運び屋、はじめました。

木ノ下 朝陽

「氏名・松島千歳、年齢・二十八歳、性別・女性…。

……学歴、…県立湊南高校卒業、桜蔭学園大学文学部入学、桜蔭学園大学文学部卒業…」



履歴書を書くという作業は、

何故こんなに面倒臭く、気が重く感じるのだろう。



私の場合、作業自体が厭な訳じゃない。


それは確かに、

元々、かなり割高な所定の用紙に、

修正の利かない筆記用具で、…というのは、

かなり緊張を強いられるものだけれど、

その緊張感自体は嫌いじゃない。


むしろ、ある意味慣れ親しんだもので

心地良くさえある。



多分、気の重くなる原因は、

割高の所定の用紙に、修正の利かない筆記具で記す、その内容。


「履歴書」と名の付くだけあって、

否応なく自分の、正に「履歴」と向き合わされる、その感覚…。



今日は何だか、妙に雑念が入って捗らない。


まるで、電波状態の悪い場所で

ラジオをチューニングしているみたいだ。



「……仕方ない、きゅーけー…。大おばちゃん、お茶淹れるけど…」



言いかけて顔を上げたところで、


今現在、此処には、…この家には、

自分一人だけしかいないのだという事実に気付く。



懐かしい夢から醒めた時みたいに、

胸の奥方、胸郭の底が、まるで死人の肌のように冷たくなるのが分かった。



「……きっと疲れてるんだ…。それだけだ…」


自分に言い聞かせるように呟きながら、

ぐりぐりとこめかみと、ついでに眉間も揉んではみたけれど、


何だか黒い影が自分の全身にまとわりついているようで、


私の気持ちは全然軽くならなかった。


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