第5話 酒場にて

「ガツガツガツガツガツガツ……!!」


 酒場に来た俺はテーブルに広げられたおびただしい量の料理を口に運んでいた。


「す、すごい食べっぷりだね」

 

 俺の様子に、リンゼも目を丸くし驚いている。


「……ぷへぇー……」

『食ったのぅ……大分満たされたぞ!』


 一先ず、テーブルに出された料理を全て平らげた俺は一息吐く。


「おいおいスパーダ。いつもとんでもねぇ食いっぷりだったが、今日は一段すげぇな」


 そんな俺の元に、酒場の店主であるラドが声を掛けた。

 確かに、いつもの俺は自分の所持金と相談して必要最低限の食事をしている。

 だが今日はリンゼの奢りだ。

 最初は彼女の申し出を渋っていた俺だが、いざ自分が一銭も払わないとなると止まらなかった。


 自分の食べたい料理を好きなだけ食べる、幸せの極みだ。


「まぁな! 何てったってこのSランク冒険者様が奢ってくれるからよ!」


 そう言って俺はリンゼの肩に手を置く。

 酒も入っていた俺は随分と饒舌になっていた。


 恐らく一時間前の自分にこの光景を見せても信じないだろう。


「ほぉ~ん。良かったなぁ……にしても何でこんな可愛い子がどのパーティーに入っても役立たずの万年Bランク冒険者のお前なんかに」

「ははははははは! 殴るぞてめぇ?」

「事実だろうが」

「ははははははは! まぁな! それがよぉ俺コイツと結婚する約束してたみたいでよぉ!」

「結婚!? お前がかァ!?」


 ラドは信じられないと言った様子で俺を見た。


「笑っちまうだろぉ! 俺みたいな奴との約束を律義に覚えてて、Sランク冒険者になったから結婚してぇ! って言って来たんだぜ!?」


 ハハハハハハハハ!! と、俺は爆笑しながら酒を嗜む。


「ほぉ~ん。そりゃ物好きだなぁ? アンタ名前は?」


 リンゼを酔狂な女とでも認識したのだろう、酒場の店主としての気さくさを纏いながら、ラドはリンゼに名前を聞く。


「リ、リンゼです!」

「リンゼちゃんか。なぁ、こんな野郎のどこがいいんだ? 言っちゃ悪いが、コイツは本当にロクでもねぇぞ」

「言っちゃ悪いなら言うなよ!?」


 ラドの何の配慮もない発言に俺は堪らず声を上げる。

 しかし、対するリンゼはニッコリと笑うとこう言った。


「ロクでもなくなんか、無いですよ。スーちゃんは……私にとって、ヒーローですから!」

「は、はぁ……?」


 リンゼの言葉に、ラドは意味が分からないと言った表情を浮かべる。


 安心しろラド、俺も意味が分からない。


「まぁ、何だ……。幸せにやれよお二人さん」

「はぁ……? 何言ってんだラド?」


 まるで門出を祝うかのような彼の発言に、俺は馬鹿を見るような目を向ける。


「何言ってんだって……結婚するんだろお前ら?」

「ったく……アホかお前は。結婚の約束って十年位前……俺らがまだガキの頃にした口約束だぞ。そんなんで結婚なんてするわけねぇだろ!」


 ははははははは!! と、俺は笑う。


「ま、まぁ確かにそうか……」


 ラドは納得したような声を漏らす。


「そうだぜ! ったく勘弁してくれよなぁ」

「で、でもよぉ。リンゼちゃんは約束を果たすためにわざわざこんな町まで足を運んだんだろ? それなのにそんな風に断っちまっていいのかよ?」

「アホかてめぇは。頭ン中乙女かよ」

「ンだとぉ?」


 立ち上がった俺はラードと睨み合う。


「や、やめて二人共! ラドさん、私はもう大丈夫ですから!」


 そう言ってリンゼが俺達の仲裁に入る。


「ほら見ろ! リンゼもこう言ってるじゃねぇか!」

「なら何でてめぇは結婚断ったリンゼちゃんにメシ奢ってもらってんだよ?」

「腹減って自分の金使いたくなかったからに決まってんだろうがぁ!!」

「結婚断ってそれは神経が図太過ぎんだろ!?」

「俺も最初は断ったんだよ!! だけどゼノの奴が!!」

『儂のせいにするな! 行動したのは全部お前じゃ!! 儂は提案しただけじゃ!!』

「提案じゃなくて命令だろうが!! いつもいつも何でもかんでも人のせいにしやがってこのクソソード!! 略してクソードだお前は!!」

『何じゃその言い方は!! 儂はお前よりも遥かに長い時を生きてきたのじゃぞ!! もっと年上を敬うように喋れ!』

「そりゃあ悪かったなぁ! クソード様!!」

『オマエェェェェェェ!!!』


 俺の怒りの矛先はラドからゼノにシフトした。


「はぁ……また始まった」


 その様子を見ていたラドも怒りと熱が冷めたのか、俺たちのやり取りを見て額に手をやる。


「スーちゃんは、いつもこんな感じなんですか?」

「あぁ……何を話してんのか知らねぇが、酒場に来て料理食い始めて暫くしたら大体こうだ。おまけに酒も入ってるから始末が悪い」

「スーちゃんお酒弱いんですね……」


 酒に飲まれている俺の醜態を目にしながら、リンゼは呟く。


「弱いって言うか……料理と一緒で摂取量が過剰なんだよアイツ……」


 ラドの言う通りだった。

 俺は別段酒が弱いという事は無い、人並みだ。

 ただその人並みが飲むにしては、その量を遥かに超越しているのである。


「オラァ!! 叩き折るぞてめぇ!!」

『やってみろ!! そしたらお前も道連れじゃあ!!』


 ギャーギャーと騒ぐ俺とゼノ、こうして夜はけていった。



「へへへへ……」


 ゼノとの言い合いが終了し、酒が入っていたスパーダは意識を消失するように眠りについていた。


『むぅ……スパーダのバカモンがぁ……』

 

 同様に、ゼノも眠っている。


「ったく」


 ラドは溜息を吐きながら椅子で寝ているスパーダを担ぐ。


「スーちゃんをどうするんですか?」

「上に運ぶんだよ。俺の酒場に来ると毎回これだ、慣れたもんさ」

「……ラドさん」


 その時だった。

 上に上がるための階段に足を掛けたラドに、リンゼは声を掛けた。

 

「ん? どうしたリンゼちゃん」


 キョトンとした様子で、彼はリンゼを見る。


「スーちゃんは今日は私が面倒を見ますよ。元はと言えば、私がスーちゃんをご飯に誘ったのが原因ですし!」

「え、いいのかい?」

「はい!」


 そう言って彼女はニッコリと微笑んだ。


「このバカを引き取ってくれるってんなら願ったり叶ったりだが……アンタ、コイツに振られてんだろ? どうしてそこまで……」


 今日だけで、スパーダは大量の醜態をリンゼに晒している。

 だがそれでも献身的に彼に寄り添おうとする彼女に、ラドはそう言わずにはいられなかった。


「……はい。最初少し忘れられてたのは悲しかったし、結婚を断られたのもショックでしたけど……それでも、私はスーちゃんが好きなんです。だから、出来る限りの事はしてあげたい!」

「リンゼちゃん……うぅっ……こんな子に好かれて、スパーダの野郎罪な野郎だぜ……」


 涙ぐむラド。

 彼は意外とこういう健気な少女に弱く、涙もろかった。


「へっ、そういう事なら分かった。このバカの世話、アンタに任せるぜ」

「はい! スーちゃんは任されました!」


 親指を立てリンゼにスパーダの身柄を渡すラド。

 彼女は笑顔でソレを受け取った。




◇◇◇

小話:

スパーダはよくラドの店で飯を食い散財してます。


※現在『ギャルにパシリとして気に入られた俺は解放されるために奮闘する。』というラブコメも連載中です!

かなりとても面白い感じになってると思いますのでよろしければこちらも読んでいただけると嬉しいです!

作品URL:https://kakuyomu.jp/works/16817330649946533267

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