第52話 婚約する二人

 テーブルをはさんで、俺の家族と恋乃ちゃんの家族。


 結納ではないが、正式な婚約の席ということで、みんなきちんとした服装をしている。


 恋乃ちゃんは着物姿。


 いつもとはまた違った美しさがある。


 二人きりならば、その美しさを堪能したいところだ。


 その中で、恋乃ちゃんのお父さんは、渋い表情をしていた。


 いや、渋いというよりは、厳しい表情と言った方がいいだろう。


 あいさつもそこそこに、恋乃ちゃんのお父さんは、


「きみに言いたいことがある。俺は、まだ恋乃との婚約を認めたわけじゃない」


 と言い出した。


「お父さん!」


「きみは、康夢くんと言ったね。きみは。うちの恋乃を幸せにする気持ちをきちんと持っているのかね。その気持ちがない人間に、大切な娘を婚約させるわけにはいかないからな」


 と言ってきた。


 この場に冷たい空気が流れる。


 恋乃ちゃんのお父さんは、婚約を認めないつもりなのだろうか。


 この厳しい言葉からは、そういう雰囲気がある。


 しかし、俺は、根本から反対しているわけではないと思った。


 恋乃ちゃんの幸せを誰よりも願っている。


 そういうところが、こういう言葉になって出ていると思う。


 俺は恋乃ちゃんが好きで、幸せにすることを願っている。


 熱意を伝えていけば、きっと賛成してくれる。


 俺は、

「わたしは恋乃さんのことが好きなんです。愛しているんです。絶対に、絶対に幸せにします!」


 と強い調子で言った。


「うーむ」


 黙り込む恋乃ちゃんのお父さん。


 いつも俺は、「俺」って言葉を使うし、恋乃ちゃんは恋乃ちゃんで恋乃さんとは呼ぶことはない。


 恋乃ちゃんのお父さんに対して話をしているので、言葉使いも変えている。


 いつもだったら、恋乃ちゃんのことについては、恥ずかしさが先になって、なかなか言葉が出てこないことが多いが、昨日の両親、今日のこの席では、そういうことはいっていられない。


 熱意を持って、それを乗り越えようとしている。


「きみは、そこまで恋乃のことが好きなのだな」


「恋乃さんのことが好きです。恋乃さんに対して熱い想いを持っています。絶対に幸せにします!」


 と言って頭を下げた。


 恋乃ちゃんのお父さんは、黙っていた。


 認めてくれないつもりなのだろうか。いや、認めないはずはない。


 俺の気持ちは通じるはず。


 気持ちが通じないのなら、通じるまで熱意を伝え続けていこう。


 そう思っていると、やがて、


「恋乃、お前はいい恋人を持ったな」


 と恋乃ちゃんのお父さんは言った。


「お父さん……」


「お前の方は、康夢くんのことが好きなのか? 康夢くんがお前のことを想っているくらいに」


「もちろんです。わたし、康夢さんのことが好きです。大好きです。結婚したいです」


 そう言うと恋乃ちゃんは顔を赤くした。


「よく言った。恋乃。お前がそういう気持ちなら、わたしは何も言うつもりはない。わたしもきみと同じくらいの頃、ここにいる恋乃のお母さんに恋をした。そして、結婚の約束をし、数年経ってから結婚した。だからきみの気持ちはわからないわけじゃないし、恋乃の気持ちもわからないわけじゃない。でも恋というのは難しいものだと思う。わたし達は、熱い想いを持ち続けて結婚まで到達した。きみたちもそうなることを願いたい。いや、恋しているからには、絶対に到達してほしいと思っている。きみたちはそこまでの気持ちは持ってくれているとうれしい」


「恋乃さんに対する熱い想いを一生持ち続けます」


「わたしも康夢さんに対する想いを一生持ち続けます」


「うん。ならばいいだろう。婚約を認めよう、ただ認めるからには、絶対に結婚してほしい。康夢くん、そこは理解しているね」


「もちろん理解しています。ゆくゆくは、結婚します。わたしは恋乃さんと一緒に人生を歩んでいきます」


「それを聞いて安心した」


 厳しい表情をしていた恋乃ちゃんのお父さんが、ようやく少し柔らかい表情になった。


 もともとは優しい人なのだろう。


「じゃあ、これで婚約は成立したことになるな」


 恋乃ちゃんのお父さんはそう言った。


 俺も、恋乃ちゃんも、恋乃ちゃんのお母さんも、俺の両親も、驚いている。


「賛成してくださるのですね」


 恋乃ちゃんのお母さんは念を押すように言う。


「俺は二人の心が結びついていることを理解した。もうそれでいいんだ。結納だったら、もっと儀式的にする必要があるが、今日は婚約を決める日だからな。今日はこれでいいだろう。婚約は成立したんだ。夏島さんもそれでいいですよね」


 と恋乃ちゃんのお父さんは言った。


 婚約は成立したと言っている。


「もちろんいいです」


 俺の父親がOKすると、


「もちろんいいですわ」


 と言って、俺の母親もOKした。


 俺の母親も恋乃ちゃんのことを認めてくれたのだろう。


 これでお互いの両親が賛成し、婚約は成立した。


「康夢くん、まだ一緒に住むことは認められないが、恋乃がきみの家に行くことは認める」


 そう言った後、俺の両親の方を向いて、


「それでいいですね。康夢くんの両親も」


 と恋乃ちゃんのお父さんは言った。


「もちろんです。恋乃さんが一緒にいると康夢もありがたいと思います」


 俺の母親はそう言った。


 恋乃ちゃんのお父さんは、また俺の方を向くと、


「一緒にいたいという気持ちは。わたしも理解している。とにかく、恋乃を幸せにしてほしい。それをお願いしたい」


 と言った。


「ありがとう、お父さん」


 恋乃ちゃんはうれしそう。


「ありがとうございます」


 俺は恋乃ちゃんの両親に向かって頭を下げた。


 これから俺と恋乃ちゃんは、婚約者どうしになる。


 婚約したうれしさがだんだん湧き上がってくるのだった。

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