第33話 揺れる心 【過去編4】

「ま、魔王……? 何言ってんだお前……?」


 スパーダ率直な感想を述べる。

 当然の反応だ。

 喋る剣が自分を魔王って言ってるのだから。


 ……意味分かんねぇ。どういう状況だよ……。


 あまりにも新鮮味のありすぎる情報の渋滞にスパーダの脳は処理が追い付かない。

 そんな時だった。


『おいスパーダ』

「あ? な、何だよ……?」

『お前、大分負傷しとるな?』


 話の脈絡も、何もかも無視するようにゼノは言ったのだ。


「は、はぁ!?……何適当なこと言って……」

『適当ではないわ。見れば分かる。左腕は骨折、体中は傷だらけではないか』

「は!? お前剣のくせに目が付いてるのかよ……!?」

『そうではないバカ者!! じゃがまぁ、見えているのは正解じゃ。もっとも……見えていなかった所でお前の声の調子で負傷しているのはまる分かりじゃがのう』


 ケラケラとした様子のゼノ。

 喋る剣との邂逅で傷の痛みを忘れかけていたスパーダだったが、ゼノの指摘によって再び痛みを自覚する。

 

 そうだ。今最も優先すべきなのは、コイツのことじゃない。俺のことだ。

 早いとこ、この負傷を何とかしないと……!!


 苦悶の表情を浮かべるスパーダ。

 それを見るゼノは、今度はあっけらかんとした様子でこう言った。


『そこら辺に生えとる草を食え。楽になるぞ』

「は、はぁ?」

『食え。これは命令じゃ。こんな所で死なれては叶わん』

「そんなの、信じられるかよ……!」

 

 当たり前だ。

 ただでさえ喋る剣という存在自体が意味不明なのに、そんなものが吐いた言葉など信じられる訳がない。


『ほ~、ならそのまま過ごすのか? 無理じゃと思うがな、儂は!』


 そしてまたもやゼノは、的を射た発言をする。

 骨折や打撲、スパーダはこのまま自身の負傷を無視し続けることは出来ない。


 ゼノの言葉を信じる信じない以前に、彼は他に取りうる選択肢が無かった。



『どうじゃ? 少しは楽になったか?』

「……あぁ」


 結局スパーダはゼノの言う通り、生えていた草を食べた。

 そのまま食べるのもアレなので持ってきてた道具で「煮る」というひと手間を加えて。


 生えていた草を食べたスパーダは、数十分もしない内に体中の切り傷や擦り傷が修復され、骨折は治らなかったものの、痛みは消えていた。


「……何で、俺を助けた?」

『ん? 決まっとるじゃろ。お前に死なれては困るからじゃ』

「死なれては困るって……さっき会ったばっかだろ」

『はははははは!! 確かにそうじゃな!! じゃがそんなのはどうでも良い!! 重要なのは、「お前が儂の元に来た」……この事実だけじゃ!! 儂はこれを運命と受け取ったぞ!!』

「運命って……アホか。俺がここに来たのは、お前に会いに来たんじゃない。別の理由があって来たんだよ」

『別の理由?』

「あぁ……ま、もうどうでもいいことだけどな」


 どうせもう……ここから出られない。


 スパーダは自嘲気味に笑った。


『何じゃそれは。話してみろ』

「何でお前に話さなきゃいけねぇんだよ……」

『儂の助言のおかげで体の負傷がなんとかなったじゃろうが』

「まぁ……それは……はぁ、分かったよ」


 話したくなかったスパーダだが、そう言われては仕方がない。

 彼は自身がここに来た経緯を話すことにした。



『ははははははは!! 何とも滑稽な男じゃのう!!』

「うるせぇよ……だから話したくなかったんだ」


 全て話し終えたスパーダは、惨めな気持ちで舌打ちをした。


『まぁまぁそう怒るでない!! 代わりと言ってはなんじゃが、今度は儂の身の上話をしてやろう!!』


 ふふんと得意げに鼻を鳴らすゼノ。


「別にいいよ。聞きたくない」

『良いから聞け。お前は儂のパートナーになるんじゃからの!!』

「……パートナー……?」


 そう言えばさっきも、死なれたら困るとか言ってたな……。


 スパーダは先程のゼノの発言を思い出した。


『ごほん。儂が魔王じゃということは聞いたな?』

「聞いたけど……冗談だろ」

『はぁ!? 冗談でそんなことが言えるか!!』

「へいへい、分かった分かった。んで、魔王様は何で剣なんかになってるんですかー?」

『うむうむ! よくぞ聞いてくれた!!』


 明らかに棒読み口調で質問するスパーダだが、ゼノは彼が意欲的に質問をしてくれたのだと、明らかに勘違いしていた。


『遡ること大体数百年前! 儂は儂の討伐を目的とした奴らと激しい戦いを繰り広げて負けた!! 多分!!』


 魔王と戦ったってことは、『勇者パーティー』か。


 話半分で聞きながら、スパーダは『憧れ』を思い出す。


 ん、待て……。


 ゼノの言葉にスパーダは一つ引っ掛かりを覚えた。


「何だよ、『多分』って?」

『あぁ実を言うとな……あんまり覚えとらんのじゃ!』

「……は?」


 思わず素の声が出たスパーダ、目を点にして地面に突き刺さる剣を見た。


『儂がはっきり覚えていることは三つ!! 一つはゼノという名前、二つ目は儂が魔王であるということ、三つめは儂が今取り憑いているこの剣についての情報だけじゃ!! それ以外……要は数百年前ここで目覚めるより前のことははっきりと思い出せん。儂が何者かと戦い、敗北したと言ったのは今言った覚えている三つの事と、この状況から導き出した推論じゃ!』

「……はぁ……」


 遂にスパーダはため息をつき、頭を抱えた。


 この剣、ヤバすぎる……。

 存在だけでも意味が分からないのに、喋ることも妄言ばっかり。

 ここがSランクダンジョンの下層じゃなければすぐに距離を置きたいところだ。


『さぁ、儂の身の上話は終わった。本題はここからじゃ! 儂のパートナーになれ、スパーダ!』

「嫌だ」


 意気揚々と言い放つゼノの申し出を、スパーダは即断った。


『……ははははは! 冗談とは愛い奴め!!』

「いや本心だけど?」

『……』

「……」


 瞬間、スパーダとゼノの間に数秒の沈黙が流れた。

 ……そして沈黙を破ったのは、


『何故じゃ!? お前にとって光栄な話じゃぞ!?』


 ゼノだった。


「なーにが光栄だ。お前みたいな訳分からん奴と組む気なんかねぇよ。話聞いてやってるだけ有難いと思え。それに、もしもお前が魔王何ていう大層な存在だとして……絶対何か裏があるだろ?」

『う、裏!? 無いわそんなもの!!』

「嘘つけ。お前は『初対面』の俺を助ける助言をした……つまり、そんなことをしてまで遂行したい目的があるはずだ」

『うっ……』


 ゼノは図星と言わんばかりの声を出す。 


「まずはそれを正直に話してもらおうか」


 まぁもっとも、話されたところで俺の気は変わらないけどな。


 既にスパーダの決意は確固たるものになっている。

 この決意を揺るがすことなどできる訳がない……彼はそう高を括っていた。


『……そ、外の……世界が見たい……』

「……は?」


 そんな言葉が、吐かれるまでは。


『じゃ、じゃから!! 外の世界が見てみたいんじゃ! 数百年、目覚めてから儂はずっとここにおる!! いい加減飽きたんじゃ!! じゃが儂は見ての通りこのザマ、腕も足も無い……ここから自力で脱出することは叶わぬ。そこで、お前の手を借りたいんじゃ!!』 

「……」


 この時、スパーダの気持ちが少し揺らぐ。

 だから、『仮に』などという前提で思考するにまで達した。


 仮に……仮にだ。コイツの言っていることが事実だとして――――それは、動機としてどうだ……?


 ――――十分。


 脳内で課されたその問いは、コンマ数秒で解が導き出された。

 何故その解に至ったのか。 

 

 外の世界が見たい――――それは、スパーダが冒険者になった理由と重なったからである。




◇◇◇

小話:

Sランクダンジョンの深層になるとまだ発見されていない未知の鉱石や植物があります。

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