第4話

「いえっ! 大丈夫ですからっ!! 気にしないで下さい!! 私も聞き方が悪かったと思いますし!」


 突然美男子さんに頭を下げられた私は、顔を上げて貰うようにお願いする。


「そう言って貰えると有り難い」


 私は美男子さんが女性達に好意を寄せられ、根掘り葉掘り質問攻めにされてきたのだろうな、と想像する。


(そりゃ警戒しちゃうよねぇ……)


 私は美男子さんの苦労を勝手に想像して同情した。


「じゃあ、明るい色合いの花を中心にまとめますね」


「ああ、お任せする」


 美男子さんからお任せを頂いた私は、贈られた人が元気になるような花束を、と思いながら黄色とオレンジ色、グリーンの花を選ぶ。

 オレンジのローゼにミックスカラーのネルケ、クリーム色のリシアンサス……。


 彩度が高くなりがちなところを、白いリモニウムを加えて中和し、甘く可愛い雰囲気に仕上げる。


「ほう……まるで魔法みたいだな」


 私が花束を作っていく過程をじっと眺めていた美男子さんが、完成した花束を見て感嘆の声をあげる。

 ちょっと気難しそうな人だと思っていたけれど、意外と素直な人なのかもしれない。


「えへへ。有難うございます。こんな感じで宜しいでしょうか」


「……ああ、気に入った。きっと相手も喜んでくれるだろう」


「早く元気になられると良いですね。どうぞお大事にとお伝え下さい」


 私が花を贈る相手を心配する言葉をかけると、美男子さんは驚いた表情を一瞬浮かべた後、ふんわりと優しく微笑んだ。


 私はその笑顔に、再び花が咲き乱れる幻覚を見る。


(うわぁあ! 眩しい……!)


「伝えておこう。では、失礼する」


「有難うございました!(色んな意味で!)」


 私は花束を買ってくれたことと、目の保養をさせてもらったことと合わせてお礼を言った。きっと本人には隠された意図はバレていないはず。


(はぁ〜〜格好良かった。あんな美形に花束を貰える人なら、きっと素敵な人なんだろうな)


 私はふと、ヴェルナーさんを思い出し、そう言えば彼も結構整った顔立ちをしているな、と気付く。


 もしかして騎士団って顔で選んでいるのかもしれないなんて、失礼なことを考える。


(はっ、いけないいけない。そろそろ閉店準備をしないと!)


 つい非現実なイケメンを見たからか、心が浮ついていることを自覚した私は現実に戻るべく仕事に戻る。


 そして閉店作業を終え温室にやって来た私は、日課となっている花畑のチェックをする。


(ゲンゼブリュームヒェンとラヴェンデルはそろそろ収穫かな……。後は……)


 温室に植えているからか、ここで育てる花は季節関係なくすくすくと育ってくれるので、もう秋だけど春に咲く花も収穫できてしまう。


(もっと場所があればキルシュブリューテを植えられるのに)


 お店で売る分には温室の花で十分だけれど、人間とはどんどん貪欲になっていくものなのだ。

 私は以前から東の国に咲くという、キルシュブリューテを育ててみたいと思っている。


 キルシュブリューテは春に薄いピンクの花が咲く木なのだそうだ。


 満開の花が枝を広げるように咲く光景はとても美しく、花びらが散る様はまるで雪のように儚くて、人々の心を感動で震わせるという。


 育てるのはそう難しくないと聞くけれど、種まきをして実生で育てるのは難しいので、「挿し木」か「接ぎ木」で増やすのだそうだ。


(ここから東の国は遠いし、届くまでに枯れちゃうだろうなぁ……)


 私はキルシュブリューテに思いを馳せながら、いつか世界の流通が発展して、遠い国の植物が簡単に手に入る日がくればいいな、と思う。




 * * * * * *




 日に日に寒くなり、街が冬支度の買い物に出る人達で賑やかになる頃、温室で育てていたマイグレックヒェンの花が咲いた。


「わぁ! 凄く可愛い!」


 十数個の小さな蕾が、すっと伸びた花径に並んでいる。根本に近い蕾から咲くらしく、白くて小さな花が1個下向きに咲いている。

 もうしばらくすると全ての蕾が開き、コロコロとした可愛い花を鈴なりに咲かせてくれるだろう。


(……やっぱり白い花が咲いたなぁ)


 北の国で咲いているマイグレックヒェンは紫色だと聞いていたので、予想していたとはいえ真っ白い花が咲いたマイグレックヒェンを不思議に思う。


(まだ球根はあるし、土を変えて育ててみようかな)


 もしかして土を変えると違う色になるのかもしれない、と考えた私は早速土を作ることにする。

 たとえ色が変わらなかったとしても、マイグレックヒェンはとても可愛い花だから、私はこの花をもっと咲かせたいという気持ちになっていたのだ。


 そうしてマイグレックヒェンの花が満開になるのを楽しみに仕事に励むことしばらく、再び美男子さんがお店にやって来た。


「花束を頼む。女性に贈る花で、見舞い用だ。色は任せる」


「えっと、いらしゃいませ。花束ですね、有難うございます。少々お待ち下さい」


 前回私がした質問を覚えていたのだろう、美男子さんはスラスラと注文内容を口にした。その方が私としても質問する手間が省けて助かるけれど。


(前回は黄色系でまとめたから……今回はやっぱりピンクかな)


 前回の花束を気に入ってくれたのだろうけど、だからといって同じような花束だと面白くない。


 私は収穫したばかりのゲンゼブリュームヒェンとラヴェンデルを使い、ピンクから紫系のグラデーションの花束を作った。

 可愛らしい中にも落ち着いた色合いで、とても華やかな花束が完成する。


「色をお任せいただいたので、今回はピンク系にしてみました。如何でしょう?」


「うむ、とても良い。今回も喜んでくれるだろう」


 美男子さんは完成した花束を眺めると、嬉しそうに頷いた。相変わらず花が舞う幻は健在だ。


(顔が良すぎて辛い……!)


 綺麗なものが好きな私でも、美男子さんの笑顔は心臓に悪かった。きっとこの人はその凶悪な美貌で魔物を狩っているに違いない。


「お気に召していただけて嬉しいです。……あ、そう言えばお客様で騎士団の方がいらっしゃるんですけど、ヴェルナーさんってご存知ですか?」


 前回ヴェルナーさんが来た時、同僚にこのお店を紹介してくれると言ってくれていたな、と思い出す。だからこの美男子さんはヴェルナーさんからこの店の話を聞いて来てくれたのかもしれないと推理する。


「……ああ、ヴェルナーか。奴のことは知っているが、この店に来ているとは初耳だな」


(……え? そうなの……?)


 私の予想は見事にハズレた。てっきりヴェルナーさんの紹介だと思っていたのだ。


「そうなんですね。てっきりヴェルナーさんから紹介されてお越しいただいたのかと勘違いしていました」


「奴からはこの店の話は聞いていないな」


(じゃあ、たまたまこの店を見つけたのかな……? 王宮から遠いのによく見付けられたなぁ)


「……そうですか。またヴェルナーさんにお会いしたら宜しくお伝えください」


「…………わかった」


 話題を変えるために、社交辞令でヴェルナーさんへの伝言をお願いしたけれど、何故か美男子さんは不満げだ。

 もしかして余計な用事を増やしてしまったのだろうか。


「では、俺はこれで」


「はい、どうも有難うございました!」


 花束を抱えて店を出ようとする美男子さんに向かってお礼を言うと、美男子さんがくるっと振り向いた。


「俺の名前はジギスヴァルトと言う。……ジルと読んでくれて構わない」


「はっ?! あ、ええと、はい! ジルさん……素敵な名前ですね!」


 突然のことにテンパった私はつい名前を褒めてしまう。自分で何を言っているのかわからないけれど、名前を呼ばれた当のジルさんは嬉しそうだ。


「ああ、また来る」


「お、お待ちしています! どうぞお気をつけて!」


 まさか名前を教えて貰えると思っていなかった私は、急にジルさんとの距離が縮まったような気がして、嬉しくなる。


(また来るって言ってくれたってことは、私の花束を気に入ってくれたんだよね……)


 こうして自分の仕事を認められると、とても誇らしい気持ちになる。


 私はまたジルさんが来てくれた時のために、綺麗な花をもっと育てようと張り切るのだった。

 



* * * * * *



お読みいただきありがとうございました!( ´ ▽ ` )ノ


❀花の名前解説❀

ローゼ→バラ

ネルケ→カーネーション

リモニウム→スターチス

ゲンゼブリュームヒェン→デイジー(多分?)

ラヴェンデル→ラベンダー

キルシュブリューテ→桜

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