043 天下上等ヒロイック


 都内住みにも関わらず空気の良し悪し新鮮さに、俺は実感を持てた試しが無い。

 空気を読むのも下手な自覚はある。憧れに焦がれた心で思った事を口にするから、周りとの歩幅も合わない事もしょっちゅうだったし。

 でも、そんな俺にも一歩踏み入れただけで分かるほど、コルギ村の空気は重苦しかった。


「ここが、コルギ村」

「はい。本当であれば、ようこそいらっしゃいましたと歓迎するべきなのですが⋯⋯」

(暗いなー。村人の顔も、空気も⋯⋯まさにどん底だ)


 移動のうちに暮れた夕空に浮かぶ人影の群れは、誰も彼もが下を向いてる。春という季節の暖かみから隔離されたような心寒さ。

 コルギ村が背負ってる問題を考えれば当然なのかも知れない。

 現にこちらに気付いた村人達の顔色は、誰も彼もが濃い陰を貼り付けていた。


「村長、お帰りなさい。それで、どうだった!」

「残念ながら、騎士団の助けは⋯⋯ごめんなさい」

「そ、そんな。やっぱり騎士団が腐敗してるってのは本当の話だったんだ」

「じゃあ、私達の村は? 子供達は!? 滅ぶしかないって言うの?!」

「で、ですが落ち着いてください! こちらの騎士のお二人が私達の為に、欧都から足を運んで来てくれたのです!」

「騎士って、たった二人じゃないか?! 冗談は良してくれハウチさん! 捜索も見張りも、何十人であたっても成果が無かったのに! 二人増えたくらいじゃ何も⋯⋯!」

「ハウチさんが村を出た後にも、被害は出続けてる。もう終わりよ。終わりなのよ⋯⋯!」

「よせ、そうと決まった訳じゃないだろ!」


 見るからに歓迎どころじゃない空気だった。

 まぁ確かに、聖銀鎧に身を固めた集団の助け舟を期待したんなら、俺達二人は見るからに肩透かしだろう。

 仮にも無断で依頼受けてる身だからって、普段着で来たのがまずかったかなぁ。


「皆、落ち着いてください」

「村長! この期に及んで落ち着いてなんか!」

「私が連れて来た方が、"灰色の戦乙女"だとしてもですか?」

「アッシュ・ヴァルキュリア!?」

「それって、フィジカを魔獣達から救ったっていう、あの?」

「いやフィジカだけじゃない。ここから西のテルミ炭鉱町でも、魔獣を斃したって聞いたぞ」

「僕も聞いた事がある。しかし、騎士になっていたとは⋯⋯てっきり吟遊詩人のうそぶいたエッダか何かだと思ってたのに」


 鶴の一声ならぬシュラの風評に、村人達の目の色は明らかに希望を灯し始めた。

 おいおい、シュラってどんだけ評判持ちだったんだよ。例の港町だけじゃなく、他にもちらほらと実績あるっぽいし。


「有名人じゃねぇか」(いいなぁ、もてはやされちゃって)

「うっさいわね。なに、サインでも欲しいっての?」

「ケッ、いるかよ」


 当のシュラといえば、向けられる畏敬の眼差しに対して胸を張る素振りも見せず、クールに澄ませている。

 ぐぬぬ、この余裕。悔しい。けども格好良くも見えて仕方ない。

 さすがは主人公のライバルというべきか。

 俺の目指すべき道を、こいつはとっくに進んでしまっているらしい。


「じゃあ、隣の男は?」

「え、し、知らない。付き添いじゃないの?」

「相棒とか?」

「いや、灰色の戦乙女にそんなのが居たなんて話、聞いた事ないぞ」

「彼は一体⋯⋯?」

(⋯⋯⋯⋯よっし、やりますか)


 しかしである。

 例えライバルに大きなリードを見せつけられたとしても、へこたれ続ける俺ではない。

 隣の英雄譚の為に小さく縮こまってるなんて、主人公とは呼べやしないのだ。

 だから俺は一歩踏み出す。

 見てろとばかりに背筋を伸ばし、怪訝そうに俺を見つめる村人達の前へと。


「確かに、俺にはこっちのお転婆ほどの知名度も実績もありゃしねえ⋯⋯ただの無名ネームレスだろうよ」

「誰がお転婆よ」

「フン⋯⋯だがな、そりゃあくまで今だけの話だ。いいか、良く聞け村人共ォ!」


 そう。むしろここからは、俺のターンだ。


「俺の名前は、ヒイロ・メリファー。

 やがて俺はこの国一番の騎士⋯⋯そう、あのレオンハルトや隣の戦乙女すら越えて、最強の座に立つ男だ!

 だから、喜びやがれテメェら!」


 期待されてない現状。大いに結構。上等だよ。

 こっから成り上がってこそ、主人公の花道だ。


「俺が、悪夢を終わらせてやる!」


 さぁ、大言壮語で終わらぬように。

 俺が誰なのかを分からせに行こうか。



◆ ◆ ◆ ◆



「ってな感じに啖呵たんか切っておいて」

「ん?」

「真っ先にやる事は聞き込みなのよね」

「あァ? んだよ、文句あんのか」(え、なんか問題でも?)

「別に。ただ、言動はガサツな癖に、変なとこでまともぶられると調子狂うってだけ」

「んだそりゃ。文句の付け方までお高く止まってやがんなコラ」(もはやただのいちゃもんじゃん)


 こう、俺が張り切ってる度に水を差すのを恒例にするのはいかがなもんかね。

 罵詈雑言フィルターを通しながらも、割と本心な不平不満。対するシュラといえば、俺への雑な物言いに悪びれる素振りもなく椅子に背を預けていた。

 調子狂うってなぁ。シュラんなかでの俺って、聞き込み調査なんてまどろっこしいと、草の根掻き分けて手掛かり探すパワー系に分類されてんのかね。


見縊みくびって貰っちゃ困るぜ、シュラさんよ。こちとら主人公とはなんぞやを学ぶ為に、色んな創作話に手を出して思春期潰した男ぞ。当然ミステリー系もばっちしだ)


 調査の基本は「聞き込み」だ。探偵ものでも刑事ものでも、難事件の手掛かりを掴むにはこれが重要。ほら、百戦錬磨のベテランほど言うじゃん。情報は足で稼げって。

 だからこそ今、俺達は事件に関わる村人の家を訪れている訳である。


「あの⋯⋯」

「ん。あァ。すまねえな、話の腰を折っちまって。事あるごとに噛み付きやがる奴でよォ、あいつは無視してくれて良いぜ」

「犬みたいに言うな」

「うっせえ、事実だろうが。んじゃ、改めてもっぺん確認すんだがよ⋯⋯テメェんとこの坊主が、"二番目の被害者"⋯⋯商家の三男坊とで探検ごっことやらをやってたんだってな?」

「⋯⋯えぇ」


 血の巡りの悪い顔で頷いたのは、失踪した商家三男と最後に会っていたらしき少年の、母親だった。

 あんまり眠れてないんだろう。母親は細々と、あらましを話してくれた。


「うちの息子と三男のクミン君は昔から一緒に遊ぶことが多くて、探検隊ごっこと称しては、村の周りを探検しに出かけていました。だから、あの日も本人達は探検のつもりだったんでしょう⋯⋯クミン君と息子とで、村外れの共同墓地に集まったそうです」

「共同墓地で探検? ずいぶん趣味が悪いわね」

「いえ、墓地で集まったのは、その先にある森で探検するつもりだったからみたいで⋯⋯あの森で、エミュちゃんが最初に行方知らずになりましたから」

「エミュってのは、最初に失踪した子供だったな⋯⋯捜索も兼ねた探検のつもりだった訳か」


 けども、話はごっこ遊びじゃ済まなくなり、ミイラ取りがミイラになってしまった。

 ごっこと称する以上、遊び半分のつもりでもあったんだろうが、どうにもやり切れない話だ。


「あの森は山菜が多いのですが、そのぶん鬱蒼としていて見通しが悪く⋯⋯深くに行けば大人でさえも迷ってしまうような場所です。息子も、奥へと進んでいくうちにクミン君とはぐれてしまったと聞いています」

「⋯⋯で、そのまま三男坊は行方知れずになっちまったのか」

「⋯⋯はい。すいません、本当なら息子から直接話させるべきだとは思うのですが⋯⋯」


 そこから先の言葉を紡ぐように、彼女は閉じた扉を見つめた。扉の向こうには、友達が行方知らずとなったショックで塞ぎ込んでしまった件の息子が居るらしい。

 無理もないよな。事態の大きさを考えれば、罪悪感と恐怖で潰れそうになるのも当然だ。

 当然、責めるつもりもない。隣に目を配らせればシュラも同感だったらしく、柔らかい睫毛を静かに畳んでいた。


「それと、手掛かりになるかは分からないのですが⋯⋯」

「なんだ?」

「はぐれてしばらくした後、息子は妙なものを聴いたと言ってました」

「妙なもの?」

「⋯⋯歌、です」

「「⋯⋯歌?」」


 経緯を頭ん中で整理していく最中で、不意に告げられた新情報に、俺とシュラは揃って目を丸めた。

 鬱蒼とした森の奥で、歌。なんだそれ。

 あまりに場違いな二つの要因が、この村を襲う怪事件を一層不気味に仕立てている気さえした。


「どう思うよ、シュラ」

「その"歌"が単なる幻聴の類じゃないのなら、人以外の何かが絡んでる。そんな気がするわ⋯⋯嫌なくらいにね」

「⋯⋯フン。なら、話は早えな」


 情報は出揃ったとは言えなくとも、取っ掛かりはもう見えた。

 調査の鉄則は地道な回り道。急ぐ為のまどろっこしさを越えたのならば、後は最短ルートで良いだろう。



「行ってみようじゃねえか。その森とやらに」



 それに、ぶっちゃけ⋯⋯俺、遠回りって好きじゃないんだよね。

 割と方向音痴だし。




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