何かよく分からん!! ~貴方を侮辱するものを私は許しはしない~



「……申し訳ございません、みっともない姿を見せてしまい……」

 ヴィオレはようやく落ち着いたと思ったら、酷く落ち込んでいた。

 ルリはアルジェントの服を引っ張り、少しだけ屈んでもらうと耳元で小声で話した。

「……何か私悪いことしましたか?」

「ルリ様は何もしておりません、その……ヴィオレは色々こじらせていたというだけかと……」

 アルジェントの言葉に、ルリは苦い物を噛んだ様な表情を浮かべる。


――世話役って何かこじらせてるの?――

――ということはだ、アルジェントも何かこじらせてる?――

――私には見せないだけで――


 ルリはちらちらとアルジェントとヴィオレを交互に見た。


 やたらと「真祖の奥方」として「相応しく」を押し付けようとしていたヴィオレの本心は、何か少々その行動とは異なるようだ。

 先ほどの態度を見るから本当は自分と仲良くなりたいんじゃないかと思われた。    一方アルジェントは未だに何かわからない、自分の好みを把握しているようなそぶりを見せている、後世話に関しては自分が手をだそうとしたがる、だが違和感を感じたのは覚えている。

 自分の世話役になった理由を聞いた時、彼の言葉は真実であるが「何かを隠している」と感じたのだ、何となくだが結構厄介な気がしたのでルリは深く探るのを止めた。


 どちらも、自分を害なす気はなさそうなので、ルリはまぁいいかと納得した。

 自分の立場は非常に色んな人物にとって厄介なものであると再認識していた。

 立場を捨てるという選択肢は選べない、「不死人の女」になった事実と、「真祖の妻」という立場が自分を縛り付ける。

 それに、「不死人の女」を母国が何もしないとは言い切れない、つまり自分のこれからの生がどうなるかは全く分からないのだ。


 ルリはふぅと息を吐き、ヴィオレに近づく。

「ヴィオレさん、鼻血は止まりました?」

「勿論です、ご心配をおかけして申し訳ないです……」

「いえ、鼻血は仕方ないから別にいいです……というか先ほどの発言なのですが……」

「き、聞かなかった事にしてください!! お見苦しいと言いますか、身の程しらずと言いますか……」

「……ヴィオレさんも、ゲーム、やりますか?」

「い、いえ、私はルリ様がやっているようなゲームをやった事はないのです」

「ああ、そう、ですか……」

 先ほどの感情爆発が幾分か落ち着いたのか、ヴィオレは何か後ろめたそうな感じで話している。

 先ほどの感情爆発、アレは確実に本心だったのだろう。

 仲良くなりたいというか、もっと自分と親しく接してほしいというのが多分ヴィオレの本心の一つなのだろう。

 そして気軽に頼み事をして欲しいような事を言っていたが、何か引っかかるのを感じた。


 ヴィオレがして欲しいのは「頼み事」なのか?


 ルリはアルジェントの時のような違和感を感じたが、ヴィオレの違和感はまだ小さい。

 アルジェントの違和感が深入りすると何か大変なことになりかねないという感じがしたが、ヴィオレの違和感はやんわりとした対応をすれば少しずつ分かるのではないかと感じた。


「あの、ヴィオレさん」

「何でしょう、ルリ様」

「ヴィオレって呼んでいいですか?」

 ルリがそういうと、ヴィオレの表情が若干変わった、何と言うか感極まったという風に見えた。

「勿論です、どうぞヴィオレとお呼びくださいませルリ様!!」

「……」

 対応としては悪くなかったらしい。


 ルリは息を吐き、これからの事を考えてみたが、ちょっと疲れたので休みたくなった。

「アルジェント、ゲーム一旦中断して下さい、休みたいです」

「畏まりました」

「だからセーブしておいてくれますか?」

「承りました」

 アルジェントはゲームの方のセーブなどを行っていた。

「……何か食べたいなぁ、後何か飲みたい」

 ルリはぽつりと呟いた。

「ルリ様、苺のタルトがございますが、いかがでしょうか?」

「え? え?」

「お飲み物は紅茶などいかがでしょう? 茶葉はルリ様が気に入っている種類の物を用意しております」

 ヴィオレがずいずいと迫るように喋ってきた。


 確かに苺は好物だ、ケーキ類も好きだ。

 紅茶も好きだ。

 だが――ゲームのお供、ゲームの後に食べる菓子と飲み物と言ったら自分の好みだと少し辛めのスナック菓子に、甘くて炭酸の強い炭酸飲料だ。

 我儘を言って困らせるのはどうしたものかと、ルリは少し悩み、ちらとヴィオレを見ると、ルリはある意味失敗したと理解した。


 ヴィオレの表情は変わりないだが、纏っている空気が彼女が自分の言った言葉を失敗した、やらかしてしまったという判断をしているものだった。

 ルリはどうしたものかと思った、ここで下手な演技でもしたら多分ヴィオレはショックを受ける、だが本当のことを言うのも酷いような気がした。

 何を言うのが正解だ、何を言えばいい、ルリは考えるが、良い言葉が思いつかなかった。


「……え、えと、今日は苺のタルトと紅茶で……でも次からは違うのも食べたい、です」

 ルリは悩んで精一杯だした答えがこれだった。

「畏まりました、次からは別の物を探しますので。ではただいま」

 ヴィオレは少しぱぁっと明るい空気を纏って部屋から姿を消した。

「……これが正解なのか、わからないです……」

 ルリは少し疲れた表情ため息をついた。

「ルリ様はヴィオレの事を考えてお言葉をかけたのです、彼女もそれだけで十分でしょう」

 アルジェントはいつもの無表情に近い表情でルリにそう言った。

「……ならいいんですが……あの何を?」

 アルジェントがテーブルと椅子を用意したのでルリは目を丸くする。

「お食事をなさるのですから、その準備です」

「ああ、なるほど……」

 少ししてヴィオレが戻ってきた、アルジェントがルリに椅子に座るように椅子を引いたので、ルリが椅子に腰をかけると、目の前に明らかに自分が食べてきた物とは質の違う苺タルトと、紅茶の入ったカップが出現した。

 シュガーポットもある。

 ルリがシュガーポットに手を伸ばす前に、アルジェントが手を伸ばした。

「砂糖は二杯で宜しいですか?」

「あ、はい」

 アルジェントは丁寧な所作で、砂糖を入れ、混ぜた。

 そしてカップをルリの目の前に置く。

「ルリ様、召し上がってくださいませ!」

 明らかに嬉々としているヴィオレを見て、ルリはとりあえずタルトを口に運ぶことにした。

 カスタードの甘さと、苺の酸味と甘さが良い、生地も好みの食感だ、全てが調和していて、今まで食べていた苺タルトとは差があった。

「……美味しい」

「――お口に合ったようで何よりです」

 ヴィオレが安堵したような声で言った。

「……こんなにおいしい苺タルト初めて食べました」

「それは何よりです」

 ヴィオレの声色に何処か喜びが混じって聞こえた。

 ルリはこのタルトについて尋ねるかどうか悩んだが、ヴィオレに直接聞くのは何となくしづらかった。


 タルトを完食し、紅茶を飲み干す。

 カップと皿とフォーク、シュガーポットだけがテーブルの上に置いてある。

「ではお下げします」

 ヴィオレはテーブルに置かれた物を全て持つと姿を消した。

 ルリは立ち上がり、ふぅと息を吐いてからベッドに移動して腰を下ろした。

 アルジェントはテーブルと椅子を魔術でどこかに移動させたらしい。

「……あの、アルジェント」

「何でしょう、ルリ様」

「……もしかしてあのタルト、買ってきた物じゃなくてヴィオレが作ったのですか?」

 ルリの問いかけに、アルジェントは静かに頷いた。

「その通りです。ルリ様が口にする料理はヴィオレが作ることになっております」

「……ん? あー……えっと、待って、んー?」

 ルリの頭の中に色んな考えが浮かんで、ルリを混乱させた。


 真祖は吸血鬼だから、料理を食べる必要はないから料理人は居ないと考えた。

 だが、アルジェントの様に人間がこの城の中にいるのも分かったのだ、じゃあ彼らは何をどこで食べている、と疑問が湧く。

 そして食事を必要としない吸血鬼が料理上手、とは一体。


「……城で真祖様に仕えて働いている人間達用の食堂があります。人間の料理人とハーフの料理人が交代で厨房に立っております」

 アルジェントがルリが頭を抱えて悩んでいる内容を見透かしているかのように言った。

「え、えーとつまり……」

「城に仕えている者は種族以外で分けると二種類います、城の外部から城へ働きに来ている者と、城の中に住まうことを許されて城に一人部屋を作ってもらい其処で暮らす者の二種類です」

「あ、そうなの」

「私とヴィオレは城で自分達の部屋を作っていただき、其処で暮らしております」

「ほへー……」

「そしてヴィオレが料理をする理由ですが、来賓用の料理人はおります、外部にですが」

「へー」

「最初は来賓用の料理人にルリ様の料理を任せる予定だったのですが、ヴィオレが自分が料理もお作りしたいと言い出したのです」

「は?」

「ええ、真祖様は吸血鬼のヴィオレには荷が重いと思ったそうですが、ヴィオレがルリ様が来るまでの間に料理人達から古今東西の料理の作り方、味付けまで完璧に覚えたことでルリ様のお食事はヴィオレが作ることを真祖様はお許しになったのです」

「……あの、どういう、ことですか⁇」

 ヴィオレの行動理由が全く理解できず、ルリの頭には大量のハテナマークが発生した。

「……私からはお答えする事はできません」

「は、はぁ……」

 ルリは何とも言えない顔をしたまま納得することしかできなかった。



 夜になり、ルリの入浴を終え、歯も磨き、彼女が眠りに着くとアルジェントは部屋の明かりを消してルリの部屋を出る。

 鍵がかかり、侵入が困難になったのを確認するとそっと部屋から離れた。

「奥方様の世話役とはずいぶん温い仕事だな」

 アルジェントは聞き覚えのある声を耳にしたが、自分への嘲笑や侮蔑等、くだらない言葉には慣れていた、だから無視し、その場から立ち去ろうと思った、無駄な時間は使いたくなかった、早く自室に戻り最愛の人の感触がまだ残っている部分を撫でたかったからだ。

「――随分と不死人の女というだけの雌に――」

 アルジェントは男が最後まで言う前に、男の首すれすれに氷でできた剣を向ける。

「私の事をなんと言おうと構わん、だが覚えて置けカルコス、奥方様を侮辱する言葉を次口にしたら真祖様の手を煩わせず私が貴様の首を刎ねてやる」

 アルジェントはそう言って男――カルコスを睨みつけると、カルコスはアルジェントの殺気に動揺したのか道を開けた。

 アルジェントは氷の剣を消し、カルコスを再度睨みつけるとその場を後にした。


 アルジェントは部屋に戻り、ルリが抱き着いていた箇所を撫でながら、部屋に術をかけて盗聴と透視をできないようにして、机の引き出しからルリの写真を取り出す。

「……ああ、ルリ様の事を雌だというアレはあの時殺しておくべきでしたね……」

 ルリの写真を見てアルジェントはうっとりと語り掛ける。

「ご安心を、ルリ様。多くの者が貴方様の敵になろうとも私は命が尽きるまで貴方様の味方です、貴方様を愛し、忠誠を誓い続けます」

 ルリの前の無表情はそこにはなく、恋焦がれる男がそこにいた。

「ああ、愛しておりますルリ様、私が朽ち果てるまで、私は貴方様を愛し続けます」

 アルジェントは写真の中の笑顔のルリにそっと口づけをした。




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