179.VSアンジュ


 正午を告げる鐘の音が鳴る。

 学園都市はクオリア使いを育成する街だ。

 だからこの街の学校は午前中で通常授業を終えることになっている。


「……………………」


 昼休みに入りにわかに活気づく教室の中、サクラは手首に巻いたリミッターの振動を感じた。

 円盤型の液晶画面を確認すると、そこには学内戦マッチング通知が表示されている。

 対戦相手は――――山茶花アンジュ。


 最後列の席に座るアンジュの方を見ずに立ち上がる。

 彼女もまた同じ気持ちだろう。

 だから、何も言わない。言葉を交わすのは試合が終わった後でいい。

 

 大切なことは全て、試合の中で語られる。



 * * *



 仮想試験場。

 空間のクオリアの力が使われ、無数の試合場が圧縮して収められたこの施設で学内戦は行われる。

 今日の試合場はコロシアム。

 古代ローマで使われた円形闘技場を模したフィールドだ。

 元ネタと違うのは、背の高い石柱が林立しているところだろうか。


 どこからか微風が吹いて地面の砂をさらうと視界が黄土色にけぶる。

 人のいない観客席に見下ろされ、サクラとアンジュは対峙している。


「前に言った条件は覚えてますわね」


 アンジュが勝てば、サクラはアンジュと付き合うことになる。

 もちろんこれはサクラの気持ちを無視した条件だ。

 実際にアンジュは『飲む必要は無い』とも話している。


 だがサクラは頷く。

 褐色の瞳は濁りなく、澄み切っていた。


「はい」


「……それなら構いません。では始めましょう」


 頭上に浮かぶカウントダウンのホログラムはすでに動いている。

 表示された数字がひとつずつ減っていく。

 もう間もなくその時は来る――その前に、サクラは薄く唇を開いた。


「この試合にはいろんなものが懸かってます。昇格試験の参加資格やアンジュちゃんの条件……」


 ハルとのこと、とは口にしない。

 あれは二人だけの間での取り決めだ。


「それと……以前、あたしはアンジュちゃんに負けました。その時のリベンジをずっとしたかったんです」


 すごく悔しかったから。

 そう告げると、アンジュはきょとんと目を丸くした後、にやりと笑みを浮かべた。


「…………っふふ。あなたの気持ちが聞けて嬉しい。なら――――決着をつけましょう」


 3、2、1……0。

 電子音により奏でられるブザーが鳴り響き、火蓋は切って落とされた。



 * * *



 試験場のロビーには巨大なモニターが設置されており、現在行われている試合が中継されている。

 学内戦の時期は多くの生徒が集まり、後学のため、冷やかしのため、または暇つぶしなど様々な意図をもって試合を観戦する。


 アンジュの専属メイドもその中の一人だった。

 ずらりと並ぶプラスチック製の椅子に腰かけ、固唾を飲んでモニターを見上げている。

 乾いた喉を意識し、飲み物でも持ってくるべきだったかと後悔していると。


「ご主人様の試合?」


 夏に吹く涼やかな風のような声に横を向くと、クラスメイトの青葉ミズキが立っていた。

 ここいい? という問いに頷くと、「ういー」などと言いつつ隣の椅子に腰を下ろした。

 その手には乳白色のドリンクで満たされたプラカップが握られている。


「一年のホープたちが直接対決か。みんな見逃せないみたいだね」


「……ええ。中継もされていますし、動画サイトの同時接続数もなかなかです」

 

 メイドがスマホの画面を見せてやると、ミズキは目を見張った。

 Dランク以上の学内戦は最条学園の公式チャンネルで中継される。

 入学すれば誰でもなれるEランクと違い、Dランクの試合は一般の目から見ても価値のある試合になるのだ。


「あー、私もサクラに勝ってればあそこにいたかもなんだけどなぁ」


 残念そうな言葉の内容とは裏腹に、声色は明るかった。

 自分の中である程度敗北を消化できているのだろう、ミズキがさっぱりした性格だというのもあるだろうが。


「……青葉さまから見た『山茶花アンジュ』とはどんな選手キューズでしょうか」


 すでに熾烈な争いが繰り広げられているモニターを見上げながら、メイドは訊ねる。

 ミズキとしては端から見ていると無感情な印象が強いメイドだが、今の様子からすると主への情をしっかり持っているらしい。それはぎゅっと組まれた汗ばんだ両手からも感じ取れる。

 

 そんな彼女を茶化す選択肢も頭に浮かんだけれど――少なくとも今そのタイミングじゃないな、と打ち消した。


「端的に言えば強いし速い。死ぬほど硬い岩を使った攻撃は相手してると言うまでも無くきついし、岩を自在に動かせることを利用した岩の鎧……あれは反則だよね。重い岩を纏って動きが遅くなるかと思ったらびゅんびゅん飛び回るんだもん、実質パワードスーツみたいなものだよ」

 

 以前戦った時は普通に水をぶつけてもびくともせず辟易させられた。

 高水圧ブレードで何とか太刀打ちできると言った調子で、そのうえ遠距離も近距離も問題なく対応してくるので厄介なことこの上ない。

 しかし。 


「一番いやなのは防御面かな。とにかく硬い。ああ、岩の硬度の問題じゃないよ。隙が無いって言えばいいのかな……こっちの攻めへの対応が早いし的確なんだよね。サクラなんかはなりふり構わず向かってくることもあってわりと攻めどころがあるんだけどね――――」

 

 ――――アンジュあの子は付け入る隙が無い。どこから攻めればいいのかわからない。

 ミズキはそう結んだ。



 * * *



 試合開始と同時、アンジュを取り巻くように六つの岩塊が虚空から浮かび上がる。

 『衛星』。彼女の十八番であり、戦術の基本となる技だ。


「まずはこちらから行かせてもらいますわ!」


 アンジュが指を差すとともに二つの岩塊が射出される。

 風を切りまっすぐに向かってくる岩の弾丸を、サクラは横に走ってかわす。

 速い。だが反応はできるし、回避も間に合う。

 顔の横を猛スピードですっとんでいった衛星は、そのまま数メートル後ろの地面に突き刺さった。


(…………初めて戦った時と同じ攻撃)


 あの時とさほど変わっていないように思える。

 それともサクラがその分強くなったからそう感じるのか。

 

 どう攻めるべきかを考えながら、サクラはじりじりと距離を保つ。

 下手に攻撃してもアンジュには防がれてしまう。

 いくらスタミナには自信があると言っても消耗は避けたい。 


(まずは纏雷を発動し、次の攻撃に備えて――――)

 

 そう考えを巡らせていた時だった。

 かすかな音が背後からして、サクラはとっさに身を翻す。


「…………っぐ!」


 右肩に鈍痛。

 背後から飛んできた二つの衛星のうち一つを回避し、もう一つが命中したのだ。

 顔をしかめながら、サクラはアンジュの手元に戻っていく衛星を見る。

 

「これまでわたくしの『衛星』は攻撃後、自動で手元に戻るようプログラムしていました。あなたはそれを以前の戦いから知っていた……しかし」


 アンジュが指で空中をかき混ぜると、衛星たちは頭上で渦を巻くように舞い踊る。

 衛星は見た目以上にコントロールが難しい。六つの岩塊を同時に操るのは一人で六つのコントローラ-を同時に扱ってゲームをするようなものだ。

 その上実戦では自分の身体も動かさねばならない。


 だからこそ過去のアンジュは一部の動作を自動化していた。

 しかし今の彼女には必要ない。

 衛星を同時に、完全な操作が可能だ。


「さあ、あなたも見せてください。これまで培ってきた力の全てを。その上でわたくしが上を行って見せますわ」


 サクラが強くなったように、アンジュもまた強くなった。

 そしておそらくは、この衛星はただの小手調べでしかないだろう。

 そのことを理解して、痺れる右手を強く握りしめた。

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