002 口悪い系主人公とかもはやメジャーです

 パチパチ、パチ。

 火花の産声と死に声と、炎の匂いがする。 

 熱い。真夏の炎天下とは比べ物にならないくらい。

 なにもかもが燃えていた。目の前で。コンクリートも、陳列された商品も、買ってとねだったお菓子の袋も、人も。


 炎で焼けてる匂いがした。



──おに⋯⋯ちゃ⋯⋯


 喉が焼けるようだった。

 どこかの建物の中。一面の紅蓮。

 熱いし臭うし痛いのに、水の中に居るような浮遊感があった。

 揺れる。傾く。気付いたのは、目の前にある誰かの背中だった。


──おにい⋯⋯っ!


 大きい背中が、振り返って顔になる。

 顔だけど、顔じゃなかった。

 仮面だった。上半分だけの。

 下側は破けたんだろう。

 煤の付いた唇が微笑みを作っていて。

 なんでか俺は、ひどく安心したんだ。


──おにいちゃんっ!


 安心して、また眠気に襲われて。

 瞼の間。仮面の男の、その向こうから。


 崩れた瓦礫が、落ちて、きて⋯⋯⋯⋯





「起きてってば、お兄ちゃん!」






 世界に、光が射した。







「わっ、起きた」


 重たいまぶたの向こうには、仮面の人なんてどこにも居なかった。

 それどころか、シーツっぽい布を両手に持ったエプロン姿の少女が一人。

 炎の匂いもしない。熱くもない。

 なんなら寒いくらいで、真後ろの開けた窓から吹いた風に身を縮こませたくらいだ。


「もう、お兄ちゃん大丈夫? すごい汗かいてるよ」

「?」

「ぼーっとしてる。熱、もう下がったって思ったのに。うなされてたけど、悪い夢でも見たの?」

「⋯⋯」


 あぁ。なんか気持ち悪いと思ったら、汗だくじゃん。

 反射的に立ち上がれば、ふと違和感。

 なんか、視線が高い。部屋の中の椅子とか机とか。背伸びしながら見渡せば、丁度こんな感じのような。

 そんで、頭二つ三つは低い位置にある少女の顔。

 赤茶の髪をお下げにした、野暮ったいけど家庭的な雰囲気の女の子だった。

 そばかすが実にチャームポイント。


「⋯⋯なに、じろじろ見てるの」

「⋯⋯ァ」


 照れて赤面する、なんてことはない。

 むしろ不審がってる眼差しだった。

 流石に失礼だよなと思い、とりあえずの詫びついでに聞かなくちゃならない事があった、んだけども。


「うっせぇ。誰だテメェ」(ごめん。で、どちら様?)

「⋯⋯は?」

「は?」(はい?)


 え、なに今の低い声。

 え、今の俺の口から出なかったか? 

 いや俺の口からだよ。でも、あれ。

 めっちゃ乱暴な感じになってませんでしたか今。


「⋯⋯」

「⋯⋯」


 思わず黙り込めば、向こうも同じく黙り込む。いや同じじゃないかも。

 見る見る内に眉毛が吊り上がってるし。

 頬も赤くなってきた。勿論照れとかじゃない。

 えー。誰がどう見ても怒ってます。本当にありがとうございました。


「⋯⋯じゃ、早く降りてきて。ご飯出来てるから」

「お、おう」

「ふんっ」


 出逢い頭に誰だテメェ、なんて言われたら、そらそうなるね。

 シーツをこっちに投げつけると、木造りの床にダンッダンッと足音を立てて少女は去っていった。

 いやーかなり怒ってらっしゃる。俺のせいだけど。


(⋯⋯お兄ちゃん、って言ってたな)


 お兄ちゃん。あだ名ってことはないはず。

 多分妹だよな。起こされたし。一緒に暮らしてる感じだったから、そういう事だろう。

 くるくる回る考えついでに、視線もキョロキョロさせてみれば、部屋の扉のすぐ脇に丁度良さげな姿見があった。

 と、同時に思い出してくる。

 死んだ事。死んだ後の事。

 あの木の根が蔓延る宇宙空間っぽいとこで会った女神ノルン。彼女の言ってたお詫びと、旅立ち。

 思い出して、思い返して。

 身体がぶわっと熱くなった。


(あぁ、そっか。そうだった! 俺、ヒーローになったんだった!)


 そうだ。願いが叶ったんだった。

 転生だったか転移だったか憑依だったか忘れたけど。

 そう思うと興奮が収まらなくて、思わずニヤついてしまって。


(と、とりあえず落ち着こう。鏡でも、見て⋯⋯)

 

 クールダウンの為にもと姿見の前に立った。

 立って、映って、見て、目を見開いて。

 思わず言葉が漏れた。


「クッソ目付き悪ぃなオイ」(目付き悪っ)


 あ、ついでに口も。


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