虚構を泳ぐ舟
紫陽_凛
第1話 「少年」よ野心を抱け
有名になりたい。
誰かに認められたい。
何者かになりたい。
だからぼくは、インターネットで動画配信者をやっている。
家族には内緒。もちろん、中学校の誰にも言ってない。心のどこかでは「ぼくは実は配信をしていてだね……」って言いふらしたい気もするけど、何だかそれは格好良くない。というか、学校の連中のことだから「お前みたいなクソガリ勉が配信者とか草じゃん」とか言われて終わりだろう。だからこれはぼくだけの秘密。
僕は伝説の配信者、「デカピンさん」みたいにクールでありたい。デカピンさんは、紳士だし、腰が低くって、炎上なんか一回もしたことがない。ぼくの憧れだ。
デカピンさんみたいになりたい。
周りの連中が泡食ってテスト勉強してる間に、ぼくは野望のために動画をせこせこ作ってるというわけだ。
せいぜい頑張りたまえ。ぼくは先に行くよ。
帰宅してまず最初にやること。鞄を下ろして、スマホを取り出す。
スマホとパソコンをケーブルで繋いで、撮影した映像をパソコンに移す。自撮り棒を使って撮った実写の画像にモザイクをかける作業をするのだ。学校の理科室で勝手に撮影したから、念入りに加工しなければならない。
パソコンのディスプレイに映っているのは、撮影したままの、無加工の動画だ。ぼくはまず最初に、ぼくの顔を消す。親譲りというか、素朴というか、ひどく無個性で没個性的な顔を加工で消す。代わりに、ぼくのトレードマークである、ブラウン管のテレビを顔の真上に置く。よし。
ディスプレイの前に座って動画編集をしてる時、見てくれる人のことばかり考えている。何人見てくれる? 何人拡散してくれる? 何人応援してくれる? どうやったら人の気を引けるんだろう。
全ては数字が握っている。数字は生き物だ。ぼくのことが気に食わなきゃ伸びないし、気に入れば一気に成長する。そしてぼくはその数字って生き物に脳みそを支配されている。数字が育てば育つほど、ぼくの満足は大きくなっていく。
──でも、学校の備品のビーカーで大量の知育菓子を作る動画は、それなりに伸びるんじゃないだろうか? 研究っぽいし。
デカピンさんの販促動画ほどじゃないけど、動画の再生回数も徐々に伸びてきたところだ。ここらで一気にバズりたい。
デカピンさんと並んで名前を呼ばれる日が来るのもすぐそこだ。……多分。
ぼくはなんども動画を眺めた。満足するまで眺めた。
編集を終えた動画を保存して、次は何をしようかな、と考える。
この動画はストックしておいて、明日の昼に投稿予約しておこう。次のネタが必要だ。ぼくは少し考えて、近所の幽霊屋敷のことに思い至った。
町内には幽霊屋敷と呼ばれる廃屋がある。率直に、ボロ屋だ。解体されることもなく、誰か持ち主がいるという話も聞かないという、正真正銘のお化け屋敷だ。見た目からもう、人が住んでるとは思えない崩れっぷりなのだ。
早く取り壊してもらわないと困る、と、隣のお婆ちゃんが言っていた。なんでも軒が崩れかかっていて家にぶつからないか心配なのだという。確かに、外れかかって斜めになった軒がぶらぶらしているのは心臓に悪い。
小学生の時に、近所の悪ガキに唆されて幽霊屋敷の玄関のドアノブを回してみたことがあるが、あの時から鍵はかかっていなかった。かちゃりとドアの開く音を聞いたぼくは、そこで恐れ慄いて逃げだしたのだけど、あの時中に入ってたら面白いものが見れたかもしれないな、って今なら思うね。
「幽霊屋敷の探検」とでも銘打って、内部を撮影しちゃうのはどうだろう。加工も最小限で済みそうだし。何が映っても面白そうだし。ひょっとして本当に幽霊が写ったりして。
ぼくはロケーションも含めた計画を練った。次の日曜日にしよう。ぼくはスマホのリマインドにその旨を書き込んでいく。
その時だ。LIMEニュースに速報が入った。
『アイドルグループ・ユナイティのアミナが芸能界活動引退』
ほぼ同時に階下から姉貴の悲鳴が聞こえてきた。
「またかよーーーーッ!アミナァーーーーー!!」
ぼくはため息をつく。姉貴の推してるアイドルグループが空中分解を始めて久しい。最初は9人いたメンバーがもう5人になってしまった。……あ、これで残り4人か。半分以下じゃん。
……かわいそうに。何に対してか、わからないけど。
ぼくはかわいそうだな、と思った。かわいそうだ。
ぼくは姉貴の愚痴を聞くためだけに階段を降りる。夕食はカレーだろうか。ふんわりと鼻をくすぐるスパイシーな香りに、ぼくは目を細める。
野望について考える時間は一旦終わりだ。日常を「やっつけ」なければならない。ソファに倒れ込んでしくしくしている姉貴の背中を見る。短くしすぎた制服のスカートから見たくもないパンツが見えている。なんにもそそらない。
「どうして……どうして……ユナイティ……」
「元気出せよ」
「出るわけないだろがーッ!」
「パンツはしまえ」
姉貴の靴下が飛んできた。ぼくはそっとそれを避ける。
テレビにもその話題が出ていた。アミナというアイドルは、見たことあるような無いような顔をして、つまるところぼくと同じ、凡庸な女にしか見えなかった。
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