サクラ・クオリア

草鳥

第一章 四月 少女は最初の一歩を踏み出した

1.ようこそ学園都市


「――――というわけで学園都市が擁する無数のクオリア養成校の中でも、プロ排出率ナンバーワンを誇るのがここ『最条学園』です」


 講堂の壇上では、神経質そうな中年の教師が早口でまくし立てている。

 ずらりと並んだ椅子は同じ制服を着用した少女たちで埋め尽くされていた。


 その中の一人、天澄あずみサクラは周囲からの視線に肩を強張らせている。


「新入生の皆さんにつきましてはこの学園の名に恥じない生徒として、また選手キューズとして卓絶した活躍を期待しており――――」

 

『あれが噂の……』『……ネイティブって本当なの?』『ここに入学した先輩が言ってたって……』『じゃあマジで『使える』んだ』『天才っているんだねー……』


(注目が痛いです……)


 囁くような言葉の端々から感じる期待。羨望。嫉妬。疑念……様々な感情が肌に刺さって浸食してくるような錯覚を覚える。

 この学園の門をくぐったときからサクラのことは周知されていて、視線の坩堝に放り込まれていた。


「ねえ、大丈夫?」


 くすぐるような囁きにサクラが思わず右を見ると、穏やかな雰囲気の少女が気遣わしげな視線を送ってくる。

 赤いリボンで結わえたアッシュカラーの長髪に垂れた双眸がサクラを見つめていた。

 屋内だというのにまるで陽射しが差したような温かさを感じ、思わず言葉を失う。


「もしどこか悪いなら私のクオリアで治癒できるかもだよ」


「いえ、ぜんぜんです! えへへ、心配してくれてありがとうございますっ」


 元気! と小さくガッツポーズしてみると、赤リボンの少女は安心したような笑顔を浮かべる。

 少女の名前は柚見坂ゆみさかハル。先ほど路地裏で不良に絡まれているところに偶然出くわした。

 

「よかったあ。でも不良さんに絡まれた時はどうなるかと思ったよ」


「あはは、あたしは何もできてなかった気がしますけど……」


「そんなことないよ、サクラちゃんが庇ってくれて嬉しかった。『あたしに任せてください!』だって、ふふ」 


 ハルの視線は温かく、少なくとも周りから浴びせられるそれとは違っていた。

 こちらを窺うような空気は感じられず、純粋な心配が伝わってくる。

 そんなハルは教師陣に咎められないよう控えめにあたりを見回す。

 

「サクラちゃん、すっごく注目されてるよね。やっぱりネイティブだからかな?」


「そう……なんですかね」


 女性のみが持つ異能――『クオリア』は本来目覚めることなく眠ったままの力。覚醒するにはこの学園都市で特殊な処置を受ける必要がある。

 しかしごくまれに存在する、生まれつきクオリアに覚醒した少女がこの学園都市では『ネイティブ』と呼称されている。

 サクラはその素質を見込まれ、この学園にスカウトされた。


「サクラちゃんも選手キューズになりたくて入都したんだよね?」


「はい、テレビで見たあの人に憧れて――――」


 と、そこで壇上の女性――教頭だったらしい――が演説を結んだ。

 

「それでは、生徒会長の最条キリエさんからの式辞です」


 その宣言にサクラは目を見開き壇上に視線を移すと、舞台袖から長身の上級生が歩いてきた。

 長い金髪に赤い瞳。サクラや背後の少女と同じ制服を着てはいるが、纏うオーラがまるで違う。

 神が創りたもうた美貌――その形容が過言ではないと断言できるほどに彼女は美しい。

 まるで無数の光の粒を引き連れているかのような姿に、新入生たちからわっと黄色い声が上がる。

 

 思わず目が離せなくなるほどの存在感。

 さっきまでサクラへ向けられていた視線をも根こそぎ奪うだけの引力がそこにはあった。 


「――――生徒会長の最条キリエです」


 至極端的な自己紹介。

 たったそれだけで講堂がしんと静まり返った。


 最条キリエと名乗ったその少女はまるで全身から淡い光を放っているかのごとき圧倒的なカリスマを纏っていた。

 その声が。仕草が。存在の全てが。

 新入生たちを――サクラを捉えて離さない。


「まずは入学おめでとう。こうして君たちに会えたことをとても嬉しく思う」


 最条キリエ。

 クオリアを使い戦う選手――キューズの中でも最強の座、”キング”の称号を持つ少女だ。

 

 サクラが彼女を初めて目にしたのはテレビ越しだった。

 そんな空の上のような存在が今、手を伸ばせば届いてしまうような距離にいる。


「クオリアを使った戦闘はいつからか世界中を魅了する一大エンターテイメントとなった。君たちにはぜひその輝かしい歴史の一端になってもらいたいと思っている。大衆を湧かし、胸を躍らせるキューズを目指してくれ」


「なんだかすごいねあの先輩……どうしたの」


 感嘆した様子のハルが隣を見やると、そこには明らかに平静を失っているサクラがいた。

 紅潮した頬を両手で包み、今にも何かが爆発しそうな様相を呈している。


「八つ裂きになりそうです……!」


「人体の神秘!? 本当にどうしたの?」


「えへへ、何を隠そうあたしはあのキリエさんに憧れて入学を決めたので……」


 数年前のことだ。

 サクラがとある事情でふさぎ込んでいた時、偶然初めて見たキューズの――最条キリエの試合がきっかけだった。

 当時クオリアのことをろくに知らなかったサクラには何が起こっているのかもわからなかった。


 ただ、画面を真横に引き裂くように駆け抜けた一筋の光だけが強く目に焼き付いている。


『決まったーーーーッ!! キリエ選手の伝家の宝刀、”光の矢”が雌雄を決したーー!!』


 画面の中、キリエの指先から飛び出した光が空を裂き相手選手の胸を貫いた。

 その光景を――最条キリエの光を追って来たのだ。

 

 その彼女が、手の届く場所にいる。

 サクラは改めて壇上のキリエを見上げた。 


「とまあ長々と話を聞くのも疲れただろう」


 壇上に君臨するキリエが毅然とした面持ちを笑顔の形に崩すと、どこか引き締められていた講堂の空気が一気に弛緩するのをサクラは感じた。


「さっそくだが次の行程へ進んでもらう。これから新入生の諸君は第三体育館に移動し、そこで模擬戦を行うことになっている」


 その言葉に乱れた空気がにわかに湧き立つ。

 模擬戦。それは当然、クオリアを使った戦闘だ。


「……模擬戦」


 サクラの唇から、誰にも拾えない微かさで呟きが落とされる。 


「その模擬戦の結果からクラス分けが行われる。ああ、もちろん負けた者は退学! ……なんてことはないから安心して力を披露するように」


 そう笑みを浮かべ、以上! とキリエが結ぶと待機していた教師たちの先導に従って新入生たちが講堂の外へ流れていく。

 サクラの隣に座っていたハルも立ち上がり、


「模擬戦だって、緊張するね~。わたしは戦闘向きのクオリアじゃないからたぶん見学だけど、サクラちゃんは頑張って……どうしたの?」


「……え? あ、大丈夫ですっ! 頑張らなきゃですね!」


 意気揚々と声を張り上げたサクラも立ち上がり、講堂の外へと歩き出す。

 しかしその胸中では、本人すら感じることがない小さな不安が渦巻いていた。

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