第6話

 初めて育てたマイグレックヒェンが満開になったのが嬉しかった私は、鉢から切り取って花瓶に入れ、店に飾ることにした。

 もちろん切り取った後の鉢は来年も花をつけるようにお世話している。


 そしてジルさんにアルペンファイルヒェンの鉢植えをおすすめした日からしばらく、久しぶりにヴェルナーさんがお店にやって来た。


「やっほー! アンちゃん元気だった?」


 ジルさんと違い軽い調子でやって来たヴェルナーさんは、店の中をキョロキョロと見渡している。


「いらっしゃいませ。そんなに見渡すほど広いお店じゃありませんよ。何かお探しですか?」


「いや、もしかして団長が来ているのかな、と思って」


 ヴェルナーさんが言う団長とは言わずもがな、騎士団長のことだろう。

 街の人が噂している騎士団長は超強いらしいので、さぞや屈強な大男なのだろうな、と想像する。


「そんな大層なご身分の方がこんな小さい店に来るわけ無いと思いますよ? もし行かれるなら、王宮の近くにある『プフランツェ』じゃないですか?」


 王都でも王宮に近ければ近いほど土地代が高くなる。貴族の邸宅が多く集まるその一帯は貴族街と呼ばれ、貴族御用達の高級店が立ち並ぶという。


(一度は行ってみたい気がするけれど、きっと場違いなんだろうな)


 「プフランツェ」はそんな貴族街にある、大きな生花店だ。花の種類も値段もうちとは比較にならないだろう。


「アンちゃんもそう思う? やっぱり俺の勘違いかもな」


「よくわかりませんけれど、騎士団の方ならジルさんと仰る方が時々いらっしゃいますよ」


「ん? ジル? そんな名前の奴いたっけなぁ……?」


 私はジルさんの名前を出すけれど、ヴェルナーさんはジルさんを知らないようだ。

 あんなに目立つ顔をしているのに知らないなんて、と思いつつ、きっと騎士団は人が多いのだろう、と結論づける。


「それで、今日はどんな花束をお求めですか?」


「あ、そうそう、今日は赤い花を中心に束ねて欲しいんだ」


 ヴェルナーさんの注文に、今日花束を贈る相手は大人な女性なのかな、と想像する。


 毎回注文する花のイメージが違うから、贈る人も毎回違うのかもしれない。

 まあ、私には関係ないことだし恋愛は自由なので、人に迷惑さえかけなければ好きにすればいいけれど。


(そう考えたらジルさんは誠実だよね。病気の彼女のために花束を贈り続けているんだから……って、いけないいけない。今はお仕事中!)


 私は雑念を取り払い、とにかくヴェルナーさんの注文をこなそうと花を選ぶことにする。


 大人っぽい赤い花といえばローゼだけれど、ローゼだけでは面白くないので、濃いめのピンク色をしたガーベラを足して雰囲気を明るめにする。ピンクのガーベラでも芯は黒い品種なので、落ち着いた色合いとなっている。

 全体的に重い雰囲気にならないように、クリーム色のリシアンサスを追加し、グリーンにブプレリウムを使う。ブプレリウムは軽やかな草姿と明るいライムグリーン色が可愛くて、どの花束にも合う優れものだ。

 更に私はアクセントとしてヒペリカムを選ぶ。ヒペリカムは明るい茶色の実がついた植物で、花が咲いた後の実の方がよく使われる。


「お待たせしました。こんな感じで如何でしょう?」


「おお! 良いねぇ! 予想以上に素敵な花束だよ!」


 ヴェルナーさんは私が作った花束をいたく気に入ってくれたらしく、お会計を済ませて花束を渡すと、私にお礼を言って颯爽と店から出ていった。


「有難うございました」


 花束を贈る相手がヴェルナーさんの恋人なのか親兄弟なのかはわからないけれど、受けっ取った人が喜んでくれたら良いな、と思う。


 それからしばらくお客さんの相手をし、閉店時間が近づいた頃、ジルさんがやって来た。


「いらっしゃいませ。……あれ? どうかされました?」


 お店のドアを開けて、お店の中に入ってきたジルさんを見た私は驚いた。


 ジルさんの手には前回渡したアルペンファイルヒェンの鉢が握られていて、そのアルペンファイルヒェンは見るからにしおれていたのだ。


「ど、どうしたんですか?! ジルさんもアルペンファイルヒェンも元気がなさそうですけど!」


 しおれているアルペンファイルヒェン同様に、ジルさんの表情もしょぼくれている。いつもキリッとしているのに、まるで怒られた犬のように耳が垂れている幻が見える。


(あ、今日は花じゃなくてケモミミの幻影だ)


 ジルさんはおずおずと私に鉢を差し出した。


「すまない……その、君に言われた通り世話をしていたのだが……何故か段々花に元気がなくなってきたんだ」


 私は申し訳なくするジルさんから鉢を受け取ると、アルペンファイルヒェンの様子を見る。


(おかしいなぁ。アルペンファイルヒェンは一週間やそこらでしおれる花じゃないんだけど……)


「鉢はどんなところに置いていましたか?」


「……ああ、日当たりが良い場所と聞いていたので、窓際に置いていた」


「部屋の温度はどれぐらいですか?」


「20度ぐらいだな」


「なるほど。もしかすると水切れを起こしたのかもしれませんね。しばらくお預かりしてもよろしいですか?」


「……む。良いのか?」


「大丈夫ですよ。そんなに手間ではありませんから」


 アルペンファイルヒェンが好む温度は15度から20度の間だ。

 もしかすると部屋の温度がギリギリ20度のところに、暖房の魔道具が近くにあってかなり温かいのかもしれない。


「今から復活させる作業をしますけど数時間はかかるので、明日もう一度起こしいただいてもいいですか?」


「すまない。助かる。明日は花束を買いに来る予定だから、その時一緒に持って帰ろう」


「わかりました。では明日お待ちしていますね」


「ああ、明日もよろしく頼む……ん? あの花は……」


 何かに気付いたらしいジルさんの視線を追うと、そこには花瓶に飾られているマイグレックヒェンがあった。


「随分可愛らしい花だな。あの花も売り物だろうか?」


「あ、あの花は売り物ではないんです。マイグレックヒェンという花なんですけど、花、茎、葉など全体に毒があるんです。毒は水にも溶けだすので、水替えした水すら危険ですから」


「……そうか。それは残念だ」


 ジルさんはマイグレックヒェンに毒があると聞いてガッカリしている。確かに見た目は清楚で可憐だものね。


「気に入って貰えたのに申し訳ありません」


「いや、君は悪くない。ではまた明日」


 ジルさんを見送り、閉店作業をした私は預かったアルペンファイルヒェンを温室へと運んだ。


「元気になってくれるかな?」


 私はアルペンファイルヒェンの花や茎を傷つけないよう、花の茎を集めて一つにまとめる。

 それから束ねた花の茎を、上に向けたまま紐で固定すると、若干ぬるめの水をたっぷりと与え、大きめのバケツの中へと入れる。

 下から溢れた水はバケツの中にためて、上からも下からも水が吸い上げられるようにしておくのだ。


 この状態で朝まで置いておくと元気になっているはずだ。もしこの方法でもダメなら根腐れか他に原因があるかもしれない。


「どうか元気になりますように」


 枯れたらきっとジルさんガッカリするだろうから、アルペンファイルヒェンには何とか頑張って貰いたいと思う。

 



* * * * * *



お読みいただきありがとうございました!( ´ ▽ ` )ノ


❀花の名前解説❀

(店名だけど)プフランツェ→植物

ブプレリウムとヒペリカムはそのままです。

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