第18話 りなのさんは付き合いたいと言ってくる

 俺は帰宅をする為、下駄箱を後にして、校門に向かって歩いていると、


「康夢くん、時間ある?」


 という声が聞こえてきた。


 りなのさんの声だ。


 俺を夏島くんではなく、康夢くんと呼んでいる。


 なんだろう。


 俺は彼女に振られたんだ。用なんてあるはずはないんだけど。


 俺はそのまま歩き続ける。


「待って、康夢くん、話をしたいの」


 りなのさんは、なおも声をかける。


 話ってなんだろう。俺に話をすることなんて、今さらあるのだろうか。


「話をさせて。お願い!」


 だんだん声が大きくなってくる。


 俺は、りなのさんに振られて、苦しんだ。その時のことを思うと、できれば話はしたくない。


 しかし、


「わたし、どうしても話がしたいの! 話をさせて!」


 という熱の入った声にはかなわない。


 しょうがないなあ……。


 話を聞かないわけにはいかないと思い、立ち止まった。


「話って、何?」


 俺がそう言うと、りなのさんは驚いた様子。


「康夢くん、今日はちょっと雰囲気が違う」


「うん? そうかなあ」


「だって、以前告白をした時は、もっと恥ずかしそうにしていたもの」


「それはあの時は、糸池さんに恋をしていたから。話しかけるのすら恥ずかしくて難しかったんだ。まして告白となったら、恥ずかしくて、恥ずかしくて。とても勇気のいることだったんだ」


「今はわたしに恋をしていないの?」


 この人は何を言っているんだろう。


「糸池さんに告白を断られた時点で、もう俺の恋は終わったと思っている。だから糸池さんがそばにいても、別になんとも思わない」


 いや、これは俺の強がりだ。


 こういう美少女がそばにいれば、全く意識しないというわけにはいかない。


 しかし、恋する心自体はもうない。


「別になんとも思わない……」


「俺の中では、もう終わった話だよ。糸池さんだって、イケメンの彼とうまくやっているんだろう? 俺と話をしていたら、やきもちをやかれてしまうんじゃない?」


 俺がそう言うと、りなのさんは少し寂しそうに、


「彼とは残念ながら別れたの」


 と言った。


「別れた? あんなに彼のことが好きだって言っていたのに?」


「そうよ。わたしは彼のことが好きだった。彼の為だったら、すべてを捧げたいと思っていた」


「だったら、彼とずっと恋人どうしでいればいいじゃない」


「それができればよかったんだけど……。彼に嫌われてしまったの」


「嫌われた……」


「わたしは彼の好みじゃなかったのよ。話がつまらないって言われちゃって。わたしだって彼の好みになろうと努力してきたのに……。十か月付き合って振られちゃった。ただ、それだけならまだいい。彼、わたしと付き合っている時も別の彼女を作ってしまっていたの。それも今の人を入れて三人も。なんてひどい人だと思った」


 彼については、もともとモテるので、付き合いたいと思っている女の子はたくさんいると聞いていた。


 ただ、性格が合わないとか、話がつまらないという理由で、だいたい三か月ぐらいで別れ、また別の女の子と付き合うという噂があった。


 でもそういう噂があっても、彼と付き合いたい子は一杯いるという状況に変化はない。

 りなのさんは念願通り、彼と付き合うことはできた。十か月ほど付き合うことはできたのだが、結局、今までの子たちと同じ状況になってしまった。


「それはつらい話だね」


 俺はりなのさんに同情した。


「そう思うでしょう。わたし、彼のことが好きだったのに……」


 その気持ちは理解する。


 しかし、なぜりなのさんは、もう関係がないはずの俺に、こういう話をしてくるのだろう。


「糸池さん」


「うん?」


「話はわかったよ。でもこういう話だったら、別に俺にしなくたっていいと思う。糸池さんは友達が一杯いると思うから、そういう人達に対して話をするなり、相談をすればいいと思うけど」


「もちろん親しい友達には話をしたわ」


「それでいいじゃない」


「でも康夢くんにしか話をできないこともあるの」


「俺にしかできない?」


 俺と彼女は、友達でもなんでもない、そんな人に何を話したいというのだろう。


 新しい恋人の作り方?


 人間関係で悩んでいる?


 いずれにしても俺に聞くことではない気がする。


「うん。康夢くんだから話ができるの」


「まあ、話ぐらいは聞いてもいいと思う」


「じゃあ」


 と言ってりなのさんは深呼吸をする。


「わたし、康夢くんと付き合いたいと思っているの」


 顔を赤くしながら言うりなのさん。


「俺と付き合いたい?」


 あまりの意外な言葉。


 俺はとても驚いた。


「冗談を言っているの?」


「冗談ではないわ。康夢くん、わたしと付き合って」


 真剣な表情。


 りなのさんは美少女。


 以前はこの子と付き合いたいと思った。


 恋していた時期もあった。


 しかし……。


 俺は彼女に振られた。それも厳しい言葉で。


 今になって、


「付き合って」


 といわれても、もう間に合わない。


 まだ恋人ではないが、俺には幼馴染で好きな子がいる。


 恋乃ちゃん。


 俺は彼女のことのみを想っていかなくてはならないのだ。


 他の女の子、しかも俺を一度は振った女の子を想うことはできない。


「俺には好きな人がいる」


「好きな人? わたしじゃなくて?」


「糸池さんじゃない」


「そんなあ、どうしてわたしじゃないの? 康夢くん、わたしに告白するほど好きだったんじゃないの?」


「あの時は糸池さんのことを好きだった。だから好きだという気持ちを伝えたんだ」


「気持ちは変わらないわよね。わたしを好きだと言う気持ちは。それならわたしと付き合うべきだわ」

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