018 その手の栄光

 

 いや、ここでお前まで来るんかい、と。

 気疲れしっぱなしな今日一日の締め括りとばかりに現れたシュラに、呆然とした。

 一瞬手放した意識ごと、皺を増やした羊皮紙が手からすべり落ちる。

 ある意味じゃ一番会いたく無かった少女の姿に、つい顔を背けてしまう。ライバルと見定めた相手に、今の俺を見て欲しくなかったからだ。


「何だよテメェ⋯⋯ノックくらいしやがれよ」 

「此処、医務室でしょ。別にあんたの部屋って訳でもないし」

「テメェの部屋でもねーだろ。マナー知らずか」

「グチグチと、顔の割に細かい男ね」

「顔関係ねぇだろ」


 居心地の悪さに引っ張られた俺の悪態も尖りがちだったが、シュラの返しも中々だ。

 ツンケンとした態度のまま、何のつもりかベッドの上の俺へと歩み寄る。仏頂面とは裏腹に、高さのないヒールが小気味良い足音を響かせた。


「さっき場所も弁えずに罵詈雑言を撒き散らすジャガイモ貴族とすれ違ったけど、あれ、あんたが原因?」

「⋯⋯知らねぇよ。俺にはもう関係ねぇ」

「ふぅん。じゃ、あんたがその紙切れ破ろうとしてたのは、ジャガイモ貴族が原因かしらね」

「知らねぇっつってんだろ」


 痛い腹を遠慮なく探る辺り、ほとほと気の強い少女らしい。包帯塗れの俺を見下ろす顔には、聞いときながらも興味の欠片も浮かんでない辺り、いい性格してた。

 そもそもなんでこんな所に居るのか。怪我もしてなければルズレーへの興味も無いであろうシュラが、此処に来た理由が思い浮かばない。


「下衆の勘繰りしに来たのかよ」

「あんたの連れと同列にしないで。医務室に来たのは、あんたに用があったからよ」

「俺に?」

「そ。リボン拾わなかった? 色は黒で、布で出来てるやつ」


 ちゃんとした理由あるんかい。変に勘繰ったのは俺の方だったわ。

 シュラのお目当てにもすぐ思い至る。多分あの予選会場で拾ったやつだろう。渡しそびれてたし丁度良いと、仕舞ってた場所を手探りをひょいと掲げた。


「これか」

「ん。やっぱりあんたが持ってたのね。変な事に使ってないでしょうね」

「ねぇよ。髪縛る以外の何に使うってんだ」

「⋯⋯説明しろって? 最低ね」

「発想が最悪だよてめぇは」


 善意で拾っといてこの言い様である。

 ライバルキャラは主人公につんけんするのが相場って知ってるけど、傷付くもんは傷付く。ただでさえ傷心なのに。

 泣きっ面に刺す蜂よろしくな毒舌に辟易してる間に、シュラは受け取ったリボンを仕舞うと、合格通知書を断りもなく拾い上げる。

 茜を浴びて輪郭を焼いた灰銀の髪と赤色のマフラーが、甘い香りと共にふわりと舞った。


「てめぇ、なに勝手に」

「なんだ、合格してるんじゃない。あんな辛気臭い顔してたから、てっきり落ちたのかと思ったけど」

 俺の苦言もどこ吹く風に、見るだけ見てぽいっと通知書を放るシュラ。憎たらしい仕草も妙に絵になるから得である。

「それ。破ろうとしてたわね」

「っ。だったらなんだってんだ」

「普通に解せないってだけよ。あれだけ滅多打ちにされて退かなかった癖に」

「てめぇには関係ねえだろ」

「あのジャガイモ貴族、さっきすれ違ってた時に恩知らずとか喚いてたけど。それは関係あるんじゃない?」

「チッ」


 痛い所を突いてくるシュラに、暴言悪態のフィルターを介さない舌打ちが零れ落ちた。

 朝の出会いから今まで、常に排他的な言動や態度を崩さない癖に、なんで首を突っ込んで来るのか。解せないのはこっちの方だよ全く。

 覗き込むシュラの瞳は爛々と紅を帯びていて、誤魔化すには苦労しそうだったから。


(ああもう、どうにでもなれ)


 半ばヤケクソ気味に、俺は経緯を話すことにしたんだけど──。



「⋯⋯つまり、あんたは賄賂で合格したって話?」

「ケッ。笑いたきゃ笑え」

「ふーん。確かに笑い話ね」


 話し終えるや一切口角を上げずに肩をすくめられ、俺はガチ凹みした。別にフォローとか期待してた訳じゃないけど、血も涙も一粒の優しささえも無いとかあんまりじゃん。

 あんまりなシュラに噛み付く気力さえ湧かず、がくりと肩を落としたのだけども。


「良い気味ね、あのジャガイモ貴族。まんまとしてやられてるじゃない」

「あ? どういう意味だ、そりゃ」

「ふん。だから、八百長してた試験官にしてやられてんのよ。シドウって教官は『清職者』って名がつくほどに厳正で、賄賂や不正を特に嫌う。主力部隊から一教官に左遷された経緯も、上層部の騎士の不正を処断したからって逸話が有名じゃない。そんな頑固者に、胡散臭い試験官の口添えが通る訳ないわよ」

「⋯⋯⋯⋯は、ぁ?」


 驚愕の余り、顎が外れそうだった。

 ちょっと待って。衝撃で頭ん中の整理がつかない。

 ワイロなんて意味無かったって。いや確かにシドウ教官が厳正ってのは、まあ分かる。絵にかいたような堅物っぽかったし。

 だからあのルズレーが金を握らせた試験官の話に、シドウ教官が耳を貸さないってのも想像に難くない。

 じゃあ、ルズレーがしてやられてた相手ってのはあの試験官にか。流石平然と八百長する試験官だ、あっちのが一枚上手だったってことか。

 いや違う。そうじゃない。

 俺が一番気付くべき所はそこじゃあなくて。

 つまり。つまり……!


「おい、じゃあ……俺の合格は」

「"そういう事よ"。ほら、笑い話でしょ。笑えば?」



 呆れたようなシュラの溜め息も、気にならなかった。

 ぶわっと血管が開いて、赤血が一気に巡る。

 寒くもないのにかじかむ手で、膝上に放られた紙を掴んだ。

 破りかけて出来たシワで、文字が歪んでる。

 けども、読める。合格者、ヒイロ・メリファー。

 今の俺の名前がそこにある。


(⋯⋯〜〜〜っっっ!!)



 今度こそ、自分が掴んだものを確かめるように。

 俺は傷だらけの胸に、その証を抱き込んだのだった。



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