024 曲がり角、春の少女

「チッ、また空振りか」


 どうも、こちら主人公のヒイロからお届けします。

 朝からアスガルダム中の本屋を駆けずり回り、遂に大台の十件目となりますが。

 えー。誠に遺憾ながら、なんの成果も得られませんでした。


(いやぁクオリオが貴重だなんだって言ってたけど⋯⋯まさかここまで見つからないとはなぁ)


 なんだかんだですぐに見つかるっしょ、とくくった高は五件目を過ぎた辺りから、遥か彼方へぶん投げてる。

 うーむ。やっぱり見通しが甘過ぎたのかも知れない。

 よっぽど貴重な本なんだろう。それなりに大きな書店でタイトルを伝えても、首を傾げられたくらいだ。


「はぁ⋯⋯」


 溜め息一つ挟みながら、ずれた靴の踵を整える。

 現代なら通販なり書店に電話して在庫確認、ってのが当たり前だけど、こっちの世界にそんな便利な物がある訳がない。

 有るか無いかも分からないんじゃ、結局は歩いて探すしかないんだけど。こうも手応えが無いと流石に不安もよぎった。


「⋯⋯次は角を曲がって三路地先に進んだ先を左、だったか」


 一向に見つからない焦りもあったんだろう。

 先程の本屋から聞いた他の書店へのルートを口ずさみながらの急ぎ足には、立ち止まる余裕を無くしていた。


「わたっ」

「⋯⋯んァ?」


 角を曲がった瞬間、お腹に軽い衝撃が走った。

 そう聞けば腹痛っぽいけども、別にそういう訳じゃなかった。本当に軽い衝撃。ボールでも当たったのかってくらいに。

 だから目の前で尻もちをついている小さな女の子を見るまで、ぶつかったんだと気付けなかった。


「いたたた。う、鼻ぶつけちゃった⋯⋯」


 どうやら鼻を打ったらしい。ぶかぶかのミリタリージャケットに付いてるフードに、頭半分隠された少女が俯きながら顔の真ん中を擦っている。

 その度に、うなじから伝う三つ編みのロングツインテールが、ふわふわと揺れる。

 フードに生えた耳のような装飾も相まって、子猫が顔を洗ってるようにしか見えなかった。


「おい」

「へ?」


 声をかければ、女の子がぽかんとした顔で俺を見上げる。

 不思議そうに丸まる大きな目。けどもその目の配色の方が俺には不思議で、面白かった。桜と青空。二つの色のグラデーション。

 まるで春を閉じ込めたような、綺麗な瞳だった。


「あ、あの、お怪我はないですか?」

「そりゃこっちの台詞だろうがよ」(そっちこそ大丈夫?)

「ふぁ。あ、はい。わたしは大丈夫です。む、無傷ですから」

「無傷⋯⋯あー。そうかよ。ほら、立て」(⋯⋯大丈夫じゃないかもしんない)

「はい。ありがとうございます」


 ついでに心配になった。二重の意味で。

 無傷って。なんか天然っぽい発言だ。尻もちつきながらも俺を心配する辺りも、天然疑惑に拍車をかけた。

 とはいえ、いつまでも地べたに座らせてる訳にもいかない。軽く頭を掻きながら手を差し出せば、遠慮がちながらも小さな手に掴まれる。

 起こした拍子に、少女の癖のない薄桃色の髪が、桜のようにふわりと舞った。


「そんじゃな」(悪かったね。それじゃあ)

「あ、はい」


 ヒイロフィルター越しじゃあ謝罪もなかなか形に出来ない。

 せめてと片手をあげれば、少女の頭も耳付きフードごとペコっと下がる。幸い怪我は無いっぽくて何よりだ。

 本当ならもっとしっかり気遣ったり詫びたりしなくちゃ主人公の名が廃りそうなもんだが、時には優先しなくちゃならない事もある。

 なんせこちとら、調練を無断で休んでまで本を探しにに来てるんだ。一刻も早く目的果たして帰らなくちゃ、後がどんどん恐くなる一方だ。なるべく急がねば。

 しかし気を取り直した歩みも、僅か数歩でピタリと止まった。


「角を曲がって、三路目⋯⋯いやニ路目か? 進んだ先を右、いや左⋯⋯?」


 やばい。緊急事態発生。

 突発的なアクシデントのせいか、頭の中のメモ帳は消しゴムに敗北を喫していた。

 まっずいぞこれ。ちょっと入り組んだ道っぽいし、下手に迷ったら時間かかりそうだし。

 

「あの」

「あァ?」

「えと、どうかなされたんですか? なんだか困ってる顔してますけど」


 なんて風に頭を抱えていたが、そこは流石の主人公補正ってやつか。落とした大事なものを拾ってくれる少女は、いつだって主人公の傍に居てくれるもんである。


「別にどうもしねえ。ゲルマン堂ってとこへの道順をド忘れちまったってだけだ」

「ゲルマン堂って、近くの書店の?」

「おう。知ってんのか?」

「は、はい。本は好きですので。こっちですね」


 わざわざ先導を切ってくれてるのは、案内してくれるってことなのか。小さな背丈からして、年は高く見積もって十三から十四くらいかね。

 なんて親切な子だよ。出来るもんなら元の身体に爪垢を煎じて飲ませてやりたいぐらいだ。ついでに性悪貴族にも。


「ゲルマン堂に行きたいってことは、お兄さんは本を探してるんですか?」

「あァ。んだよ。顔に似合わねえって?」(まあ確かに似合わないよなぁ)

「う。そ、そんな事は⋯⋯」


 ないとは言い切れない、そんな表情。

 嘘がつけない性格なんだろうな。親切にされてる手前、些細な事で目くじらを立てるつもりはなかった。


「チッ、別に俺が読む訳じゃねー。知り合いに本の虫みてーな奴が居んだよ。そいつの為だ」

「はぁ。そうなんですか」

「『プレアデスの星冠獣目録』って本なんだがな。かれこれ十店以上巡ってんだが、とんと見つかりやがらねぇ。骨が折れて仕方ねーよ」

「星冠獣目録、ですか」


 先導してた少女の足が、何かに引っかかったようにピタッと止まった。

 蒼と桜のオーロラ色が、どこか探るように俺をじっと覗き込む。


「んだよ」

「⋯⋯あ、いえ。その⋯⋯十店以上も探し回るなんて、お兄さんは優しい人なんですね」

「あァ? チッ、そんなんじゃねよ」


 何を言うかと思えば。まぁ確かに本も優しさも似合わないチンピラフェイスですけども。

 優しけりゃそもそも本探しなんてしなくて済んだんだよなぁ。


「プレアデスって、ヴェストリの学者さんの名ですよね。珍しい西国の学書だとしたら、アスガルダムでは手に入らないかも知れません」

「なにっ、手に入らねえだと!?」


「えと、多分ですけど。西のヴェストリとは国境での小競り合いが続いてますから、思想書や学術書の類は特に関所で流通が止められてると思います。アスガルダムの中央図書館なら、保管されてるかも知れませんけど」


「⋯⋯道理で見つからねぇ訳だ。図書館は、駄目か。買い取りなんざ無理だろうし、あいつの手に渡らなきゃ意味がねぇ。クソ、どうする⋯⋯」


 え、いや、マジっすか。ここに来てまさかの不安的中疑惑に、つい口の中が渋くなる。

 でも会ったばかりながら、親切な本好き少女の根拠は説得力があった。だとすると入手はかなり絶望的って事になる。 

 どうするよ俺。探し回る気合いは充分でも、在庫が無いなら徒労に終わる。

 どうにもならない事もあるんだと現実から突き付けられた困難に、思わず空を仰いだ時だった。



「⋯⋯あの、お兄さん」

「どうした?」

「えと。絶対とは言い切れないんですけど、探してる本を持ってそうな人に心当たりが⋯⋯」


 消しゴムを拾ってくれた少女は、ついでとばかりに救いの手まで差し伸べてくれた。



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