慣れてきた朝 ~アレが貴方に関わるのが許せない~
ルリは目を覚ました。
城にいる時は、ほとんど朝に変化はない。
時間帯的に早いわけではない時間に目を覚ましたのを時計で確認する。
つまり、そろそろあの二人が来る。
ガチャリと扉の鍵が開く音がした。
「ルリ様、お目覚めですか?」
「ルリ様、おはようございます」
ヴィオレとアルジェントが部屋に入ってきた。
「うん、起きたよ。二人ともおはよう」
ルリはベッドから出て、室内靴を履く。
「今日のお召し物はどうしましょうか?」
「動きやすいのがいい」
「畏まりました」
ヴィオレはそう言うと、服が入っているタンスの中からルリの要望に合う服を探し始める。
ルリが城に来た時は真祖の妻としてふさわしい恰好を、という意識が強かったヴィオレだが、今はルリが好む恰好をさせてくれるようになった。
「こちらはいかがでしょうか?」
「うん、いいよ」
「では」
ヴィオレは見繕った服をベッドの上に置くと、ルリのネグリジェに手をかける。
着替えさせられるのを拒否したが、最終的に着替えるのはさせてくれないという状態になった、できるのは早く起きた時だけ。
そして着替える時はアルジェントはこちらに背を向けて見ない様にしている。
絶対見ない。
「終わりました」
着替え終わると、家で着ていたような動きやすい、そこそこおしゃれな恰好になっていた。
「うん、有難う」
「いいえ、ところで今日は朝食はどうなさいますか?」
「あー……軽食で頼める?」
「畏まりました」
ヴィオレはそう言って姿を消した。
アルジェントは食事のためにテーブルと椅子を術で出現させていた。
アルジェントが椅子を引く。
「ルリ様」
「うん、ありがとう」
ルリは歩いて近づき、椅子に腰をかけた。
「ルリ様、昨夜は真祖様とどうでしたか?」
「どうでしたかと聞かれても、城での話して、グリースが混じってきて、何かわけわかんないことになって、夜遅いからって寝かされてそれで終わりだったけど……」
「グリースが来なければもっとお話しが弾みそうですね」
「いや、グリース来なかったら沈黙続きでヤバかった」
「……」
アルジェントは少し不満そうに口を閉ざした。
アルジェントも最初の無表情仮面かと思う位表情を表にださなかったのが、今では分かる程度に感情を表に出している。
そして思う、アルジェント何故お前はそこまでグリースの事が嫌いなのか、と。
グリースに大切な人を奪われたのかという位、アルジェントはグリースの事を毛嫌いしている、グリースに尋ねたが、何か知らない内に嫌われてたと言われてたので理由がさっぱり見当もつかない。
少し考えていたら目の前に、苺のジャムが塗られた食パンと、牛乳が入ったグラスが置かれていた。
「うん、これくらいがいいな」
ルリはそう言って、手を伸ばした。
ちょうどいい厚さにカットされた苺ジャムが塗られた食パンを口にする。
人によっては苺の形がのこってるジャムの方が好きという人もいるが、ルリは苺の原型が残っていない位どろどろになっているものが好みだった。
その好みに合わせてくれたのはありがたかった。
甘いジャムと食パンの組み合わせは好きだった。
柔らかなパンの食感と、食パンの柔らかな甘い味と、ジャムの甘味を堪能する。
ジャムを塗られた食パンを完食してから、グラスに手を伸ばす。
冷たい牛乳が喉を潤す。
ルリは牛乳を飲み干し、グラスを置くと、テーブルに置いてあるおしぼりで口を拭いた。
不死人になってから食事は必要ない、けれど取らねば精神的に異常をきたしかねない。
なので、軽い食事だったり、実家でとっていたような食事を、それなりにとるようにしている。
ルリが理由もなく食べないのを続けていると強制的に食事を取らされるのだ。
家に戻った時は常に食欲があったが、城にいるとどうも食欲がわかない。
慣れたと思っているのがまだ緊張しているのか、自分でもよく分からない。
何故か食欲がわかないのだ。
グリースに相談した、しかし精神を「診る」という案を提示されたので断った。
正直自分が知らぬ深層心理など、実際の精神状態を「診られる」のは何か恥ずかしいので、でもルリは自分がヤバそうだったら「診て」いいとだけグリースに言っておいた。
グリースは、無理強いすることなく、それに納得してくれた。
ただし、この事は真祖とグリースとルリだけの秘密だ。
アルジェントには悪いが口が裂けても言えない。
言ったらどんな風に暴走するか想像できないのからだ。
それと、真祖はどうやら「診る」ことは可能だが、精神的にやばくなった時の治療手段に関しては手を付けられない、基できないそうだ。
グリースは「診る」ことも「治療」することもできるので、ルリの精神が危険な状態になったら即座に対応できるとのことらしい。
精神や心療に関して知識のある魔術師や魔術に長けた精神科の医者、心療科の医者はこの国にはそこそこいるらしい。
しかし、どれもグリースと比べたら天地がひっくり返ってもかなわない位差があるそうだ。
アルジェントは「診る」事は可能だが治療となると必要になると思っていなかったそうなので現在必死に独学でなんとかしている最中らしい、それ以外の能力に関しては他の魔術師達より遥かに上なのだが。
ただ、ルリが「治療」が必要になる程精神に異常をきたした場合、アルジェントは決して治療することができないだろうと、真祖は言った。
ルリが何故か尋ねたところ、アルジェントはルリの事を愛しすぎてる為異常をきたす事態になったら自分を追い詰める上、ルリを直視できなくなるから治療はできないと真祖は言った。
自分の精神にもしもが起きても、何とかなる安心はできたが、現状の問題は全く解決してないことにルリはため息をついた。
「ルリ様?」
「んー……なんでもないよ」
ルリはアルジェントにそう答えて椅子から立ち上がってベッドに移動し、ベッドに腰をかけた。
ルリはちらりとアルジェントを見る。
彼は魔術を使ってテーブルや椅子、使った食器類を片付けていた。
アルジェントは片付けが終わると歯磨きの道具を出現させて、ルリに近づいてきた。
「ルリ様、歯を磨きましょう」
「……あのさ、一人でできるんだけど」
「いいえ、やらせてください。第一、ルリ様は確か歯磨きが下手で歯医者で歯磨き指導をかなりの回数受けているのに一向に上達していないと資料にありましたので」
「おい誰だよマジでそんな資料作ったの!!」
ここに来る前に事前に渡されたらしい、自分のプライバシーを無視したような資料をどうやって作ったのか、誰が作ったのか、ルリは未だ知らされていない。
アルジェントも、教えてくれない。
無論、真祖も教えてくれない。
グリースにいたっては「人間不信、吸血鬼不信とかになりかねないから知らない方がいいよ」と言ってきた。
「ルリ様、その件はお答えできません。それよりお口を開けてくださいませ」
「むー……わかった、あー」
ルリは少しむくれながらも口を開けてアルジェントに見せた。
アルジェントは歯を洗浄する道具で丁寧にルリの歯を磨き始める。
食事が終わったらいつも、アルジェントがルリの歯を磨く。
歯を磨かれたら、顔の汚れを落とす温かい液体で湿らせてあるタオルで顔を拭かれる。
その後は化粧水などで顔の手入れをされる、ばっちりとした化粧は暴れるレベルで拒否したのでされていない。
それが終わったら、髪の毛を櫛でとかされ、それでひと段落する。
「ルリ様は髪の毛が伸びるのが早いですね、良いことです」
髪の毛をとかし終わったアルジェントはそう言った。
「……今はいいけど、近いうち前髪が目にはいって邪魔になりそう、その時は少しだけ短くしていいでしょう?」
ルリが前髪の一部をつまみながらアルジェントに尋ねる。
「そうですね、前髪でしたら切っても良いと思われます」
「……本当は後ろもばっさり切りたい、ショートヘア楽だもの」
ルリは不満げに言った。
周囲の暴走を止める為、髪を伸ばすことにしたが、既にルリはもう少し髪の毛を短くしたかった。
ルリの髪は量が多く、厚い、その為髪の毛が少し伸びただけでけっこうな量になるのだ。
つまり髪の毛のせいで頭が重くなりやすいのだ。
姉と結婚した義兄の家系は男の髪の毛が薄くなりやすい家系らしく、自分と同じ髪質の姉と結婚する時に義兄の母親が「これで孫は髪の毛の薄さで悩むことはなさそうね」と言って義兄と他の息子達に大ダメージを与えていたのはよく覚えている。
ルリは髪の毛で人に何か言ってはいけないとその時強く思った。
ルリはアルジェントをじっと見る。
アルジェントの銀灰色の肩に届く位の長さがある髪。
「……まぁ、アルジェントには今の髪型が似合ってるからね」
「ありがとうございます」
「私の髪はショートの方が似合うと思うんだけどなー」
ルリはぼやきながら髪の毛を伸ばすことに遠回しに抵抗があることを言う。
「ルリ様はどんな髪型もお似合いですよ」
「……いや、だったら切らせてよ」
「真祖様がルリ様にはロングがお似合いとおっしゃっていたものですから」
「ああもう、あの真祖め」
ルリは舌打ちする。
「頭重いので面倒な思いするのは私なんだぞ」
「それは我慢してくださいませ」
「ああ、もう」
ルリは髪をかき上げながら不貞腐れる。
「……グリースなら『ルリちゃんはショートも良く似合うよ、好きな髪型をすればいいよ』って言ってくれたのになぁ」
つい、ぽろりと言葉が零れた。
言って少し考えてから、自分が言ったら不味い事を言った事に気づきルリの顔が青ざめる。
アルジェントがルリの肩を掴んだ、笑顔を、何処か怖い笑顔を顔に張りつけている。
「ルリ様、グリースはルリ様の魅力が分かっておりません、それと傍若無人、自己中心的なロクでもない輩です、そんな輩の意見など参考にせぬよう」
「……」
アルジェントが何処か怖くて何も言えなかった。
「ルリ様?」
アルジェントが返事を求める様に、正しくは「はい」に相当する返事を求める様にどこか圧をかけてルリの名前を呼ぶ。
「……うん」
ルリは頷きながら返事をする。
「ご理解いただけて私は嬉しいです」
アルジェントはそう言うと、部屋を出て行った。
「……アルジェント何でグリースの事なるとああなるの……マジ怖い」
一人になった部屋でルリは疲れたような息を吐いた。
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