第3話

 昇り始める太陽の光を感じ、私は眠りから目覚めた。

 季節は秋から冬へと移り変わろうとしている頃なので、明け方の部屋は肌寒い。


(……うう、寒いよう……。何か温かいものが食べたい……!)


 私はのそのそと起き上がり、朝の準備をしてキッチンへと降りた。


(確か昨日のスープが少し残っていたはず……)


 魔導コンロに火を入れると、ほんのりと空気が暖かくなってホッとする。


 そうして、昨日の残りの具だくさんのスープと温かいパンを食べた私の身体はじんわりと温まり、寒さでガチガチだった身体はいつもの調子を取り戻す。


「よーし! 今日も頑張るぞ!!」


 私は寒さに負けないように声を出して気合を入れ、いつものように温室へと向かう。


 温室は温度を一定に保つ魔道具が付いているので、私の部屋より快適な環境となっている。冬の間だけでもここで眠りたいと、私は密かに企んでいた。だけどそのためには色々買い込まないといけないので、未だ野望は達成されていない。


 お店で売る花の下処理を済ませ、お店の扉に掛けたプレートを「営業中」にひっくり返す。毎日行うこの行為で、私は仕事モードに切り替わるのだ。


「アンちゃん元気かい? 今日もいつもの頼むよ」


「あ、ロルフさんいらっしゃい!」


 ロルフさんはこのお店の近くにある宿屋を経営している常連さんだ。今は宿屋の経営を息子さん夫婦に譲り隠居の身だけれど、毎週宿屋に飾る花を買いに来てくれる。


「ホントは毎日アンちゃんの顔を見に来たいんだけどねぇ。花が長持ちだからなぁ。俺んとこは助かるけどよ、商売上がったりじゃないかい?」


「フフフ。大丈夫だよ。毎日お客さんが来てくれるしね」


 ロルフさんは昔から私を孫のように可愛がってくれる。


「なら良いけどよ。アンちゃんのところの花は色が綺麗だからな。宿泊客からも評判がいいんだぜ」


「ホント? うちの子達を褒めて貰えて嬉しいな! 心配してくれて有難うね」


 ロルフさんに頼まれた花を選んでいると、お店のベルが鳴り、お客さんが来たことを教えてくれる。


「いらっしゃいませ、少々お待ち下さい」


 新しいお客さんはロルフさんを見ると少し驚いた顔をした。どうやらロルフさんとお知り合いらしい。


「やあ、ロルフ。偶然だな」


「おう! お前も花を買いに来たのか? そんな柄じゃないだろうがよ! わはは!」


「うるさいよ。今日はうちの嫁さんの誕生日なんだよ。お祝いに花をと思ってな。お前が勧めてくれたこの店に来たんだよ」


「そうかそうか、仲がよろしいことで! 嫁さんには『おめでとう』って伝えといてくれよ」


「ああ、伝えておくよ。……というわけでお嬢さん、お祝い用の花束をお願いできるかな?」


「はい! 有難うございます!」


 私はロルフさんのお知り合いから希望の花の有無と好きな色、予算を聞くと花束の作成に取り掛かる。


(お店のことを紹介して貰えて嬉しいな。あ、そうだ。ちょっとおまけしておこうっと)


 ロルフさんは宿屋を経営していたからか、とにかく顔が広い。二人は昔からの知り合いのようで、近況などを話し合っている。


「また騎士団が活躍したそうじゃねぇか。新しい団長ってそんなに強いのか?」


「ああ、彼の実力は本物さ。彼のおかげで命が救われた団員も多いと聞くね」


「へぇ〜! お前がそこまで評価するなんてなぁ。こりゃあ、この国も安泰だ」


「……そうだと良いんだがね」


「なんでぇ。何か心配事でもあるのか? もしかしてプラトーノフみたいに瘴気溜まりが出来たんじゃねぇだろうな?」


「それがなぁ……まあ、どうせすぐ噂は広まるだろうから言うが、どうやらフロレンティーナ王女殿下が病に臥せられているらしい」


 ロルフさんの会話を小耳に挟んだ私はギョッとする。フロレンティーナ王女は『王国の華』と称されるほど美しい王女だと評判で、心優しい気性も相まって王国内の人気はとても高い。

 そんな方だから、他国の王子や貴族からも求婚者が相次いでいるのだという。


(何のご病気なんだろう……? 早く良くなられるといいけれど)


 王女様を心配しつつ、お祝いの花束を仕上げていく。予算をたくさん提示して貰ったので、かなりのボリュームになった。


「お待たせしました。ロルフさんのお花はこちらで、お客様の花束はこちらになります。こんな感じで宜しいでしょうか?」


「おお! さすがはアンちゃんだ! これでむさ苦しい宿屋が華やかになるよ!」


「これは素晴らしい。あの予算でこんな立派な花束を作って貰えるとは驚いた」


 私が作った花を見た二人がとても喜んでくれる。その笑顔に私も嬉しくなる。


「でも、いつもより花が多くねぇか?」


 さすが自身も経営者だけあって、ロルフさんに一目でおまけしたことを見抜かれてしまう。


「お客様を紹介してくれたお礼! また宣伝してくれると嬉しいな!」


「ははは! アンちゃんは抜かりねぇな! よし、宣伝は任せとけ!」


「私の方でもこのお店を宣伝しておきましょう」


「本当ですか?! 有難うございます!」


 ロルフさんのお知り合い──フィリベルトさんも花束を見て満足してくれたのか、また花が必要になった時は私のお店に注文してくれると言ってくれた。


 私は紹介してくれる人達の好意に応えるためにも、この仕事に全力で取り組もうと決意する。




 * * * * * *




 お店で花の様子を確認していると、お店のベルが鳴ってお客さんが来たことを告げる。


「いらっしゃいませ!」


 私はいつものように笑顔を浮かべ、元気よく扉の方へ振り向いた。するとそこには騎士服を着た、背の高い男の人が立っている。


(うわ〜! 凄く格好良い人だなぁ。眼福〜!)


 お店に来た人は、眉目秀麗な美男子で凛とした雰囲気を纏っていた。

 彼の背後に一瞬、花が咲き乱れている幻を見たけれど、それはここが花屋だからと言うわけではないと思う。


「何をお探しですか?」


 私は店内を見渡す美男子に、恐る恐る声を掛けた。同じ騎士団員でもヴェルナーさんとは正反対の雰囲気を持っているので、思わず緊張してしまう。


「……ああ、花束をお願いしたい」


 あまり花屋に来たことがないのか、言葉少なめに言う美男子に、花束の用途や贈る相手のことを質問する。


「えっと、贈られるお相手は女性でしょうか?」


「……若い女性だ」


「用途は何でしょう? お祝いですか?」


「お見舞いだが……そんなに詳しく話さなければならないのか?」


 私の質問に美男子さんは少し困惑しているようだ。その様子に、花束を贈りなれていないんだろうな、と思い至る。


「申し訳ありません。贈る相手や用途によって選ぶ花が違ってくるんです。例えば、病気の方に花粉が多い花を贈るのは避けないといけませんし、好みにもよりますが白い花や青い花でまとめると誤解されてしまうかもしれませんので」


 実際、鮮やかで見栄えが良いリーリエの花も、「やく」と呼ばれる花粉袋がついていて、十分に成熟するとやくが破れて、たくさんの花粉が出てきてしまう。

 お店で咲いている花に付いたものなら私が取っておくけれど、蕾が咲いた場合は贈った相手に取って貰わないといけないのだ。


「なるほど。用途によって花が変わるとは知らなかった。無礼な態度を取って申し訳ない」


 美男子さんが私に謝罪するけれど、突然頭を下げられた私は大慌てしてしまう。

 



* * * * * *



お読みいただきありがとうございました!(*´艸`*)


しばらくは毎日更新しますので、よろしくお願いします。( ´ ▽ ` )ノ


❀花の名前解説❀

リーリエ→ユリ

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