087 詩われし新たな光

 梅雨の残り香も幽かな、レオの月七月の第一週。


 ちぎれて流れる風景に重なる馬蹄と車輪の音。渓谷沿いの空気は湿気が多くけどもベタつかない。陽射しが強いからだろう。

 洗濯物を干すのに躊躇わない程度の爽やかな気温が、騎士任務の道中って事を忘れさせるくらいには風情があった。


「ぅー⋯⋯ぁー⋯⋯」


 なお、今のはちょっとした現実逃避である。

 至近距離から呻き声が聞こえれば、風情もへったくれもありゃしなかった。


「シュラ姉、だいじょぶー?」

「だい、じょぶ、ない。ぐるぐるして、きつい」

「やれやれ、まさかシュラが馬車が苦手だったとは。意外な弱点があったものだね」

「クオリオさん、苦しんでるんですから物珍しがる言い方は駄目ですよっ。少し待ってくださいねシュラさん。今、酔いにも効くユモギクサの薬瓶を⋯⋯モクモンっ」

〘モクモッ!〙


 ルズレーにあんだけ人は変われるって訴えた俺ですが、そう簡単にはいかないらしい。

 青い顔のままグデーっと俺の肩にもたれかかるシュラを見れば、その世知辛さはひとしおでしたよ、ええ。


〘モククッ〙

「もくくって⋯⋯ぁー⋯⋯落ち、ぶれたもんね。白魔獣に、施しを、受けるなんてね⋯⋯」

「気取ってる場合か。さっさと飲めや。あと、いつまでもたれかかってやがる」

「だって。まっすぐだと、響くしがくがく揺れるし。これなら、マシなの。だから。文句はなしよ。斬るわよ⋯⋯」

「ヘバり顔で脅すんじゃねえ」


 背筋を伸ばすと揺れが辛いのか、もう動くのさえ億劫なのか。シュラが離れる気は無いらしい。こちとらいつリバースされるか、ってハラハラして仕方ねえってのに。

 でもなんだかんだ、モクモンから薬瓶を受け取るくらいには、シュラの心境も変化が訪れてるらしい。

 リャムもほっと胸を撫で下ろしてるし、良い傾向ってやつかな。


「道中も任務の一環だというのに、毎度毎度、なんと賑やかしいことか。貴様らの姦しさで、此方の手綱捌きまで狂いかねんぞ」

「わ。もしかしてたいちょーも馬車酔いだったり?」

「単なる皮肉だ、シャム・ネシャーナ」


 一方で少しは落ち着けとばかりに溜め息を落とすのは、馬車の手綱を握るシドウ隊長だった。曲者揃いな面子が集まってる小隊だからか、こんな風に小言を零す姿も板についてるもんである。

 まぁシャムのみならず、かくいう俺も時たま羽目を外しちゃうし、隊長を悩ませる原因だって自覚はありますけどね。へへへ。


「ジオーサの町まで、もう間もなくである。今のうちに各々、心構えを改めておけ。かような呑気さでいられるのも、恐らく今のうちだろうからな」

「へ?どういうこと?」

「貴様らはまだ、騎士という身分がどういう捉え方をされているのか。その現実を、まだ知らぬということだ」

「捉え方、ですか?」

「うむ。リャム・ネシャーナよ。"騎士たること、即ち何よりものほまなり"。浮かれがちな成り立ての騎士ほど、そのような理想めいた自覚を持ち続けるものだ。だが現実は当然、誰もがそう仰ぎ見てくれるものではない。欧都より遠くに離れれば離れるほど、貴様らとて嫌でも実感するだろう」


 騒ぎ立てる俺達に浮き足立ったものを感じたのか、ピシャリとシドウ隊長が手綱をしならせる。単なる脅し文句じゃなく、どうにもならない憂いを乗せたような釘刺しだった。


「遠けりゃ遠いほどか。ってンなら、ジオーサの町じゃあ俺達は⋯⋯」

「うむ。まして此度我らを招いた相手はジオーサではなく劇団であるし、遠方ならば騎士に対する反感を持つものも多いだろう。手厳しい対応をされることも、考慮しておくのだな」

「⋯⋯フン」


 心なしか右肩に重みが増す。

 以前から誰彼問わず匂わされてきた、騎士の腐敗と信頼感の喪失。そんな不穏な実感が、今回の護衛任務でいよいよのしかかって来るのかも知れないな⋯⋯なんて。



 そう思ってた時期が俺にもありました。



「いやはや、これはこれは。遠路はるばる、よくぞ我がジオーサの街までお越しくださいました、レギンレイヴ小隊の皆様方!!」


 えー。はい。まさかのめっちゃ歓迎ムードなんですけど。

 町長さんっぽい御方が腰を折りつつ、揉み手に笑顔がキラッキラなんですけど。


「申し遅れました、私はこのジオーサの町長、ハボックでございます。ワーグナーの団長殿から、此度の護衛要請をお聞きしましてな。我々は皆様を歓迎致しますぞ」

「う、うむ⋯⋯ハボック殿の懐深き対応、感謝致す」

「いえいえそんなそんな。アスガルダム国民として当然であります。わっはっは!」


 お構いなしに両手を握り、ブンブンと振る。

 聞いてた話と百八十度違うやん。どーいうことなの。

 そう言いたげに隊員一同でシドウ隊長を見るけども、当のシドウ隊長も予想外だったらしい。握手をしつつも、その鉄面皮を驚きに崩していた。

 というかね、町長さんの笑顔が凄い。もうニパーッて感じで。彼の指にはまるでっかいダイヤモンドの指輪にも勝る輝きっぷりだ。ぶ厚い顔立ちも相まって、圧すら感じるべったりとした笑みだった。


(うーん。まさかここまで歓迎ムードとは。この俺の目を持ってしても見抜けなんだ)

《マスターって割と節穴じゃん。てか、隊長さんが単に大袈裟に言っただけじゃないの?調子に乗りやすいマスター達にビシッというためにさぁ》

(まぁ、それはあるかも。でも、シドウ隊長も相当困惑してるっぽいんだよなぁ)


 別に悪い事じゃないんだけど、ある意味肩透かし感は否めない。というか、ぶっちゃけ俺でも不思議に思うくらいだった。

 俺とシュラがコルギ村を訪れた時、かなり切羽詰まった事情があったのに騎士に対する不信感やら失望は見て取れたのだ。


「さてさて、ところでところで⋯⋯ふむふむ。灰色髪の乙女に、十字前髪の赤き青年。どうやらこちらのお二方で間違いないようですな」

「⋯⋯あァ?」

「っ⋯⋯なにか?」


 けれど、この疑問は直ぐさま解消されることとなる。

 不意に俺とシュラにぐいっと顔を近付けては、うんうんと頷くハボック町長の言葉によって。 



「このハボック、是非とも、是非ともっ、お会いしたかったのですよ!!コルギ村を襲った悪夢を見事打ち払ったという、若き英雄騎士のお二人⋯⋯!

 エシュラリーゼ・ミズガルズ殿と。

 ヒイロ・メリファー殿とねえ!!!」





 ⋯⋯ほう。英雄騎士とな。

 ⋯⋯⋯⋯えっ、俺も?

 ⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯マジで?




 えー。


 拝啓、女神様へ。


 ついに、俺の努力が報われる瞬間が来たかも知れません。


 泣きそう。



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