017 亀裂の入った合格通知


(────っっっ、しゃらぁぁぁぁあ!!!!)


 えー。拝啓女神様。さっきぶりっすね。

 現在私めは狂喜乱舞の極みにございます。うへへ。

 絶望的状況からのまさかまさかの大逆転劇。全米が泣いた圧倒的カタルシス。

 いやー結果的に大正解だったとか。これが噂の主人公補正ってやつなのか。たまらんね。

 急カーブして到来された我が世の春に小躍りしたいところだが、節々の痛みが酷いので、残念ながら心の中だけで留めておく。


 ともあれ良かった。ほんと良かった。

 一時はどうなる事かと焦ったけど、俺の騎士道物語はちゃんとスタートを切れた訳だ。主人公補正万歳!


「⋯⋯大袈裟な。たかが騎士になったくらいではしゃぐんじゃない。お前の気味の悪いにやけ顔は、夢に出そうで目に毒だよ」

「うっせぇ、余計なお世話だ」

「ふん。けど、そんな目に合ったんだから、お前も少しは懲りたろう? 馬鹿とて鞭打てば学ぶ生き物だ。これからは僕の言うことに大人しく従え、分かったな?」

「⋯⋯馬鹿はテメェだろ。テメェに従わなかったからこそ、掴み取れたんだろうがよ」


 人が有頂天の極みに昇るや、すかさず冷や水を差すこのルズレーのインターセプトですよ。

 通知書を持って来てくれた事には感謝するけど、ちょっとは空気読んでくれねーかな。


「お、お前はぁ⋯⋯! 誰に向かってそんな口を効いてるんだ! 誰のおかげでお前の様な身の程知らずが、"騎士に成れる"と思ってるっっ!」



 だが、本日何度目かも分からない激情と共に突き付けられた言葉は冷や水どころじゃなかった。


「⋯⋯は? どういう事だよ、それ」

「お前の合否は本来、保留だったんだ。だからあの試験官が言ったんだよ! お前を合格させるよう教官殿に口添えしといてやるからと! おかげで余計な出費を払わされたんだぞ!」

「⋯⋯⋯⋯、────」


 ちょっと待て。整理させてくれ。

 保留ってなに。俺が気絶してる間に何があったんだよ。

 いやでも、正直あれだけの負けっぷりを晒した訳だし。すんなり合格ってよりは正直腑に落ちるのも事実だった。

 けど問題はそこじゃない。


「⋯⋯ショーク」

「え? な、なんだよ」

「今の話、マジなのか」

「お、おう。試験が終わった後、ルズレー様んとこに例の試験官が、口添えしてやるからもっと寄越せってせびって来やがってよ」


 信用も信頼も出来そうにない幼馴染の証言には、嘘らしさは欠片もあってはくれなかった。


(⋯⋯嘘だろ。じゃあ俺って、賄賂で合格したって事かよ)


 ショックなんてもんじゃなかった。

 別に、清く正しい生き方を志してる訳じゃない。

 主人公補正だとか覚醒イベントだとかに頼った闘いを挑んだ俺に、ルズレーのやり方を非難する資格なんて無いのかも知れない。

 けれど、俺はただ憧れ続けた存在に、少しでも近付きたいだけだった。

 負けただけなら良かった。悔しくても自分で選んだ結果だから。そんな結果さえも捻じ曲げられた。

 よりにもよって「これは違う」って切り捨てたはずの形に落ち着いてしまった。

 近付くどころか、遠ざかった。

 身体を走る鈍痛の虫よりも、その実感の方がよっぽど重く、痛んだ。


「なんなんだ、お前は」

「⋯⋯あ?」

「る、ルズレー様?」


 だってのに、そんな俺の痛み様すら気に入らないと。

 今までとは致命的に違う色に顔を歪めたルズレーが、俺に食ってかかる。


「いったい何が不満だって言うんだ! ろくに取り柄もないお前如きが騎士には成れた。いいや、貴族の僕が、お前なんかを騎士にしてやったんだ! なのになんだ、なんでちっとも喜ばない!」

「嬉しくもねぇのに、喜べる訳ねぇだろ」

「このっ⋯⋯っ、いい加減にしろ! この間からお前と来たら、目をかけてやった僕に後ろ足で砂かけやがって!」

「⋯⋯」

「僕に逆らうんじゃない!黙って後ろを歩いていればいいんだ!お前なんかが⋯⋯お前なんかが、僕の、前に出ようとするなぁっ!」



 馬鹿を躾ける鞭だと言わんばかりのルズレーの拳が、こめかみを叩く。雑な暴力だった。自分の思い通りにならない相手に振るうだけの、子供の癇癪みたいな殴り方だ。

 痛みは些細で、骨どころか肉皮にすら響かない。

 けれども、お陰様でやさぐれた心の苛立ちに火を付けるには充分過ぎる摩擦だったから。

 ああ。もういい。この際だからぶっちゃけようか。

 いい加減、俺も我慢の限界なんだよ。


「帰れよ」

「ぐっ、お前⋯⋯!」

「今すぐ俺の目の前から消え失せろっつってんのが⋯⋯聞こえねぇのか!」

「ひっ」


 もう知ったことか。

 決定的な亀裂が出来たって構わない。

 元のヒイロが築いた関係性だからと、義理を立てるにも限界だった。

 胸倉を引っ掴んで怒気を叩き込む。

 至近距離の貴族の目が、理解不能な狂人を見るように怯えていた。


「く、くそ⋯⋯この恩知らずが! 行くぞショーク!」

「へ、あ、待ってくだせぇ、ルズレー様!」


 短い捨て台詞を吐くだけ吐いて、逃げるようにルズレー達は走り去った。事実逃げたんだろう。去り際の表情は、はっきりと恐怖に染まっていた。

 だからって勝ち誇るつもりもなければ、清々とした気持ちにもならない。ただ虚しかった。

 夕暮れの豊かな赤黄色が、空気の乾きに拍車をかけるくらいに。


(⋯⋯どうしようか、これ)


 三人から一人。シンと静まる医務室に、手の中の通知書がくしゃりと響いた。

 記されている自分の名前と合格通知。少し前には天にも昇る気持ちで見通した文面も、実情を知った後じゃあ寒々しい。


(辞退するべき、だよなぁ⋯⋯)


 騎士になりたかった。でもあくまで手段としてだ。

 魅力的な肩書きを得たいが為に、自分なりの信義を曲げたくはなかった。

 惜しい気もするけど。いざって時に足を引っ張られかねない妥協を選ぶくらいなら、別の道で良い。

 そんな決別の意味も込めて、通知書に手を添えた時だった。


「辛気臭い場所で、辛気臭い事しようとしてるわね」

「てめぇは⋯⋯」


 通知書を裂こうと力を込めた指先が、少女の冷めた声にぴたりと止められる。

 そんな辛辣なご挨拶をしてくれたのは、俺が理想として描いてた導入を見事にこなしてみせた強者。

 シュラだった。


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