隣の席の塩対応ギャルと運命の赤い糸で結ばれていたんだが

第一幕

第1話 席替え Side - A

 隣の席の小鳥遊さんと僕は。

 どうやら運命の赤い糸で結ばれているらしい。


 左手小指に巻き付く不思議な赤い糸。

 触れることも解くことも出来ないそれは。

 僕の小指から真っすぐ伸び――


 隣の席の小鳥遊たかなしさんの小指と繋がっている。


 高二の春。

 最初に異変に気付いたのは、昇降口でクラス替えの掲示を見て、二年A組の教室に入った時。

 それまで何も見えていなかった僕の小指から、突然赤い糸がうっすらと伸び始めたのだ。


「これってひょっとして……」


 触ろうとしても、糸に触れることは叶わない。

 実際の糸ではなく、霊的な物質であることは明らかだった。

 僕は体質上、こういう物質を見ることがたまにある。


 赤い糸も見たことはあるが――

 自分のを見るのは、それが初めてだった。


 一体誰と繋がってるんだろう……。


 そう思っていると「お前ら席につけー」と適度に力の抜けた声で、新しい担任である吉岡先生が入ってきた。


「じゃあ急だけど、今から席替えするから」

「えぇっ!?」


 クラスから同時に声が上がり、有無を言わさず席替えは開始された。


「ねぇ」


 窓際最後尾という最高の位置に僕が自分の机を運ぶと、不意に声を掛けられた。

 左手小指の赤い糸が、クイクイッと引っ張るように張り詰める。

 僕は顔を上げ――


 ギョッとした。


「あんたが窓際の一番後ろ?」


 とんでもなく美人のギャルがそこにいたから。

 それが、小鳥遊 ミナミさんだった。


 長い金髪と黒メッシュの派手な髪型。

 オシャレで、色んな小物を身に着けている。

 顔立ちは美しく、身長は百七十センチ以上ありそうだ。

 スタイルも良く、張り詰めた胸部がカッターシャツを引っ張り、パツパツになっている。


「ねぇ、聞いてんの?」


 思わず見入っていたら、小鳥遊さんが「聞いてんの?」と怪訝な表情を浮かべた。

 僕は「ごめん」と頭を下げる。


「一応僕が窓際の一番後ろだよ」

「あぁ、そう」


 小鳥遊さんはつまらなさそうに返事すると、そのまま僕の隣に席を運んで座った。


 小鳥遊さんのことは知っているが、こうして話すのは初めてかもしれない。

 いや……以前どこかで話したことあるような気もしたが。

 今はそれどころではない。


 何故なら、彼女の小指には、僕の小指から伸びた運命の赤い糸が巻き付いていたからだ。


 一体なぜ、なに、どうして。

 色々疑問が浮かび上がる。


 小鳥遊さんは、学内でもかなり目立つ人だ。

 派手なのでどこにいても目に入るというのもあるが。

 この通り整った容姿とスタイルなので、男子からの人気は厚い。

 読者モデルもしているらしく、以前歩いている彼女を見た女子達が騒いでいた。


 凛とした彼女の姿は、まるで研ぎ澄まされた刃物だ。

 ミステリアスで、どこか冷ややかな印象を受けた。

 誰も寄せ付けない雰囲気を感じる。


 そんな人と僕が、なぜ赤い糸で繋がっているのか。

 わからない。

 少なくとも、地味な僕とは真逆の存在に見えるのだが。


 教室では、新しい席に一喜一憂する声が響いている。

 非常に賑やかな中、窓際最後尾の僕の席は、まるでお葬式のように静かだ。


 チラリと、隣に座った小鳥遊さんを見る。

 彼女は背もたれに体を預けながら、つまらなさそうにスマホを見ていた。

 そんな彼女の小指へ向けて、確かに赤い糸は伸びている。


 小鳥遊さんはおろか、誰も僕らの間に伸びる赤い糸に気づいた様子はない。

 その糸が見えているのは僕だけらしい。


「小鳥遊さん、よろしく」


「ん……」


 一応返事はしてくれるのか。

 ただ、それだけだ。


 機嫌が悪いのか、それともお前には興味がないと言う意思表示か。

 おそらく後者だろうけど。

 少なくとも、歓迎されていない印象を受けた。


「ミーナミ」


 するとどこからともなく、これまた派手な黒ギャルがやってきた。

 あの小鳥遊さんに、軽い口調で声をかけている。


 この人は確か……同じクラスの黒咲カオリさんか。

 どうやら小鳥遊さんとは友達らしい。


 そう言えば、一緒に居るところを度々見たことがある気もする。


 黒咲さんは一瞬チラリとこちらを見ると。

 何か笑いを堪えるように、口元に手を当てた。


「良かったねぇ、ミナミ」


「何が?」


「隣が鈴原くんで」


「はっ!?」


 ガタリと小鳥遊さんが立ち上がる。

 自分の名が出ると思っておらず、僕は耳を疑った。


「ずっと仲良くなりたいって言ってたじゃん」


「えっ……?」


 驚いて小鳥遊さんの方を見る。

 顔を真っ赤にし、真ん丸な目を見開いた小鳥遊さんと思いきり目があった。

 そんな小鳥遊さんを、いたずらっぽく黒咲さんが肘でつつく。


「ほらほらぁ、話しかけちゃいなよぉ。仲良くなりゃいいじゃん、この機会に」


「な、ななななななに言ってんの!? ウチが鈴原と!? ありえへんから!」


 関西弁だ。

 関西出身なのだろうか。

 意外だったが今はそれどころではない。


 先ほどまで氷のような小鳥遊さんは、今表情をクシャクシャに崩し、明らかに狼狽うろたえていた。

 そんな彼女を見て、黒咲さんはますます可笑しそうにクスクス笑っている。


「ホント素直じゃないんだからぁ。そんなわけで鈴原くん、ミナミのことよろしく」


「あ、うん。よろしく……」


「だからぁ! 違うって言ってんじゃんかぁぁぁぁ!」


 小鳥遊さんは顔を真っ赤にしたまま、黒咲さんを引きずって教室から出ていった。

 ズルズルと、彼女の小指の赤い糸が伸びていく。

 二人の姿が消えた後、「お前ら授業中にどこ行くんじゃい!」と担任の吉岡先生が走っていった。


 ……いや、まさか。

 そんなわけないだろう。


 僕は左手小指からのびる赤い糸を見つめた。


 小鳥遊さんが走り去ってもなお、その糸は切れることなく真っ直ぐ彼女のいる方角に伸びている。


 僕は、もう少し彼女を知るべきなのかもしれないと、そう思った。

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