第15話 やいなさんは間に合わない

 やいなさんは、顔を赤くしながら、


「わたし、康夢先輩と付き合いたいと思っています」


 と言った。


「付き合いたい?」


 予想もしていなかった言葉。


「いいでしょう?」


「いいでしょう、って言われてもね。俺は、冬里さんに振られた男だし」


「先輩、わたしのことが好きですよね」


「それは嫌いじゃないけど」


「でしたら付き合いましょうよ。わたしのことが好きなんですよね。好きで好きで、大好きなんですよね」


「俺は嫌いとは言っていないだけなんだけど」


「好きな気持ちに変化はないですよね。それに、わたしと付き合ったら楽しいですよ。さあ、今すぐ付き合いましょう」


 この変化はなんなんだろうか。


 あれほど厳しく俺を振ったやいなさんが。俺と付き合いたいと言っている。


 振られていなければ、俺の方に心が向くことはなかったのだと思う。


 どうして振られた俺の気持ちを考慮せずに、付き合いたいと言ってくるのだろう。


 別に謝ってほしいわけじゃない。


 夢中になるほどの男の人がいたのだから、俺の方に振り向いてほしいと思っても、それは無理なことだったのだろう。


 もちろん当時はそこまでのことを思う余裕はなかった。


 とは言うものの、


 あの時は、心を傷つけてしまったかもしれません


 という一言だけでも、言ってほしいという気はどうしてもする。


 自分も振られたのだから、振られた側の気持ちはわかるはずだと思うのに。


 そして、やいなさんは、告白までしたのだから、今でも好きなのは当然だと思っている。


 自分と付き合うのは当然だと思っている。


 俺は、やいなさんに振られて、とてもつらい思いをした。


 思い出したくはないが、心の傷は癒えてはいない。


 やいなさんはあの時と違い、俺のことを好きだと言っている。


 しかし、それは、好きだった人に振られた心の傷を癒してもらいたいから、俺に恋人になってほしいのではないのだろうか。


 そういうことであれば、別に俺でなくてもいい気がする。


 もともと俺ではなく、イケメンを選んだやいなさんだ。


 心が癒された後、新しいイケメンともし仲良くなったとしたら、捨てられることになっていると思う。


 やいなさんはかわいい。


 それは今でもそう思うし、そのかわいらしさはますます増している気がする。


 しかし……。


 今言われても、やいなさんにもう一度恋するということはできない。


 俺は恋乃ちゃんが好きだ。


 その気持ちはどんどん強くなっている。


「気持ちはうれしくないわけじゃない」


「じゃあ、付き合ってくれますね」


「それとこれとは話が違うと思う」


「どう違うんですか。わたしに『付き合ってほしい』と言われてうれしいんであれば、付き合うだけの話じゃないですか」


「俺には、好きな人がいるんだ」


「好きな人?」


 驚いた表情のやいなさん。


「先輩、冗談を言ってもらっちゃ困りますよ。先輩の好きな人はわたししかいないでしょう? わたしほど魅力のある人なんていませんよ」


 なんという自信だろう。


 いや、自信があるというところを通り越して、傲慢と言った方がいいかもしれない。


 俺はこういう子を好きになっていたんだ。


 もしあの時、やいなさんが告白をOKしてくれたとしても、うまくいっていただろうか……。


 いずれケンカをすることになっていたかもしれない。


 俺の方は我慢していたとしても、彼女の方が我慢できるのだろうか。


 今の様子では難しい気がする。


 結局のところ、もって数か月というところだったと思う。


 別れる時は、お互い大きく傷つくことになった可能性もある。


 振られた時の傷も大きいが、別れた時の傷は、もっと大きいのだろうと思う。


 そう思うと、恋人どうしにならなくてよかった気もする。


「とにかく、冬里さんと付き合うことはできない」


 俺がそう言うと、やいなさんは涙声になる。


「どうして、どうして……。わたしは先輩のこと好きだと言っているのに……。わたし、魅力はあると思うんですけど」


「魅力がないとは言ってない」


「魅力があるならわたしでいいと思いますけど」


 涙を拭き、胸を張るやいなさん。


「魅力があるのと、恋人にするのは、一緒の話ではないと思う」


「一緒です。魅力があると思っているんだったら恋人にしてください」


「ごめん。無理だ」


「これほど先輩のことを思っているのに……」


「冬里さんは美人だから、きっとイケメンの人とまた出会えると思う。その人を待つべきだと思う」


「待つことなんてできない。すぐ先輩と恋人になりたい」


 どうも恋することが目的になっている気がしてしょうがない。


 相手は、俺じゃなくても多分いいんだろうなあ……。


 どうしても寂しい気持ちにはなる。


「恋人になりたいんです。先輩はさっき好きな人がいるって言いました。その人じゃなく、わたしのことをもう一度好きになってください!」


「俺は好きな人と恋人どうしになりたい」


「今はその人とは、恋人どうしじゃないんでしょう?」


「今はそうじゃなくても、いずれ恋人どうしになる」


 俺はやいなさんに力強く言った。


「康夢先輩……」


「それじゃ教室に戻るよ」


 そう言って俺は歩いていく。


 そして、あいさつをする為、恋乃ちゃんの教室に向かっていく。


「もう間に合わないってことなの……。わたしはこんなにも魅力があるのに……」


 やいなさんは、涙声になりながらつぶやいた。

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