魔法学園ファンタジカ 

田山 凪

炎魔法しかできません 1

「やべー! 遅れる!!」


 学生寮から飛び出し学園の外廊下を走っていたのは魔法学園ファンタジカの一年生ロック・バーナード。寝癖まみれの黒髪のまま制服のボタンさえ閉めず、マントを片手にもったままもう片方の手でぶ厚い魔法書を抱え急いでいた。


「ロック様おはようございます」


 柔和な笑顔で声をかけてきたのはメイドのエレイナ。黒く長い髪とメイド服は組み合わせとして最高に似合っているが、いまのロックにはそれを堪能している時間はない。


「おはよう! またあとでー!」

「は、はい。お気をつけてー!」


 チャイムは鳴ってしまった。

 落胆しとぼとぼと歩いていると白いスーツを着た教師とおさげでメガネのいかにも真面目そうな生徒が話しているところに遭遇した。

 すでに授業が始まっているため、教師に会わないよう隠れた。


「じゃあ、理論は会ってたんですね。よかったぁ」

「あとは安定さえすれば実用化できる」

「では、完成した時には共同研究者として二人の名前を書きますね」

「それはもう少し先の話しになるがな」


 淡白な話し方をする教師とは対照的に生徒は楽しげに話していた。ロックには内容がよくわからないもので、特に聞き耳を立てるわけでもなく柱の裏に隠れ待っていると声は聞こえなくなった。去ったのかと覗き込もうとした瞬間的、肩を軽く叩かれる。

 

「うわっ!?」

「君、こんなとこで何をしているんだ」


 さっきの白スーツの教師が立っていた。表情を変えず淡々と語りかけてくる姿に、遅刻したのを怒られると思い頭を下げ謝る。


「先生に見つかるとまずいとおもって……」

「話を聞いていたのか?」

「話? 二年の子と一緒にいる姿は見たけど内容までは」


 教師は軽くロックの額を指で突く。

 

「早く教室に行きなさい」


 そういうと教師は去っていった。

 なぜこんな時間に生徒といたのか、多少は気になったが、いまはそんなことより教室へと急いだ。

 直後、体が勝手に浮く。


「これってもしかして……」


 次の瞬間、ロックは教室の自噴の席に移動していた。階段上になった教室の中央。下の生徒がロックのほうを見る。


「遅れすぎですよ。減点しておきますね」


 教師のヘルナードが吐き捨てるように言った。

 自身の寝坊が原因とはいえ、評価点を減らされたことにガックシと肩を落とす。ふと、左隣を見ると、背中辺りまで伸びたクリーム色のふわふわした髪の少女がじとーっとした瞳でロックのほうを見ていた。


「なんだか眠そうだな」

「寝坊しないだけましだよ。あまり手間かけさせないでね」


 彼女の名はリラ。貴族であり魔法使いで名家ブリュスタット家の三女。ロックをここまで瞬間移動させたのは彼女の魔法だ。


「あれだけ寝坊すんなって言ったのになんで遅れちゃうかな」


 右隣のステラが呆れ気味で言った。ため息と同時に綺麗に整えられたボブカットの銀髪が軽く揺れる。


「どうせまた自主練してたんでしょ」

「バレたか。まだ火の加減がうまくいかないんだよ」

「間違って寮を燃やしたら退学になるのわかってるの」

「一回やらかしかけたな……」


 無事に授業を終えて昼食の時間となる。担任教師に呼ばれ軽く説教を受けた後、全学年が利用する大食堂へと向かうと、手招きをするステラの姿があった。

 ロックはステラの正面に座り食事を取る。

 ステラはスープの器を軽く触れ、青白い魔力を当てると一口飲んだ。


「冷たくできるほうが便利だな」

「時と場合によるでしょ。寒い時とか火のほうが便利じゃん」

「そんなうまくコントロールできたら苦労してないって」

「やっぱ偏化へんか治したほうがいいんじゃない?」

「そうなのかな。なんだか、炎魔法さえ下手になりそうで怖いんだよ」


 偏化は、魔法の属性が偏り他属性の魔法が下手になってしまう状態のこと。

 ロックは子どもの頃から炎属性の魔法を扱えることができた。そのためか、ほかの魔法より炎魔法ばかりに頼り、基礎的な魔法でさえもほかの生徒より下手だった。


「浮かすのもできないの?」

「できなくはない……けど、あらぬ方向に飛んでいっちまう」

「私がいる時はしないでよね」


 午後の授業が終わり、ロックは誰もいない芝生で炎魔法の火力を調整する練習をしていた。


「精がでますね」

「あ、ヘルナード先生。今朝はすみませんでした」

「別にいいのですよ。減点するだけですから」

「直球過ぎて胸が痛い……」

「ですが、ちょっとあなたにお話があります」


 それは、ロックにとってあまりよくないことだった。

 学園では三年間に評価点を稼いで優秀な魔法使いとして認められれば、その先の進路をより自由に選べる。逆に評価点が下がれば最終的に退学となってしまう。

 ロックは諸事情によりほかの生徒より基礎評価点が少ない、すなわち入学時から持っている点が少なかった。その上、遅刻以外にも評価点が下がる行いをした影響で本来の想定よりも早く評価点が退学のボーダーラインへと到達しかけていた。それが災いし現在退学の危機に瀕していたのだ。


「早急に評価点を稼いでもらう必要がある」

「な、何をすれば……」

「決闘ですよ」

 

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