44話 阿崎へアシストとデート


 ドリンクバー付きランチセットの藍原さんと、ドリンクバーだけのあたしは2人で飲み物を取りに来た。


 普通の食事だとマスク外さないといけないし、飲み物だけならマスクの下からストローで飲める。完璧な立ち回りだよね。


「わたしコーンスープ欲しいから、佐々木ちゃんは先に戻ってて」

「うん」


 藍原さんはドリンクを入れた後にコーンスープの列に並んだので、あたしは烏龍茶を注いで席に戻った。


「あれ?」


 席に戻るとテーブルにはモジャモジャしか居なかった。

 モジャモジャはスマホをタプタプ触りながらお冷で唇を潤している。


 こいつと2人とか、最悪なんだけど……。


「ねぇ槇島は?」

「ん? 槇島なら顔真っ赤にしながら頭を冷やすって言ってどっか行った」

「ふーん」


 もしかしてさっき悪戯が効いたとか?

 ちょっとくすぐっただけなのに……変なの。


「ねー笹熊さん」


 スマホから顔を上げたモジャモジャは、あたしに声をかけてくる。


「持って来たの烏龍茶だけ? 意外と健康思考なん?」


 あたしはもじゃもじゃの話を無視してソファに座る。

 まともに耳を傾けたら負け。こいつ苦手なタイプだし、うざいし、もじゃいし……。

 一対一になった途端、モジャモジャはこっちをジロジロと見てくる。


「ふーん、へぇ、はぉー」


 もう最悪……助けて槇島。


「よく見たら佐々倉ささくらさんも可愛いじゃん。藍原さんの次の次くらいに」

「……うっざ」

篠野原ささのはらさんさぁ、この前の合コン槇島と抜け出してたよね? ぶっちゃけ槇島のこと好きなん?」

「……別に」

「やっぱ好きなのかぁー」

「す、好きとかじゃ!」

「うんうん、わかるぜ。槇島って顔良い割に女遊びとか知らねーし、優男やさおだもんなぁ」


 ……まぁ言ってることは間違ってないけど。

 モジャモジャは水をグビっと飲み干すと、テーブルにスマホを置く。


「最近の槇島さー、天皇杯出る! とか、言ってやる気に満ちてるし、とにかくモチベーション高いんだよ。ありゃ篠野原さん効果だな」

「……っあ、当たり前! 槇島はあたしがいないとダメダメだし!」

「そうそう。だからさー、もっと槇島のそばにいて、いっぱい褒めてやって。あいつ、実力の割に自己肯定感とか足りてないし、佐々木さんから褒められたら、流石の槇島も自信が持てると思うからさ。これからも頼むよ」


 モジャモジャは、さっきまでの気持ち悪い口調から普通の口調に変えながら言った。

 ただのキモ男だと思ってたけど、槇島の話になると意外と友達想いなのがよく分かる。


「そうだっ! いつもうちの槇島がお世話になってるから、お礼にコレをあげよう」


 阿崎は財布から2枚のチケットを取り出すとテーブルの上に置いた。


「SNSで知り合った千葉の子と昨日パk——仲良くした時に渡そうと思ったんだけど、やることだけやったら塩対応されちまって」

「これ、何のチケット?」

「千葉の水族館。合宿が明日の午前中で終わりだからその後行こうと思ったんだけど……槇島と佐々木さんで行って来な」

「いいの?」

「その代わり……この後メシが来たら槇島が変なこと言いだすかもしれないけどスルーしろ」

「スルー?」

「あーゆーおけい?」

「お、おけい……」


 やっぱ訳わかんないやこいつ。

 あたしはチケットを受け取ってバッグの中にしまった。

 ちょうどそのタイミングで、コーンスープのカップと飲み物を持った藍原さんが戻って来た。


「ごめんね、遅くなって。コーンスープ好きで……ってあれ? 槇島くんは?」

「あぁ、槇島の野郎なら外に行ったよ」

「外?」

「飯の前に運動したいんだと。店の前で走ってると思うぜ」

「なにその武●壮みたいな儀式」


 しばらくして、いつもの顔に戻った槇島が帰ってくる。


「ただいま……」


 やけにあたしの方を睨んでくるのはイタズラしたことに対する怒りだろうか。

 なによ。ちょっと揶揄ってあげようと思っただけなのに。


「槇島くん、ちゃんと整った? ご飯食べれそう?」

「整う? なんのことだ?」


 あたしは烏龍茶を飲みながら前に座った槇島を見る。

 チケット、いつ渡そう。

 水族館とか、今まで行ったどこよりもカップルっぽいし、その場の雰囲気でもっと進んだことしちゃったり〜。


 そんなことを考えていたら、ウェイトレスが料理を運んできた。


「お待たせ致しました」


 あ、そういえばさっきモジャモジャが「槇島が変なこと言う」とかなんとか……。


「あっ! 藍原! あの、さ」


 突然、槇島は震えた声で藍原さんに声をかける。


「どうしたの?」

「阿崎の奴が……試合で転んだ時に手を捻ったらしくて、食べさせて欲しいとか言ってるんだが」


 なるほど。それであたしにスルーしろと。

 慌てながら喋る槇島の横で、阿崎はニヤッと口角を上げる。

 やっぱこいつ……最低。

 藍原さん、どうするんだろ。


「へぇー。それなら槇島くんが食べさせてあげればいいんじゃない? 近いし」

「「え」」


 藍原さんはいつもと違う冷ややかな笑みで目の前の男2人にカウンターを喰らわせた。


「佐々木ちゃんもそう思うよね?」


 藍原さんの(おそらく怒ってる)笑顔がこちらに向けられる。


「思うよね?」

「う……うん」

「おい佐々木ぃ!」

「はい槇島くん、フォークだよ」


 藍原さんは目の前のフォークケースからフォークを一本取り出して槇島に渡す。


「い、いくぞ阿崎」

「……こい、槇島」


 男2人の食べさせっこを見せられながら、あたしは烏龍茶を口にした。


 ちょっとだけ……羨ましかった。

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