また逢う日まで

@kouzityu48

第1話 澪と柊

 はるか昔の話。

 国造りの神々が去ったこの国では、人間と妖怪が暮らしていたが、種族の違いによる争いが絶えず、やがて2大勢力が覇権を求めて争った。

 1つが妖怪たちが信望する、天地を揺るがすほどの剛力と、高い知力とカリスマ性を持った鬼族。

 もう1つが人間たちが頼みにする、妖怪たちを調伏する法力を持つ、陰陽師の一門。

 苛烈を極めた戦いの末、陰陽師の1人・篠野尊しののみことは対象を異空間へ追放する封印術・『夜見よみ』を発動させた。

 鬼族と妖怪たちは、異空間へと送られ、陰陽師たち人間側の勝利で終わる。

 だが、それでは終わらなかった。

 戦いにより、篠野尊をはじめとして、力ある陰陽師たちはほとんど亡くなり、残っている陰陽師たちは封印術を維持しきれなかったのだ。

 そこで、陰陽師一門は、封印術を補助するための社を建て、そこに一門の中から最も力のある者を”はしら”として据え置き、常に祈らせることによって、封印術を維持させることにした。

 それから、百年近くの月日が経ち――。


 燭台でろうそくが煌々と燃える。

 壁に飾った、一枚の掛け軸に向かい合って正座する少女は一旦言葉を切った。

「――というわけで、私がその60代目の”柱”、みおってわけなの。もう覚えてない頃からここにいるけど、正直飽きるよ。朝から晩まで、食事以外はお祈り、許されて読書くらいだし」

 真白の狩衣に緋色の袴をはいた澪は、やれやれというように肩をすくめた。

 本来であれば、澪と同様の立場の者は、巫女の装束をまとっているのだが、彼女の場合「つまらない」の一言で一蹴したという。

「これまでの”柱”と同じ、どうせ死ぬまでこの社から出られないまま、”柱”をやっているんだもの。だったらせめて好きなことをやりたい、って思わない?というか」

 澪は頬を膨らめて、自分の対面にある掛け軸を指さした。

「こらひいらぎ!逃げるのは鬼族の君にとっては恥でしょうが、出てらっしゃい!」

 掛け軸は薄暗い色調で、柱が2本ある絵が描いてあるのだが、柱の後ろから黒い影がゆらゆらと動いている。

 だが、そこから動く気配はない。

 澪は、右の人差し指と親指を、黒い影の辺りに当てて、ゆっくりと押し広げる。

 すると、黒い影が拡大され、鬼の半面を顔につけた、黒い短髪の少年が映った。

 少年――柊は、耳を塞いで何かをつぶやいていたが、ハッとして顔を上げて澪を見ると、「ギャッ」と悲鳴を上げて柱に隠れる。

 そんな様子に、澪は首を傾げる。

(おかしい、歴史は承知の上で、お互いの世界の話をしようと言ったのは柊だよね。そんなにショックを受けるような話が……あ)

 はたと、思い当たる節があり、澪は息をのんだ。

(鬼族将領の1人・ナキメの最期の話――)

 鬼族のナキメは、陰陽師たちにとっては最凶最悪の敵の1人であり、何人もの陰陽師が彼女の手により亡くなった。

 その戦いは、澪のいる世界では鬼族との戦いの中でも有名な話であり、劇の一幕にさえもなってる(らしい)。

 だが鬼族にとっては、自分たちを陰陽師たちから守ってくれた、かけがえのない英雄そのものである。

 そんな英雄を打ち倒す、詳細な話なんて、聞いてて何も思わないわけがない。

 澪は、自分の唇を深くかみしめる。

(また、やってしまった。絶対に、気をつけないといけないことなのに)

 自分は陰陽師一門の者だが、向こうは鬼族。

 血で血を洗う争いを続けた、相容れない間柄である。

 お互いが正義と考えていることは、相手にとっては真逆なのであることを、常に肝に銘じていたはずだったのに。

 澪は、袴をギュッと握りこみ、柱に隠れた影に声をかけた。

「柊、私、話せることが歴史しかなくて……ううん、それでも、柊の一族が倒される話なんて、するべきじゃなかった。申し訳なかった」

 ゆっくり頭を下げると、消え入りそうな声がした。

「あ、あの、その……も、もうあの話、終わり?」

 澪がゆっくり顔を上げると、柱の隣に鎮座している柊の半面の下から、大量の涙が流れ落ちていた。

 ますます罪悪感にかられて、澪の身がこわばったが

「しょ、食料のために、ウ、ウサギを捕まえて、からの後の行程が、めちゃくちゃ現実味でっ!!澪って、外出たことないんでしょ、何でそんなことよく知ってるの!?簡単に想像できちゃってめっちゃ怖いんですけど!!」

 澪の目が点になる。

 ウサギ?

 え、そこ?と。

「その話、大分前だったけど、もしかしてそれからずっと、耳塞いでたの?」

 半面を両手で覆い、柊は何度も頷いた。

「あ、あんなに、可愛い生き物を…人ってコワイ…」

 さめざめと泣く柊に、澪は戸惑いを隠せなかった。

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