30.禁断の一粒

 これさえあれば僕は何にだってなれる。冴えない頭と笑えない日々、今までの僕とはおさらばさ。さわやかな笑顔。話し上手で世渡り上手。誰にだって思うことを言えるしやりたいことがなんでもできる。まるで僕ではないようで世界は瞬く間に虹色になった。昔のことはもうあまり思い出せない。だけど毎晩これだけは忘れず一粒飲まなきゃ。良いことも嫌なことも全部すぐ忘れちゃうけど別に怖くなんかない。我慢より忘却のほうが自分を守れるし何よりお陰で毎晩よく眠れるよ。気づいたらある日からコーヒーを飲んでいた。僕は苦手だった気がするが頭痛がするからそれ以上考えることはしない。充実した一日の終わりにふいに鏡を見ると知らない女性が映っている。あぁそっかこの体、僕のじゃないものね。本当の僕の体は今頃どこで何をしているのかな。

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