冷え込んた関係
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冷え込んだ関係
私達夫婦の関係はすっかり冷え込んでいた。結婚して七年目、ついに子供は出来ないまま今日まで過ごしてきてしまった。自分の両親、夫の両親にも散々「孫はまだか」と言われ続けたが、その小言にもすっかり馴れた頃、私達夫婦の関係も冷めた空気に馴れてしまっていた。とは言うものの、今でも互いに同じ屋根の下で暮らしている。表向きは波風立てぬように、普通の夫婦を装っている。
――仮面夫婦――
大昔ベストセラーになった本のタイトルのようだ。丁度私が生まれた頃の本だ。
外は強い風が吹き荒み、強く雨が打ち付ける。まだ十月になったばかりなのに、ニュース番組では師走の寒さと報じている。私はテレワークを終えて、温かいコーヒーを飲みながら一息入れテレビを見ていた。夫はあと二時間くらいで帰るとLINEがあったばかりだ。いっそうのこと、帰ってこなくてもよい。そんなことを思いながらも夕食の準備に取り掛かろうと重い腰を上げた。その時、家の照明が消えた。証明だけではない、テレビも消えた。急に静かになった部屋には外からの強風で窓ガラスがひしめく音だけ聴こえる。私は暗い部屋の中で外を確認するためスマホのライトを点灯させてカーテンを開けると外も真っ暗だった。
「停電だわ」
思ったことが声に出た。今年始めて入れた床暖房も切れ、次第に部屋の気温が下がってゆく。オール家電、高気密住宅と謳われて購入した分譲住宅だったが、電気がなければただの箱である。なんて無力だろう。私は慌ててダウンのコートを取り出し上に着込んだ。
信じられないほど寒い、そして心細い。夫にLINEを送っても既読マークもつかなければ、返事もない。近所は仲良くしている家族もいない。こんな時の町内会なのだ。繋がりというものは形だけではないと痛感させられる。私はリビングのソファーに身体を丸めて座り、静かに電気が復旧するのを待った。スマホのバッテリー残量は残り十二パーセント、 こんな時に限って充電していないのだ。下手に弄ることが出来ない。何か情報を仕入れたくても電池で聴けるラジオさえ家にないのだ。 オマケにパソコンもデスクトップ。夫は時間に帰って来るのだろうか……不安とともに、床暖房が切れてから暫く経過し、足先が冷たくなってきた。部屋の中でも息が白く感じる。真っ暗なので確認しようがないが、不安からかそう感じられるのだ。余分にお湯くらい沸かしておけばよかったと後悔している。何気ない一日でも少しの注意で非常時でも少しは快適に過ごせただろうに……
なんてことだろうか、この何年も感情が湧かなかった夫の顔が思い出される。今、一緒にいたら頼りになる存在かどうかは微妙だ。しかし、今はそんなこと今はどうでも良い。早く夫に帰ってきてほしい……
寒さと寂しさで塞ぎ込んでいる私の耳に車の止まる音が聴こえた。
「あなた」思わず声が出た。信じられない、私の声は涙声だったのだ。
玄関の鍵を開ける音がする。そういえば鍵は閉めたままだった。
「おーい、帰ったぞ。大丈夫か」玄関から情けない声が聴こえて来た。
「あなた、こっち、リビング」
「ちょっと待ってろ」
「早く、お願いだから」
廊下を歩くだらしない足音が聴こえる。それでも今の私には福音である。
夫はスマホのライトを頼りにリビングに入るなり、
「この強風で倒木があって送電線が切れたみたいだな」と呑気に言った
「どうするのよ」
「どうするって言っても電気が復旧するまで待つしかないだろう」
「じゃあ、このまま……」私は一気に不安になった。こんな時もっと勇気付けてほしいと思うが、だから私はこんな気の利かない夫に愛想を尽かしているのだ。
「そのうちに、大丈夫だよ」と夫は言うと私の隣に腰掛けた。いくら寒くても仕事終わりの夫は汗臭かった。
「今日は冷えるな、大丈夫か、お前寒いの苦手だよな」
まるで他人事のような口ぶりに私は情けなくて涙が出てきた。
「どうした。泣くなよ。直に元に戻るよ」
怒りと寒さと情けなさで全身を震わせていると夫は私の肩を抱き寄せて髪、いや、頭を撫でた。そうして「大丈夫……」と何度も小さい子供に言い聞かせるように私に言った。何を今更……優しくされても私の気持ちが満たされることなんてない……
「ごめんな、今日は結婚記念日だったのに、驚かせようと思ったら、まさか停電になるなんて」
――えっ結婚記念日
夫はスマホのライトを私に向け続けた。
「ずっと忙しい日が続いてここ何年かお祝いらしいお祝いもできなかったな。それに結婚記念日ということはお前の誕生日だもんな」
「私の誕生日……」
「一昨年は祝おうと思っていたらお前は友達と旅行に行ちゃうもんな。去年は俺が出張でさ」
私はすっかり結婚記念日だったことを忘れていた。しかも何年も。いつの頃からか、お互いの誕生日は祝わなくて良いということなっていた。そして、結婚記念日も……思い出せば私が我儘を言って入籍を誕生日にしてもらった。
――私の誕生日なら大切な日は忘れなくてスムーズでしょ――
そんなことを言ったのは夫ではない、私だ。
酷い……自分勝手だったのは誰だったか。私は声を出して泣いた。
「おいおい、そんな泣くなよ。そんなに停電が嫌か」
私は暗闇の中何度も頷いた。そして夫に抱きついた。中年太りした夫の胸に思いきり顔を埋めた。夫の体温はとても暖かかった。
「おっ、電気がついた」
夫は私の頭を撫でながら呟いた。
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