久しぶりのお家!! ~もう少しどうにかならないのか?~



 かなり精神的にまいってしまったルリをアルジェントは抱きかかえて部屋に戻った。

 ヴィオレはルリの状態を報告すると主の元へ向かった。

 ルリは「帰りたい、帰して」と暴れ始めた。

 アルジェントは仕方ない状況だと判断し、ルリに術をかけ、眠らせた。

 己の腕の中に倒れるルリを抱きとめて、抱きかかえ、靴を脱がせて靴を術で仕舞い、彼女をベッドに寝かせると服を脱がせた。

 華奢な体が露わになる、普段はヴィオレがしている事で、自分は見たことのなかった綺麗な体が目に映る。

 ごくりとつばを飲み込む。


 服の下に隠されていた、細い腕と柔らかな女性の体つきをしている胴体、控え目な膨らみ、触りごこちの良さそうな太もも、そこからきゅっと細くなる脚。

 少し日に焼けている血色のいい肌、薄紅色の唇、長いまつげ、真っ黒な短めの髪。

 アルジェントは我慢ができず、唇に手を伸ばした。

 柔らかな感触が指に伝わる。


 そこで何とか思いとどまり、ネグリジェに着替えさせた。

 着替えを終えると、きちんと寝かせ、毛布を掛ける。

「……お休みなさいませルリ様」

 アルジェントはそう言って部屋を後にした。

 部屋を出ると鍵をかける。

「……」

「アルジェント、ルリ様は?」

 主の元に報告に向かっていたヴィオレが戻ってきて、尋ねてきた。

「眠っていただきました、明日まで目覚めないでしょう」

「そうですか……」

「真祖様はなんと?」

「……一時でも帰すのはどうでしょうかと提案したのですが、だめだと……」

「そうですか……」

「なら、ルリ様が少しでも気をまぎれる場所が城に無いか探してみます」

「お願いできますか」

「ええ」

「では、私は部屋に戻ります、何かありましたら呼び出してください」

「分かりました」

 アルジェントはそう言ってヴィオレと別れ、自室に戻った。


 自室に戻ると、いつものように盗聴、透視などを妨害する術を部屋全体にかけて、鍵をする。

 ベッドに腰をかけて、ルリの唇に触れた指で自分の唇をなぞる。


――嗚呼、あの唇に口づけをしたい――


 最愛の人、彼女の心を寂しさを埋めることが自分に出来たらどんなに素敵なことだろうと一人妄想にふける。

 あり得ない妄想、でも想像してしまう、誰も愛していないという最愛の人が自分を愛して口づけてくれるのを。



 夜、真祖――ヴァイスはルリの部屋を訪れた。

 真っ暗だが、吸血鬼の王であるヴァイスにとってこの暗さは全く障害にはならない、昼間の明るさと同じだ。

 ルリがベッドで眠っている。

 ベッドに近寄り、眠るルリの頬を撫でる。

「……お前を抱きしめるのにすら勇気がいる」

 ヴァイスはぽつりと呟いた。

「抱きしめて、愛していると言い続ければお前は他のことなどに心を動かされなくなるのか?」

 唇に指で触れる。

 そして屈んで、薄紅色の唇に、自身の唇を重ねる。


 温もりのある、柔らかな感触に心が少し満たされる。

 同時に虚しくもなった。

 ルリの心は自分の方を向いてはくれない。

 グリースの甘言に心が揺れている、グリースが何かしたら自分はどうすることもできない。

「嗚呼、頼む、どうか私の事を愛してくれ」

 ヴァイスは祈るように言葉を吐き出した。



 ルリは目を覚ました。

 部屋には自分しかいない、ヴィオレもアルジェントもいない。

 昨日泣いてたら急に眠くなって、そこから覚えてない。

 そのまま眠り、着替えもさせられ、寝かせられたのだろうとルリは想像した。

 憂鬱な気持ちのまま起き上がり、着替える。

 着替え終わると、ベッドに倒れ込み、スマートフォンを握る。

「……帰りたい……」

 ぼそりと呟く。

「やっぱり帰りたい?」

 グリースの声にばっと顔を上げる。

 そして窓をみると、そこにいた。

「……帰りたい……」

 グリースの問いに頷く。

「じゃあ、帰ろうか」

「それはなりません」

 いつの間にかヴィオレが入ってきていた。

「ヴィオレは厳しいねぇ。俺はホームシックになってるお嫁さんを一度お家に帰してあげたいだけだよ?」

「真祖様から、城から一歩も出すなと命じられております」

「やれやれ、ルリちゃんの体質の事は分かるけど、ちょっと過剰なんじゃねぇの、もっと別の角度から解決方法考えられないのかねぇヴァイスの奴。あそれとも、前の嫁さんと息子が城から出て殺されたのがトラウマになってんのか?」

「グリース……貴様、真祖様を侮辱するようなものいいは慎みなさい!!」

 ヴィオレが怒りを顔と声で示す。

「確かに大事にしてるのは分かる、でも部屋からほとんど出さない、昨日ようやく城の庭に出した程度だしなぁ。それにルリちゃんは家族と仲良かったから引き離されて、顔が見れないのが一週間だけど、今の状態から考えたら一生会えないんじゃないかってルリちゃんが不安になるだろう。ルリちゃんが家族と仲が悪かったら違ってただろうけどさ」

「……」

「だから家に帰らせる、奥さんを不安にさせた罰だ」

 グリースはベッドの上にいるルリを抱きかかえると、その場から姿を消した。



「ルリ様!!」

 ヴィオレはグリースいた場所にかけより、周囲を見渡すが姿はない。

 転移でルリの実家に移動したのだおそらく。

「何事だ」

 真祖が姿を現す。

「真祖様!! も、申し訳ございません、グリースにルリ様を連れていかれました!!」

「グリース……貴様……」

 ヴィオレは頭を垂れ、真祖は忌々し気に呟く。

「真祖様、たった今、全ての吸血鬼が人間の国に入れなくなったとの連絡が」

「何ですって!!」

 アルジェントが部屋に入り、情報を伝えるとヴィオレは驚愕の表情をし、真祖はぎりっと歯を食いしばった。



 ルリが目を開くと、そこは見間違うはずのない実家だった。

 グリースはルリを抱きかかえたまま、家に近づきチャイムを鳴らす。

 しばらくするとやつれた顔をした女性――ルリの母親が出てきた。

「はい……どちら……る、り? ルリ⁇」

 グリースはルリを下ろすとルリは母親に抱き着いた。

「お母さん!!」

「ルリ!! 会いたかった!!」

 母親はルリを抱きしめた。

「ルリさんのお母さん、ちょっといいですか?」

「ああ、貴方がルリを連れてきてくれたんですね、ありがとうございます!!」

「お礼は結構です、ルリさんなんですが、くれぐれも家族以外の人と会わせないでください、家族以外の人と遭遇するとルリさんの身に危険が及ぶ恐れがありますので」

「……わかりました」

 ルリの母親は、ルリをより強く、大切そうに彼女を抱きしめた。


 二人が抱き合っていると、何者かが現れた。

「おや、人間政府の役人さんかい?」

 グリースが問いかける。

「どうも、私ロクショウと申します、政府所属の人間です。盟約の不死人グリースさんでしたよね」

「ああ、そうだよ」

「先ほど、人間が吸血鬼の国に入れなくなり、吸血鬼が人間の国に入れなくなったという事態が発生したんですが、それ貴方の仕業ですよね?」

「当然、おっと少し黙ってな」

 グリースはルリとルリの母親家の中に入ったのを確認してから会話の許可を出す。

「……困るんですよねそういうことされると……今通信でやりとりしてて結構もめてるんですよ」

「知らねーよ。家族ぐらい会わせてやればいいのに会わせなかったあのバカが悪い」

 ロクショウは困ったような顔をする。

「解いてくれませんかね?」

「解いたら真祖の馬鹿が来るだろう? そうしたらルリちゃんはここに来れなくなっちまう、それはごめんだね」

 グリースの言葉にロクショウは項垂れた。

「ならしかた――おご?!」

 グリースの拳がロクショウの鳩尾にめり込んだ。

 ロクショウはその場に倒れこむ。

「俺に勝とうなんざ一兆年早いわ、いいかルリちゃんと家族に危害加えるとか何かしようとしたら――しようとした連中は勿論関係者も皆殺しだ」

 グリースは怒りの表情でロクショウにそう告げた。

 ロクショウは何とか立ち上がり咳き込みながらグリースを見る。

「……分かりました、お伝えします」

 大人しく引き下がり、立ち去って行った。

 グリースはそれを眺めながらルリの実家の壁によっかかるようにして姿を消した。



「ルリ、何が食べたい。好きな物を作ってあげる」

「お母さんの手料理がいい、あと唐揚げとじゃがいもゆでたの!」

「この子ったらもう」

 母親は心底うれしそうな笑みを浮かべて買い物に行く準備を始めた。

 二階から何事かと様子を見に来た兄が目を見開き硬直していた。

「兄貴、ただいま」

「……おう」

 低い声をしぼりだすようにルリの兄は答えた。

「おばあちゃん、ただいま」

「ん……あれま、ルリでないの……帰ってきたのかい?」

「うん!」

 ベッドで横になっている祖母にルリは話しかける。

 一週間程とは思えぬほど長く離れていたように感じた。




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