第16話 新生活
結局、あれほど拒否していたリンゼの家に転がり込むことで事態は事なきを得た。
医療費はリンゼが建て替え、食と住の心配も一気に解消され万々歳だ。
しかしただ一つ、心配事が存在した。
それはリンゼと一つ屋根の下で生活するということである。
「なぁリンゼ」
「ん、何スーちゃん?」
「俺を監禁とか……もうするなよ?」
恐る恐る俺は言葉を発する。
今は特に何の拘束も無く椅子に座ってはいるが、何時手錠やら
「あぁそれならもう大丈夫だよ! もうしない!」
「本当かよ……」
正直何か裏があるのではないかと勘繰ってしまう。
「うん! だってスーちゃんもう逃げないでしょ?」
「……」
図星だった。
俺はもう逃げない……というか逃げる必要が無い。
ここにいればメシが食えるし、ベッドもあるのだ。
「あの時スーちゃんを捕まえてたのは、スーちゃんが逃げると思ったからだよ?」
「それは仕方ないだろうが……」
淡々と告げるリンゼに俺はため息交じりに応える。
「とりあえず食べてよ! 今日はスーちゃんとの同居祝いで美味しいモノ沢山作ったから!!」
そう言って机の上に広がるのはご馳走の数々だった。
「……ていうかお前、昨日と随分様子が違うな」
昨日のしおらしい様子は何処へ行ったのか、元の調子で話し掛けるリンゼに俺はどことなく気持ち悪さを覚える。
「だってスーちゃんがこうして私の所に戻って来たんだもん! 元気にもなるよ!」
「にしても、現金すぎるだろ……」
「まぁまぁ! 細かい事は気にしない! ほら、ご飯冷めちゃうよ?」
「あ、あぁそうだな。い、頂きます……」
リンゼに急かされるように手を合わせ、俺はゆっくりとそれらを口に運び始めた。
「どう、どう?」
「……美味い」
感想を聞いてくるリンゼに、俺は率直な感想を述べた。
「やったぁ! スーちゃんのために料理の腕もしっかり磨いたからね! 抜かりはないよ!」
常識は抜けてるけどな……。
内心そう思いながら、俺は食べ進める。
『……』
「……」
横目でゼノを見るが、言葉を発さない。
いつもならこれだけの食事が用意されていれば歓喜の声を上げるはずだがどうやら拗ねているようだ。
まぁその内機嫌を直すだろう。
◇
食事の後は、風呂に入り、そして床に就いた。
不思議な事に、風呂もベッドにもリンゼは押しかけて来ない。
一緒に入る、一緒に寝るなどと宣って突撃してくることは多少なりとも覚悟していたのだが、拍子抜けだった。
『……』
「おーい。ゼノ?」
『……』
寝る前に、俺は立て掛けてあるゼノに言葉を掛けるが一向に口を開かなかった。
コイツと喧嘩はしょっちゅうする。
その中で「もう口を聞かん!」とか言って一言も話さない時はしょっちゅうあるが、それも一時間くらいでまるでケロッと全部忘れたかのように俺に話し掛けていた。
だからこんな風にずっと喋らないのは初めてだ。
「……悪かったよ。だけど、分かってくれ。俺達には最初からこれしか選択肢が無かったんだ」
『……』
「お前がリンゼの事をいけ好かないと思ってるのは分かるよ。俺だって監禁されたりメチャクチャされてんだ。アイツの事が好きだなんて微塵も思ってない……けど、利用できるもんは何でも利用すべきだろ」
すると、
『……バカ者が』
ようやくゼノは口を開いた。
「第一声がそれかよ……」
『当たり前じゃ。お前はバカじゃ、とんでもないアホじゃ。バカじゃ」
ゼノは子供のような罵倒を俺に浴びせる。
しかし、次にそれは一転した。
『じゃが……一番のバカは儂じゃ……』
「あ……?」
『儂にもっと力があれば、お前にこんな苦労を掛ける事も無かった。他の女が入る余地も作らなかった……』
「……珍しいな……お前が自分のことを悪びれるなんてよ」
『うるさい』
「へいへい……悪かったよ」
ピシャリと言い放つゼノに、俺は思わず苦笑した。
『……スパーダ』
ゼノは俺の名を呼ぶ。
「あ?」
『……儂の事、嫌いにならんでくれ』
その声音は、酷く寂しそうだった。
「……今更なるかよ。慣れっこだ……もう」
そう言って、俺はゆっくりと目を瞑る。
結局のところ、この三日間の事は定められた一つの結末に向かって進んでいたって訳だ。
今思い返せば、俺達が選べる選択肢はこれしかなかった。
これは俺の……いや、俺達の無力さが招いた来るべくして来た結末。
まぁ……無様だな。
己の無力感に浸りながら、俺は意識を微睡みの中に委ねた。
◇
「ふんふんふ~ん」
鼻歌を歌いながら、リンゼは自室で日記を付けていた。
それは仮想日記。
スパーダと離れ離れになってから今まで、彼女は一日を偽装して、スパーダとの思い出をそれに連ねるという狂気に走っている。
だが今日からはそうではない。
彼との「現実」を、しかとこの日記に記す事が出来るのだ。
スーちゃんゲット大作戦、成功してよかった~。
ペンを置き、伸びをするリンゼはそんな事を思う。
医療費の請求額を偽装してくれってジョンリィさんに頼んだけど、予想通り逃げ出してくれて助かったよスーちゃん。
リンゼはスパーダを追い込み、自分に
まずスパーダの所属していたパーティーにギルド局員を通して連絡を取る。
内容は指定された日時に彼を退団させれば金を払う、という旨のものだ。
パーティー側も彼に対し不満を持っており、金をもらえるとなれば断る理由はない。彼らはそれを承諾した。
こうしてスパーダは孤立無援のような状態になる。
彼には人望も無く助けてくれる人間もいない。
いたとしても、彼の食費事情を解決できる者などいないだろう。
まずリンゼはそこに付け入った。
スパーダが退団する日に休暇を取って彼の前に姿を現し、自分という「希望」を提示したのだ。
本来ならばそこで交際が成立し、晴れて夫婦になるというのが頭お花畑のリンゼの予想図だったのだが、スパーダが抵抗を見せた事で作戦を変更した。
監禁というあまりにも斜め上で空回りな方法で求婚し、自分という選択肢の有用性を見せつけようとした。
だが当然スパーダは首を縦に振らず、更にあろうことか決闘を申し込んむが、リンゼはこれを了承した。
しかし、決闘に勝利したのはスパーダだ。
だから負けたあの時、泣いたのは彼女の本心だった。
決闘の誓約は絶対であり、これでリンゼはスパーダを解放しなければならなくなったのだから当然と言えよう。
彼に相応しい人間になるように自己を鍛え続けたリンゼ、同じ条件下で行った決闘における敗北は、酷く彼女を傷つけた。
しかし、傷つけただけではない。
はぁ……! あの時のスーちゃんすっごいカッコよかったなぁ……!!
リンゼは恍惚とした表情を浮かべる。
そう、リンゼはスパーダに対する愛情をさらに深めていたのだ。
だからこそ彼女は諦めなかった……何としてもスパーダを手に入れたいという欲望が更に加速したのである。
そんな時、医療費の偽装を思いついたのだった。
結果、これは精神的にも物理的にも追い詰められたスパーダは自らリンゼの家に転がり込む運びとなったのだ。
決闘の誓約はリンゼがスパーダを解放するというもの。
つまりスパーダがリンゼの元に来る分には誓約に関して一向に問題が無い。
めでたしめでたし……というにはなんとも醜く汚らしい男女の一幕。
しかし、これは始まりに過ぎない。
スパーダを手に入れる事に成功はしたが、彼の好意はリンゼに向いていない。
本当の勝負はこれからだ。
「よーっし! もっと頑張ってスーちゃんに私を好きになってもらうぞー! あまりグイグイいくのはスーちゃん好きそうじゃなかったから、今度はおしとやかな感じでいこう!」
監禁し、無理やりキスをし、意識が消失している間にオムツを履かせた彼女はそんな事を言いながら、始まる新生活に思いを
「……あ、そうだ! あれだけスーちゃんが強いなら……!」
すると何かを思いついたようにリンゼは声を上げる。
まるで革命的なアイデアが浮上したような顔で、彼女は顔を輝かせた。
◇◇◇
小話:
二人は結婚して幸せな家庭を築き終了、リンゼEND
……なわけがありません。
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