第二章 悪役令嬢のヤンデレ幼馴染編

第一話 これが俺の日常 前

 コンコン。


 制服を身に纏った男が、目の前の一室に入るための扉を二回叩く。


「入りなさい」

「失礼します」


 室内の人物から許可をもらった男はそう言うと扉を開け、部屋に入った。

 男が入ったその部屋の中は全てが高級品で彩られており、部屋の中央の椅子に座り茶を嗜んでいる少女がいた。


「で、首尾はどう?」


 茶の入ったカップを近くの丸机に置き、少女が入室した男を見る。


「はっ。対象は現在、Sランク冒険者の家に居候という形で居住しているようです」

「……そう」


 それを聞いた少女は、何処か不機嫌そうに鼻を鳴らした。


「して、どうなさいますか。エリーザ様」


 男が少女の名を呼ぶ。

 名はエリーザと呼ばれた。


「そうね。少し早いけれど、計画を前倒しにしましょう。準備をお願い」


 顎に手を当て、エリーザは言う。


「承知いたしました。では、すぐに」


 男は頭を下げ、彼女の意向に従う意を示した。


「もういいわ。下がって」

「はっ」


 あっさりとしたエリーザの物言いに、男は礼節を重んじつつもすぐさま部屋を後にする。


 バタン、扉を閉める音が鳴り室内には再びエリーザが一人となった。


「……」


 ゆっくりと首を曲げ、彼女は窓から見える夜空に目を向ける。

 そして、微笑んだ。


「ふふ……もうすぐよ。待っていなさい、スパーダ」

 




「んぅ……」


 朝を示す日の光が窓から差し込み、俺の瞼を照らす。

 心地の良い小鳥のさえずりが、俺の耳に響く。


 何と清々しい朝だろうか。起きるにはもってこいのシチュエーションだ。


 よし、起きるか。


 起床を決意し、ベッドから上体を起こそうとする俺。


「……」


 しかし上手くいかない。

 ベッドから上体を起こすという、ただそれだけの動作ができない。

 その理由は明白だった。


「んふー♪ もう食えんぞぉ……。おぉいスパーダ、そんなに儂とくっつきたいのかぁ……? 仕方のない奴じゃなぁ~」

「えへへ~♪ スーちゃんそんなに近づいたらお料理できないよぉ……。後でちゃんとベッドに行こうねぇ~」

「……」

 

 幼女と少女が、俺の右腕と左腕にしがみつくようにして寝言を言っているからだ。


「おい、離れろお前ら」


 そう言って俺は二人を腕から引き剥がそうとするが、


「ん~!!」

「いやぁ~」

 

 魔王とSランク冒険者の力は凄まじく、俺が振りほどけるレベルではない。


「はぁー……」


 深くため息を零すと、ガチャリと部屋の扉が開いた音が聞こえた。


「スパーダ様。おはようございます」

「おはようございます。サイカさん」


 入って来たのはメイドのサイカさん。

【慟哭の宴】から俺とゼノを監視するべく派遣された人だ。

 査問会から早二週間。彼女はリンゼの家に住み込みで働き、こうして毎日のように俺を起こしに来てくれる。


「すみません。またお願いしていいですか」

「はい」


 俺がサイカさんにそう頼むと、彼女は俺が寝ているベッドまで近づき、


「お二人共、起きてください」


 俺からゼノとリンゼを引き剥がし、それぞれ片腕で持ち上げた。

 ギルドの最高執行機関から派遣されたメイドだ、相当な手練れだとは思っていたがまさかこれほどとは……と、初めて二人を引き剥がした時は思った。


「んー、何じゃサイカか……」

「おはようございます。ゼノ様」


 寝ぼけ眼をこするゼノに、サイカは礼儀正しく挨拶をする。


「お食事の用意ができていますよ」

「おぉそうか!」

 

 サイカの言葉を聞いた矢先、ゼノはサイカの元から跳躍をかまし空中で三回転すると華麗に床に着地した。


「今日のメシは~何じゃろな~」


 軽快なリズムで鼻歌を歌いながらゼノは一階のリビングへと降りて行った。


「リンゼ様、リンゼ様」


 ゼノは完全に起床、次いでサイカはリンゼへと起床を働きかける。


「ん~、あれぇ~スーちゃんは~?」

「ここだここ」


 俺は彼女の目の前にいる自分を指さす。


「えへへ~、スーちゃ~ん」


 するとリンゼは絆されたように顔を崩しながら、俺に手を伸ばし抱き着いてきた。


「おい寝るな。サイカさんが起こしに来てくれたんだぞ」

「いやぁ~、まだ一緒に寝たい~」

我儘わがまま言う奴は嫌いだな」

「よっしご飯ご飯!」


 俺の一言に、凄まじい速度で反応したリンゼは先程のゼノと同じようにベッドから跳躍すると空中で三回転し、床に着地した。

 こういう所は扱いやすくて助かる。



 リンゼと共に一階へ降りると、既にゼノが着席し食事を始めていた。


「遅いぞスパーダ! 何をしておる!」

「悪いな。リンゼが中々起きなかったんだ」

「ったく、スパーダを困らせるなよリンゼ。スパーダを困らせていいのは儂だけじゃ」


 それは違う。


 ムシャムシャと食べ物を租借しながら言うゼノに、俺は心の中で異を唱える。


「勝手なことばっかり言って! スーちゃんはあなたのモノじゃない! 私の将来の夫だもん!」


 それも違う。


 リンゼの的外れな指摘に、再び俺は異を唱える。


「はぁー……」


 起床してから二度目の溜息を吐きながら、俺は席に着いた。


「いただきます」


 手を合わせ、サイカさんが作った朝食にありつく。

 

「ムシャムシャムシャ……おかわり下さい」

「スパーダ様。本日も良い食べっぷりですね。こちらとしても作り甲斐があります」

「いや、まぁ……」


 ゼノと魔剣を受け入れたことで、魔力の枯渇問題が解決したため本来であれば俺はそこまで食事を摂る必要は無い。

 人並みの食事でなんら問題は無いのだ。

 しかし二年以上にも及ぶ大食い生活によって自身の胃が拡張され、望まぬ形で俺は大食い体質になってしまったのである。

 

 まぁ、常日頃から命の危機に見舞われなくなったことを思えばやすい対価だ。

 この程度の弊害は個性として受け取っておこう。


 そんなことを考えながら、俺は口に料理を掻き込んだ。




◇◇◇


小話:

サイカはリンゼの家の家事を行うため朝4時に起床しています。


読んでくださりありがとうございます!

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※現在『ギャルにパシリとして気に入られた俺は解放されるために奮闘する。』というラブコメも連載中です!

かなりとても面白い感じになってると思いますのでよろしければこちらも読んでいただけると嬉しいです!

作品URL:https://kakuyomu.jp/works/16817330649946533267

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