第二話 これが俺の日常 後

「ふぃ~、食った食った~」


 満腹感に浸りながら、俺は自身の腹をさする。


「んふふ~! 美味い、美味いぞ!!」


 しかしゼノは未だ食事を続けていた。

 俺よりも先に食べ始めたのに、俺が先に食べ終わっているのだ。


「本当によく食べるなぁお前……」


 半眼でゼノを見るが、彼女は俺の視線になど目もくれない。


「実体化して食事を食べ始めて二週間ほど経つが、やはり良い! 舌で触感や味を感じることがここまで至福とは思わなかったぞ!」


 口の周りに付いた汚れを舌で舐め取るゼノ。


 まぁ言われてみれば、四百年くらい味覚や触覚を封じられていたようなものだし、食事に感動するのも無理ないか。


 ゼノの言い分に、俺は納得した。



「そうだ。一つ言いたいことがあった」

「む?」

「何、スーちゃん?」


 ゼノの食事が終わり、サイカさんが淹れてくれた食後のコーヒーを飲みながら俺は呟く。


「お前ら俺のベッドで寝るの止めろ」

「ほれ、言われておるぞリンゼ」

「ゼノのことでしょ」

「両方だよ……!!」


 コーヒーの入ったカップを持つ手をプルプルと震わせながら俺は言った。


「お前らがくっついて寝るからこっちは暑苦しいし、起きるのにも苦労してんだ! 自分の部屋があるんだからそっちで寝ろ!」

「何を言うか! お前と儂は運命共同体! 寝食を共にするのは当たり前じゃろうが!」

「私だってスーちゃんと一緒じゃないと寝れない!」


 くっそコイツら本当に……!!


 自分勝手な好意をぶつけてくる二人に俺は内心頭を抱える。


「大体二人もくっついているから暑く感じるのだ。というわけでリンゼ、これからは一人で寝ろ」

「何でそうなるのかなーゼノ?」

「お前では体躯が大きい。その点儂は小柄だからスパーダにそこまで暑苦しさを感じさせん。合理的な判断じゃろう」

「でもゼノは力が強いよね? それじゃあその内スーちゃんの腕が折れちゃうかもしれない。危険だよ」

「何じゃ? 儂に歯向かうのか?」 

「スーちゃんだけは譲れないよ!」

「そもそも、儂はスパーダが他の女と寝るなど我慢できん」

「それはこっちの台詞!」


 気付けばゼノとリンゼは席から立ち上がり、お互いの身体を押し付け合う程の距離まで接近し鋭い視線をぶつけ合った。


「お、落ち着けってお前ら。だから二人共自分の部屋で寝ろって言ってんだよ!」

「「無理!」」

「キレイにハモったなぁー」


 あまりにも息の合った返答。

 抑揚の無い口調で俺は目を細めた。


「スパーダ様の言う通りです。落ち着いてください二人共」

「邪魔をするなサイカ。これは儂とリンゼの問題じゃ」

「ごめんなさいサイカさん。こればっかりは無理です」

「そうですか……でしたら私から一つ、提案があります」


 断固として抗戦の意思を示していた二人の間に立ったサイカは、そう言った。


「ん、提案?」

「はい。お二人はスパーダ様と共に就寝したいのですよね?」

「うむ」

「はい」

「でしたら、日替わりにする……というのはどうでしょう?」

「日替わり?」

「えぇ、例えば今日ゼノ様がスパーダ様と就寝、翌日はリンゼ様がスパーダ様と就寝というように、日ごとに交代でスパーダ様と眠るのです」

「「……」」


 サイカさんの提案に、二人は無言になる。


 いや……結局どっちかは俺と寝るってことじゃ……?


 そう言おうとする口を、俺は自らつぐむ。

 

「むー、まぁ……それなら、うん」


 ゼノの中で、サイカさんに対する好感度はかなり高い。恐らく、俺の次くらいだ。

 おまけに器量の良い彼女は、俺とは違い……ゼノに対し時々有無を言わさぬ説得力を発揮する。


「リンゼ様も、それでよろしいですか?」

「え、えっと……まぁ、スーちゃんと二人で一緒に寝られるなら……」


 どうやらリンゼも納得したようである。

 渋々とした様子で、ゼノとリンゼは席に着き直した。

 

 はぁ……ようやく事なきを得たか。


「ありがとうございます。サイカさん」

「いえ、メイドとして当然のことをしたまでです」


 そう言って彼女は軽く頭を下げた。

 この二週間で、俺はサイカさんに多大な恩を感じている。

 家事全般だけでなく、ゼノとリンゼが衝突した際の仲裁役としても素晴らしい役割を果たしているためそう感じるのは当然のことであった。


 ――――今度何かプレゼントしよう。


 そんなことを考えながら、俺はカップに残っていたコーヒーを一気に飲み干した。 



「本日のご予定ですが、リンゼ様は次に受けるクエストに関して、【竜牙の息吹】で会合があるのですよね?」

「はい」

「出発は何時なんだ?」

「四日後!」


 俺の質問にリンゼははっきりと答える。


 この二週間で、リンゼがクエストに行ったのは一回も無い。

 やはりSランクのクエストともなるとそもそもクエスト数が少なかったり、一度の報酬でかなりの額をもらえるため数をこなす理由も無いのだろう。


「ゼノ。私が家を空けるからって毎日スーちゃんと寝たらダメだよ? 寝るのはちゃんと一日おき、ズルしたら許さないから」 

「ふん! 何を言うとるか、一度決めた取り決めを魔王である儂が破るわけがなかろう!」


 正直、俺は全く信用していなかった。

 このゼノという魔王は都合の悪いことは記憶から消し去り、言い訳をして勝手気ままに振る舞うと……俺は良く知っている。


「ご安心くださいリンゼ様。ゼノ様が不正を働かぬよう、私がしっかりと監視いたしますので」

「なに!? おいサイカ! お前は儂の味方じゃなかったのか!?」

「私は中立の立場です」

「むぅぅぅぅー……」

 

 サイカさんの言葉に、ゼノは不満げに頬を膨らませる。

 

 ていうかやっぱり毎日俺の所に来るつもりだったんじゃねぇか。


「それで、スパーダさんのご予定は?」

「あ、あぁ。俺の方はまたゼノと魔剣について調べて回ろうと思います」


 再び冒険者として新たな一歩を踏み出した俺が行っていたのは自分の力に対しての理解を深めることだった。

 まずは自分の力と向き合う……それが俺のすべきだと思ったのだ。


「スパーダ様。それに関し、一つご相談があります」

「え? どうしたんですか?」

「ゼノ様や魔剣についての調査ですが、王都内でご自身が調査できる場所はほとんど調査し終わったのではありませんか?」

「あ、はい。まぁ大体」


 サイカさんの言う通り。

 魔王が存命していた時代に関しての情報を集めていたが、そろそろ一人で調べられる範囲の情報を調べ尽くしていた。


「でしたら、これをどうぞ」

「……これは?」


 渡されたのは一通の手紙である。

 俺は封を開け、中の紙を確認した。


「シュラインガ―魔法学園……特別招待のしらせ?」


 書かれた内容に、俺は首を傾げる。

 


 この時……俺は知らなかった。

 これが、新たな騒動の入り口となることを。




◇◇◇


小話:

ゼノはサイカの淹れたコーヒーに角砂糖を十個ぶち込んで飲みます。


※現在『ギャルにパシリとして気に入られた俺は解放されるために奮闘する。』というラブコメも連載中です!

かなりとても面白い感じになってると思いますのでよろしければこちらも読んでいただけると嬉しいです!

作品URL:https://kakuyomu.jp/works/16817330649946533267

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