第36話 暴走
スパーダの合図で、シェイズたちは一目散に洞窟の出口へと走り出してから既に一分が経過している。
何だよ……何なんだよアイツ!!
出口までの道を一心に駆ける最中、リュードはそう思わずにはいられなかった。
アイツは、魔法が使えないはず!! 仮に使えるようになっていたとしても、冒険者を始めた頃の俺と大差なかったはずだ!! それなのに、何で……!!
悔しさ、混乱――――。
約十秒……リュードは豹変した彼の戦いぶりを横目で目撃した彼はそんな感情に支配された。
◇
「アァァァァァァァァァァァァァァァ!!!」
狩る、殺す、斬る――――。
凡そ人間が発するものとは思えぬ咆哮を上げながら、魔剣に意識を委ねたスパーダはSランクモンスターであるキングゴブリンの群れをいとも容易く駆逐する。
白目を剝くスパーダ。
今の彼に肉体の主導権は無く、その手に伝わるのは強靭な肉を断ち斬る感触のみである。
「グアアアァァァァァァァァァ!!!???」
断末魔を上げながら、キングゴブリンたちは命を落とす。
先ほどのシェイズの『水ノ斬:連』よりも惨く無残に、敵を死骸へと果てさせる。
当然それは、キングゴブリンの超回復を以てしても対処できない。
「ハハ、ハハハハハハハハハハハハ!!!!」
ゼノディーヴァを握りしめ、意識の無いスパーダは高笑いをする。
体中に流れ込む力――――快楽にも似たそれに身を任せ、剣を振るう。
「ふむ……」
そんな彼を、ルオードは上空から眺めていた。
あれは……魔剣か?
どういうことだ。何故魔剣をあの男が持っている?
魔剣の所在は、魔王幹部を名乗るルオードも把握し切れていない。
そのため、彼が把握していなかった魔剣が発見できたのは僥倖ではある。
しかし、今の彼はその幸運に浸るより直面している現実に違和感を感じざるを得なかった。
魔剣は……強者を選ぶ。
より強い者と、まるで生前から決まっていた運命のように所有者を定めている。
だが、なんだ……今目の前に映る光景は? あの程度の男が……魔剣と巡り合えるなど……。
常に冷静を保っていたルオードは、少しばかり顔を歪めた。
ルオードの予定は、キングゴブリンたちでSランク冒険者を殺し、その肉体を手に入れること。
だがそれは現在、イレギュラーであるスパーダによって阻まれている。
……まぁ、現状を悔いても仕方ありません。
計画とは……常に想定外の事態が付きまとうもの。大事なのは、それに直面した時、平静さを欠かずに対処することです。
遥か昔――――魔王から賜った助言を胸に秘めていたルオードは、自分に言い聞かせる。
打開策は……。
スパーダが殺戮を続ける中、ルオードはそんな思考に浸ることに決めた。
いや、考えるまでもないことですね。これは……。
だが、思考する前に……彼は結論に達した。
目に映る状況と情報が、明確で明瞭なる解へと
これ以上、どんなイレギュラーが起こるか分からない――――やるなら、今……!!
瞬間、ルオードは上空から一気に下降した。
◇
あぁ……やっぱ、この感覚は……嫌いだ。
場所は精神世界とでも言えばよいだろうか。
肉体と切り離された俺の心は、ただこの場所から体から流れ込む情報に身を任せることしかできなかった。
制御の利かぬ俺の目は常にキングゴブリンを捉え、次の瞬間にはそいつを殺し、肉を断つ感覚が肌や腕の筋肉を通して俺へと伝わる。
ゼノディーヴァを抜刀して使った魔力消費量……かなり懸念していたが、これだけのSランクモンスターを倒せれば、消費した分くらいは回復できるか。
消費した分をその都度回復していけば魔剣を使用していても動くことができる。
前回のような決闘ではただ一方的にゼノの魔力が消費されるだけだったため使用後すぐに倒れてしまったが今回はこのキングゴブリンを殺すことで動くことができる。
その時、
「はっ!!!」
っ!?
上空からそんな声が聞こえた。
「ッ!!」
くっそ……!! アイツまで参戦してきやがった……!!
視界に映ったルオードと名乗った魔人に俺は顔を歪ませる。といっても、実際の肉体の方は顔色一つ変えていないが。
意識の無いまま暴走を続ける俺の身体は、反射的に剣を上に構え、それに備えた。
「
俺の元に凄まじい勢いで飛来した敵はその右腕を膨張させ、先端を槍のように研ぎ澄ませると、それをそのまま俺目掛けて放つ。
その攻撃を魔剣で防ぐと、異質な物質とのぶつかり合いによる何とも形容しがたい音が鳴り響いた。
「最初は少しばかり驚きましたが……すぐに分かりました。あなたは今暴走状態だ。魔剣を全く使いこなせていない……。ならば、勝機は十分にある……!!」
言いながら、ルオードは左腕も先程のように変化させ、再び俺に攻撃を仕掛けた。
「さぁ!! あなたたちも!!」
「グオァァァァァァァァァ!!!」
なっ……!! そうだ……、キングゴブリンはまだいる……!! このままじゃあ!!
「私に加え、キングゴブリン十体!! あなたを戦闘不能にさせるには十分です……!!」
ルオードの言う通りだ。
このままじゃ……やられる……!!
考えろ……考えろ……!! このままじゃ……!!
さっきのシェイズの問に、俺は心内で五分五分と答えた。
それは魔剣を使用し、暴走状態になった俺の強さがこいつらの総戦闘力と同程度だと思ったからだ。
しかし、現実は違った。
自由の利かないこの体では、恐らく体の形状を変える奴の特殊な攻撃に対応できない。
頭を回す。しかしそれは無意味だと悟った。
緊迫した戦闘状況、どう足掻いたところで求められるのは肉体の稼働。
それが出来ないのであれば、どんな策を講じようが無駄である。
くそが……!! 嫌だ……!! 死にたくない……!!
何か……何か……!!
あの日から……生きることだけに執着する俺にとって、命を失うことは何よりも恐怖だった。
外側の世界へ何も干渉することができず、ただ黙ってそれを眺めていることしかできない俺。
そんな時、
「ていやぁ!!」
……は?
俺の目に信じられない光景が映り込んできた。
「大丈夫!? スーちゃん!!」
シェイズたちと一緒に洞窟の出口へと向かったはずのリンゼが、何故かキングゴブリンの首を斬り落としているのである。
「グアアアアァァァァァ!!!」
「っと! 決闘で戦ったスーちゃんに比べれば、大したことないね!!」
リンゼはそう言うと、新調したばかりの剣を握りしめ、別のキングゴブリンを見据える。
「
黒い影のようなものを剣に纏わせ、それをキングゴブリンの頭部めがけて斬りつけた。
「ァァァァァァァァァ!!!」
闇の魔力による攻撃力の増加、加えてグラスライト鉱石で造られてた剣。
キングゴブリンを容易く左右に真っ二つに斬り裂くには十分すぎた。
――――だがそんなこと、今はどうでもいい。
何で、ここにいんだよリンゼ!!!!
そう叫びたいが、体の制御が利かない俺は口を動かすことができない。
「スーちゃん!!」
っ!?
真意を問いたいスパーダ、そこにリンゼ自らが俺の名を呼んだ。
そして彼女は、満面の笑みで言った。
「こうして一緒に戦えて私今、死ぬほど幸せだよ!!」
……。
リンゼは、何一つブレていなかった。
彼女にとって……ここから逃げ出すという選択肢は、俺がここに残っている時点で存在していなかったのだ。
あの時、俺の言葉に何も言わなかったのは……一回この場から逃げたのは、そうしないとシェイズたちに止められると思ったからか……。
俺は何とも微妙な気持ちで、納得した。
――――あぁ……気持ちわりぃなぁ。
しかし突然、そんな声が聞こえる。
まるで、リンゼの言葉に呼応したように。
また、お前かよ……。
俺はその声の主を、よく知っていた。
当然だ。
ここはいわば精神世界、存在するのは俺だけ。
それでも他者の声が聞こえると言うならば、それは紛れもなく――――俺自身の声なのだから。
一度目は自身が窮地に陥った時の苦肉の策として、魔剣を何とか限定的に使用できないかと考え、試しに鞘に剣を収めたまま使用した時。
二度目は、言わずもがなその状態でリンゼと決闘し、病院内で意識が回復する直前。
そして三度目は、今まさにこの瞬間。
嫌だよなぁ? うぜぇよなぁ?
その三回、いずれも
まるで、俺に同意を求めるかのように……俺は俺に詰め寄られた。
だから、殺してぇよなぁ……?
っ!?
その言葉の真意を、俺は即座に理解する。
何故なら、それは俺自身だから。
や、やめろ……おい、やめろ俺!! やめてくれ!!
だから、何としても止めねばならない。
おいおいつれねぇじゃねぇか俺。
俺はお前の『本心』だぜ? お前の欲望を、お前よりも熟知してる。
だったら猶更だ!! やめてくれ!! そんなこと、俺は望んじゃいない!!!
馬鹿か、何偽ってんだよ。安心しろって、お前の欲望……俺がきっちり叶えてやるからよぉ!!
その言葉を皮切りに、俺の身体は再び動き出す。
キングゴブリンに向かってではない。
「えっ? スーちゃん?」
やめろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!
「アハハハハハハハハハ!!!!」
俺の眼球が見据える先は、向ける魔剣の矛先は――――リンゼだった。
「ははは!! まさか仲間と敵の区別もつかないとは!! しかし、助かります。このまま彼女を殺してくだされば、その肉体が手に入る!!」
先程まで俺と交戦していたルオードは、キングゴブリンは一斉に動きを止める。
まるでリンゼを殺すために動く俺を見物するかのように。
駄目だ……駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ!!
殺す!! 俺がリンゼを殺してしまう……!!
頼む!! 頼む頼む頼む!! 誰か、誰か止めてくれぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!
必死の叫び、心の中だけにしか届かない悲痛な叫び。
誰も反応するわけがない。だが、叫ばずにはいられなかった。
しかし、
『うるさいのう。全く』
俺の叫びは……届いたようだった。
◇◇◇
小話:
ルオードの能力は魔法では無く、人体実験によるものです。
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