15話 決戦前夜


 最近、絢音の様子がおかしい。


 いつも疲れ気味な様子で、俺が練習から帰って来ると先にベッドで寝てる事が多い……。


 天皇杯2回戦が週末にある事もあり、キツい練習ばかりで、家事を絢音に任せる事が多くなってしまっていたから、それが原因かもしれない。


「あ、絢音」

「ん? どしたの?」


 夕食後、二人でお茶を飲みながらテレビを見ていた時、俺は思い切って聞いてみる事にした。


「最近、疲れた顔してるから心配でさ」


 それを聞いた絢音は、小さく笑いながら、俺の膝に座って来た。

 絢音の短い髪が俺の顎に少し触れて、くすぐったい。


「じゃあギュッてしてくれたら、疲れが吹っ飛ぶかもねっ」

「い、いや、俺は真剣に聞いて」

「あたしも真剣だから。ほらさっさとする」


 絢音は俺の腕を掴んで引っ張る。

 し、仕方ない、とりあえずやるか……。


「祐太郎が頑張ってるんだもん……あたしも頑張りたいの」

「絢音……」


 俺は、何やってんだ。

 絢音の好意に甘えて、絢音に頼りっきりになってるなんて、男としてダメだ。


「ごめんな」

「え? なんで謝るの?」

「家事とか、任せっきりになってたから」

「任せっきりって、あたしが勝手にやってる事なんだし気にしなくても」

「ダメだ。ほら今から風呂洗って来る。待っててくれ」


 膝に座っていた絢音を退けて、俺が風呂場に向かおうとすると、咄嗟に絢音が俺の手を掴んだ。

 どうしたのかと思ったが、絢音は3回、ギュッギュッギュッと俺の手を強く握った。


「お、お風呂よりも……今夜も……ね?」

「お……おう」


 俺と絢音が手を握った時、その握り方で伝わるとある合図。

 その夜は——お互いの疲れを癒した。


 ✳︎✳︎


 ——深夜。

 練習の疲れもあってか、先に寝てしまった祐太郎の顔を見ながら、あたしはパジャマに着替えて彼の隣に寝る。


 心配、させちゃったかな。


 あれからあたしは坂木さんの会社に通うようになり、様々な刺激を貰うようになった。

 楽しいけど大変な事も多いから、それが顔に出ちゃってたのかもしれない。


 祐太郎は阿崎とベランダで電話してる時、海外よりまずは日本で頑張るって言ってた。

 だからその間は、あたしも日本で頑張らないと……。


「……祐太郎っ」


 あたしは祐太郎の名前を呟きながら、最後にこっそりキスして瞳を閉じた。




 ——そして天皇杯2回戦を迎える。




———

この作品が、2月より創刊されたPASH!文庫より書籍化します!

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