第32話 恋乃ちゃんとのデートの始まり

 俺と恋乃ちゃんは家を出る。


 いよいよデートの始まりだ。


「恋乃ちゃん、手をつないでもいいかな?」


 俺は恋乃ちゃんに言う。


 手をつないで歩くのはこれが初めてになる。


 まだ恥ずかしがって無理かもしれない、と思ったけど、せっかくこうしてデートするのだ。


 なるべく手はずっとつないでいたい。


 恋乃ちゃんは、少しの間黙っていた。


 しかし、やがて、


「うん。つなごう」


 と顔を赤くしながら言った。


「ありがとう」


 俺はそう言って、恋乃ちゃんと手をつなぐ。


 うれしい。


 彼女の方も顔を赤くしてはいるが、うれしそうだ。


 空はよく晴れている。陽射しが暖かくて気持ちがいい。


 俺達は駅に向かい、そこから電車に乗る。


 映画館は、俺達の住んでいるところの駅から電車で三十分ほどの距離。


 電車に乗っている間も、俺達は手をつなぎ続けた。


 ただずっと手をつなぎ続けて、すぐ近くに彼女がいるので、どうしてもキスをしたくなる。


 柔らかくて、いい匂い。心の中は恋乃ちゃんで一杯。


 一緒にこうしているのは幸せなのだが、もう一歩進みたい気持ちも強い。


 恋乃ちゃんはどう思っているのだろう。


 俺とキスをしたいと思っているのだろうか。


 それとももう少し付き合ってからと思っているのだろうか。


 幼馴染としての意識がまだ強いと彼女は言っていた。


 キスはそういう意識を一気に恋人への意識へと向かわせるものだと思う。


 ということであれば、まだしない方がいいと思っているのだろうか。


 幼馴染としての関係を維持したいという気持ちがまだまだ強いのだろうか。


 しかし、彼女の方も幼馴染としての立場は乗り越えて行きたいと思っているはずだ。


 キスをしたいと思ってくれているといいんだけど。


 とにかく今日はデートに集中したい。


 集中したいんだけど……。


 俺はなんとか我慢をするのだった。




 映画館のもよりの駅に着き、数分歩くと映画館。


 大きくてきれいな建物だ。


 俺達はチケットを買って中に入り、着席する。


 今日の映画は、異世界を舞台にした戦いと恋愛をテーマにしたアニメ作品だった。


 人気があり、今日もよく入っている。俺の入っている漫画部でもいい映画だと評判になっている映画だ。


 仲の良い幼馴染どうしが、戦乱に巻き込まれて離れ離れになるところから映画は始まる。


 男は勇者となり、戦いを通じてレベルアップをしていく。


 彼は、離れ離れになってしまった幼馴染の女の子と会いたいと思う。


 しかし、旅をして探し続けているが、会うことができない。


 強大な敵との最終決戦を前にして、ようやく幼馴染と再会するが、男は疲労困憊の状態。


 このままでは倒されるところだったが、幼馴染の励ましで、勝利を得る。


「やっと会うことができた。この時をどれだけ待ち望んだことだろう。好きだ。愛している」


「ずっとあなたのことを待っていた。やっとあなたと会えた。あなたのことが好き。愛している」


 抱きしめ合う二人。


 そして、唇と唇が重なり合っていく……。


 幼馴染どうしが、つらく苦しい時をすごしながらも、最後は結ばれていく。


 俺と恋乃ちゃんは、最初から手をつないでこの映画を観ていたが、恋乃ちゃんがだんだん俺に寄りかかるようになってきた。


 胸のドキドキが大きくなってくる。


「わたし、康夢ちゃんともう離れたくない」


 恋乃ちゃんは小声でそう言ってきた。


「俺だって恋乃ちゃんとはもう離れたくない」


 俺も小声でそう言った。


 恋乃ちゃんと疎遠になってしまったから、失恋を経験してしまったというところは大きい。


 俺はずっと恋乃ちゃんのことだけを想っていればよかったのだ。


 そうすれば、他の子に告白して振られるということはなかった。


 これからはもう疎遠になることはない。


 俺は恋乃ちゃんのことが好きだし、恋乃ちゃんも俺のことが好きだと言ってくれている。


 このままいけば、婚約して結婚できると思う。


 理想を言えば、一日中一緒にいたい。


 しかし、俺達は一緒に住んでいない。そして、クラスも別。一日の内で、一緒にいられる時間はまだまだ多くはない。


 俺は恋乃ちゃんと恋人どうしになって間もないが、彼女と一緒にいられない時間が次第に寂しくつらいものになり始めている。


 恋人どうしになるということは、そういうところも耐えていかなくてはならないということなのだろうか。


 少しでも一緒にいられる時間は長くしていきたいとは思うけど、門限がある以上、それは難しそうだ。


 でも一緒にいられる時間は大切にしたい。


 恋乃ちゃんも同じことを想ってくれているといいんだけど……。


 最後のキスシーンでは、感動して涙が出てきた。


 この登場人物たちは、愛する人と再会し、恋人どうしになれて、本当によかったと思う。


 この映画と状況は違うが、俺も疎遠になった幼馴染とこうして恋人どうしになっている。


 そう思うと、恋乃ちゃんと恋人になれたうれしさがこみ上げてきて、涙がますます出てくる。


 恋乃ちゃんも涙を流していた。


「わたし達も、この人達みたいに再会して、恋人どうしになれた。よかった」


「俺もよかったと思っているよ」


「康夢ちゃん、好き、好き」


「俺も恋乃ちゃんが好きだ」


 しばらくの間、俺達は肩を寄せ合って、涙を流していた。

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