始めたものだったけれど。
自撮りとかすると好意的なコメントが来るし、割と反応もあって楽しい。
「ヤバ……これよくよく考えたら『匂わせ』だよね」
暗に恋人の存在を示すような投稿になってしまった。
フォロワー数一万人に対する盛大な惚気。
我ながら恥ずかしくなるが、投稿した矢先に結構イイネもついてしまった。
今更消すのもおかしいか。
「次は何のお弁当作ってくれるんだろ」
少しだけ胸が弾んだ。
◯
しばらく電車に揺られ、やがて目的の書店へとたどり着いた。
しかしながら店内が広い。
どこに雑誌があるんだろう。
店員に聞くか。
ちょうど手ごろな場所で作業している店員の後ろ姿が目に入る。
どこかで見たようなフォルムをしているが、まぁ気のせいだろう。
私は「すいませーん」と声をかけた。
「この雑誌十冊欲しいんですけ……ど……」
相手がこちらの声に振り向き。
心臓の鼓動が爆速で加速する。
ドクンドクンドクンドクン。
ヤバいよ私の心臓がメタルのドラムみたいになってる。
だってどこか見覚えのある人だと思ってよく見たら。
そこにいたのは鈴原ソウタその人だったから。
「な、何でここにいるの……?」
「何でって、アルバイト先だから」
「ば、バイトしてたの!?」
初耳だ。
初耳すぎるし、書店のエプロンつけてるの可愛いなおい。
いや、違う違う。雑念が心を占めすぎる。
そんなことをしている場合じゃない。
だってそうやん。
だってこれじゃあ、自分が表紙の雑誌をウキウキで十冊も買いに来た浮かれポンチの承認欲求激しい女子やん!
「ち、違うから」
「何が?」
「別に表紙になったのが嬉しくて配ろうとか思ってへんから!」
ボロりと関西弁が漏れたが、もう止まらない。
「思ってたんだね」
「ちゃうって!」
「十冊で良いんだっけ」
「だから、ちゃうんやって!」
ヤバい。
もうどうしようもない。
どうする。
そうだ!
逃げよう!
私は踵を返した。
「お、お仕事頑張って! お疲れ様!」
歩いている速度が速くなり、やがて小走りに、店を出て全力ダッシュへと変わる。
「最悪や……最悪や! 最悪や!!」
私の表紙。
鈴原に見られてうれしいやら恥ずかしいやら。
今日は当分ベッドから出たくない……。
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