第3話 Dパート~胸~

「……ッ! 現れたわね」

 瞬間、溢れる光。その中から現れた僕ら・レグルス・フィーネを迎えたのは……豹型の、ラスタ・レルラだった。

「準備完了のようね……それじゃ早速はじめましょう♪」

 そして、構えを取る。僕たちも戦闘のために、相手に備える。

 刹那……相手は視界から消えた。

「ッ!」

 ヒュゥッ!

 僕はハツネさんと繋がれた感覚器から辛うじて右から来ることを感知し、頭を倒して避ける。

 刹那、耳元に相手の蹴りの風圧を感じる。

「やるわね、でもこれからよッ!」

 そのまま拳で攻撃、さらにこちらから一歩下がった時に上半身を倒し腕で体を支え開脚、そして地面についた片腕を軸に駒のように回転蹴りを繰り出すッ!

「ぐっ……!?」

 間一髪それを避けたが、その瞬間腕をばねにスプリング、華麗に地面へ着地すると息する間もなく拳の連撃を繰り出してくる。

 最後には胴体へ向かって放たれるミドルキックも加えられ、僕たちは何とかそれを受け流すも防戦一方を強いられていた。

「軽い……なんて攻撃だ!」

「――惑わされちゃダメです。冷静に」

「わ、わかった……うわッ!?」

「油断しちゃダメだってっ!」

 さらにそのまま顎へ向かっての蹴りをしてくる。僕らはさらに一歩下がるしかない。反撃の隙さえ与えられなかった。

「く……っ!」

 このままではダメだと思った僕は後ろへ大きく後退。街の郊外へと出たところで構え直し、足を強く踏み込む――

「ッ!」

 ダメだ、この手は。

 瞬間、相手の豪快なスライディングキックが鎌のように足元へ飛んでくる。それを間一髪知覚した僕は後ろへバック転、そして意趣返しを言わんばかりにそのまま体をねじって回転蹴りを食らわせたッ!

 ヒュッ!

「おっと、危ない危ない……う~ん、カウンターの気はなかったと思うんだけどねぇ。ま、でも次は気を付ければいいかな」

「……ッ」

 いったん後ろに下がって避けたため、お互いの間に距離が開く。その間相手は最初と同じ緩い構えを取るが、隙がない。次の手が浮かばなかった。

 今までと、全然違う。

 昨日の相手も強かった。けれど、それはトリッキーな手も絡められたからだと思う。今回の相手は違った。純粋に格闘能力が高い。縦横無尽な、まるで一流のムエタイ選手と向かい合ってるような恐怖が、僕に襲いかかる。

「……ッ、ふぅ……ッ!」

 ダメだ、戸惑うな。今の僕にはハツネさんがついている。『鋼衣』はないけど、それでも全く戦えないわけじゃない。

 そう、相手が何か隠してる以外は……

「それじゃ、そろそろこっちも本気出そっか……来て、『鋼衣』」

「ッ!!!」

 瞬間、空から光が落ちてきた。まるで流星のように輝くそれは敵のラスタ・レルラの元へ落ち……

「フゥ……ッ!」

 敵の生物的でしなやかな身体に、まるで悪魔のような禍々しいシルエットをしたドレスを被さった。

「そういえばまだ名乗ってなかったわね…… 星団第5師団師団長・ゾルレナス星のリアナ、皇帝陛下より賜りしこの『鋼衣』で、あなたたちの相手をさせてもらうわ」

「ッ!!!」

 その時、ハツネさんが驚愕し……彼女と思考共有してた僕も同時に戦慄する。

 『鋼衣』とは、セレーラ星の技術の粋を集めて生み出され、上位の者にしか与えられない特別武装……それを現在得ているのは5人の師団長だけだという。

 そしてその師団長は、皇帝直轄の部隊……つまり、皇帝直属の部隊の次に強い部隊なのだ。

「嘘……だろ……ッ!」

 つまりそれは……敵の大幹部クラス、最強の一角だということ……ッ!

「はあぁッ!」

「ッ!」

 僕は反射的に横へ飛び除ける。瞬間……

 ドゴオオオオオォォォォォッ!!!

 僕の身体の横を、大きな砲弾のような衝撃波が通り抜けていった。

 ……海に穴が空いた。

 僕は腰が抜けてしまう。振り向かなくてもわかる。こんな攻撃を食らっては一溜まりもない……そうわかるほどの威力だった。

 僕の額に冷や汗が流れ、同時に恐怖が湧き上がってくる。

「さ、どうするぅ、姫様ぁ……今あんたが投降すればぁ、多分命までは取られないよー?」

「ッ!!!」

「てかさ、なんでそこまで抵抗するわけ? あんたの『貴重』さは母星の奴らこそちゃんと理解してるじゃん。そこの鋼姫がちゃんとあいつらの言うことに従えばきっと不自由な生活はせずに済む。むしろ、ウチらよりも待遇いいかもしれないじゃん。だからさ、大人しくこっちに来ようよ」

 彼女の目を見た時、僕は直観する。

 これは悪意のこもった目じゃない。ちゃんと対等な立場から見た、建設的な意見だ。

 もしかしたら、敵と戦わずに済むかもしれない……そう思った僕を、ハツネさんは見えない冷たい視線で軽蔑した。

「……断ります」

「は、なんで?」

「今、あなたは一つの街を破壊する力を持っています……それがどれだけ強大な力かわかってますか? もしあれが街に当たれば、何百何千人という人々の命が失われる……そんな力を、あなたはいとも簡単に振るったのです」

「ッ……!」

 その言葉に、僕はハッとした。

「あー、えっと、それは威力示威行為というか……」

「私はあなたたちを許さない。あんなにも強大な力で命を犠牲にするから。待遇のいい生活とやらのために、簡単に周囲を犠牲にするから……だから私は、あなたたちを許せない……ッ!」

 ハツネさんの言葉は、僕にも語り掛けているように感じた。その言葉の力強さに、僕は自分の弱さを恥じた。

 僕は恐怖心に敗けてラスタ・レルラの目的を忘れそうになってしまった。彼女らの目的は地球侵略。例え甘い言葉を使っても、その実態はこの星の支配なのだ。そんな敵の言葉に惑わされそうになってしまった自分が恥ずかしく思えた。

 そしてそんな僕の羞恥と裏腹に、敵のラスタ・レルラはハツネさんへの殺気を増させる。

「……どうやら話が通じないみたいだね、お姫様」

 リアナは、またも構えを取った。その所作には……さきほどまでにはなかった、刺々しい空気が纏われている。

「あんたさ、やっぱりいいとこのお姫様だわ……飢える苦しみも知らない、温室育ちのねッ!」

 そして、こちらを一心に睨みつけてきたッ!

 まずい。このままじゃやられる……そう思った瞬間だった。

「勇君ッ! ドラピアのメンテナンスが終わったわ!」

 梶野さんから、通信が入る。そしてそれは、朗報以外の何物でもなかった。

「でも、どうしてそんな早く……」

「全メンテナンスリソースをドラピアにだけ注ぎこんだのッ! これで最低限の武器は確保できたでしょう!」

 確かにドラピアがあれば武器は手に出来る。

 だが、それだけで敵を倒すことは……

「……ッ!」

 その時、僕は作戦を思いついた。

「いや、ある……一つだけ」

 それは、外道の作戦。人として超えてはいけない一線を越える卑劣な手。

 だが……それをせずに負けたら、ハツネさんの想いも全部無駄になる。

 ハツネさんが何故あんなことを言ったのか、よくはわからない。でも、あの言葉が彼女の正義感から来た言葉なのは間違いない……ならば、今はハツネさんを信じたい。何としても、ハツネさんを勝たせたい。

 そう思った瞬間……僕の中の恐怖心は消えた。

「梶野さんッ! 僕が合図したら武器を射出して下さい! よろしくお願いします!」

「何か思いついたのね! ええ、わかったわ!」

「ッ――本当に、これを実行するのですか?」

 僕の思考を読み取ったハツネさんが少し抗議の声を上げる。

 流石にこんな卑怯な手を使いたくないのだろう。

「でも、今はこれしかないんだ、頼む……!」

 そう強くお願いすると、ハツネさんは嫌そうな顔をしてなんとか折れてくれた。

「――わかりました。ですが私としては反対です――絶対に」

 不機嫌そうな声と共に……。

「さぁ、行くよッ! あんたの首、ちゃんと母星に届けてあげるからね、お姫様ッ!」

 瞬間、敵は風になった。

 脚部に付けられた複数のブースターが彼女のダッシュ軌道を捻じ曲げる。

 まるで空を舞う蜂のように無軌道に走るラスタ・レルラに、僕らは構える場所を見つけられない……ッ!

「ほらほらほらッ! どうしたのどうしたのッ! さっきの生意気な口はどこ行ったのよッ!」

 全身に取り付けられたブースターを使い縦横無尽に僕らの周囲を駆けまわるラスタ・レルラ。

 こちらはその猛撃をハツネさんの感覚器を利用した反射行動で回避するので精一杯だった。

「ぐ……っ、まだだ、まだ……ッ!」

 だが、僕らは諦めなかった。絶対に来るはずの一瞬の隙を狙い、迫る拳を避けながら、なんとか敵の攻撃を捌いていく。

 そして……その一瞬は訪れたッ!

「ここだあぁッ!!!」

 蹴りの後の、身体が大きく旋回して姿勢が崩れる瞬間。この体勢を直してる間に向かい、僕らは拳を突き出した。

「甘いわッ!」

 だが相手も負けてなかった。

 豹型のラスタ・レルラは脚を折り曲げ旋回による時間ロスを最小限にする。そしてその勢いを保ったまま、上半身から拳を振り下ろすッ!

 ガァアアアアアアンッ!!!

 そして、拳と拳がぶつかりあうッ!

「ぐっ……!」

「まだまだぁッ!」

 そう敵が叫んだ瞬間、腕部についた『鋼衣』が展開しブースターが点火する。

 瞬間、拳にかかる圧力が、一気に増した。

「ぐっ、ぐぅうううぅぅ……ッ!」

 重い。

 ブースターの推力により圧力を増す敵の拳が、僕らを押しつぶそうとする。

「ぐッ……!」

 瞬間、レグルス・フィーネの身体が軋むのを感じる。堪える金属のベアリングが摩耗し、限界を迎えようとしている……ッ。

「ぐぅううう……、堪えろッ、ハツネさあぁぁん……ッ!!!」

 それでも、僕は叫んだ。

 逆転の一手を打つために……今全力で戦っている、ハツネさんへッ!

 グゥウゥウ、ウ、ウ、ウウ……グゥウウウッ!

「なッ……!?」

 刹那、推力を出してる最中の相手の拳が止まった。

 僕らは腕から足に掛けて、一本の軸を通す。

 腕から地球に掛けて……敵の攻撃の力を減殺する構えを取った。

 いくら強力な一撃だろうと……地球そのものは破壊出来ないッ!

「うおぉッ……おぉおおおおおおおおおおッ!!!」

 そして僕らは地面に強く足を踏ん張らせ……一気に相手の拳を押し返したッ!

 ガシャアアァァァンッ!!!

「がっ……嘘、まさか、押し敗けた……ッ!?」

「うおぉぉぉぉッ!!!」

 その隙を僕らは見逃さない。大きくのけぞった相手の身体の懐へと……レグルス・フィーネは飛び込んだッ!

「しまッ……!」

 瞬間、ラスタ・レルラの懐に入った僕らは……

 ぷにっ。

「……へっ?」

 もみもみ……

 敵の、胸を揉んだ。

「…………………………きゃ」

「きゃああああああああああああッ!?!!?」

 同時に、敵の叫び声が辺りに響く。

「ちょちょちょっとあんた!? い、一体何のつもり……」

「今だ、梶野さんッ!」

「え、えぇっ!? わ、わかったわ……ドラピア、射出!」

 瞬間、山影に隠れていたドラピアが飛び出す。

 ガチッ、シュゥウウウ……ッ!

 そしてその曲槍は、すぐに振りかぶっていた僕らの右腕へと装備される……ッ!

「ッ!? し、しまっ……」

 敵は体勢を立て直そうとするが、もう遅いッ!

「エネルギー、充填ッ! ……行くよッ、ハツネさんッ!」

 僕は右腕へと力を込める。狙いはラスタ・レルラの胸、コアのある部分……ッ!

「壊・核・摘・出……レグルス・アンカァアアアアアアアアアッ!」

 ズガシャアアアアアアアアアアッ!!!

 そして僕らは、ドラピアで敵の胸を貫く。

 ドラピアの突きがラスタ・レルラのコアへたどり着いた瞬間……その球体を、しっかりと曲槍のねじ曲がってる部分で挟みこんだッ!

「なっ、まさか……ッ!」

 そして僕らは、そのまま敵のコアを引き抜いたッ!

 ズリュリュ……ズシャアアアアアァァンッ!

「がは……ッ!」

 ラスタ・レルラが胸が破裂したような吐息を漏らす。

 それと同時に……その巨大な体が、胸の部分からどんどん崩壊していくのだった。

「がぁっ……う、嘘、嘘……そんな、ことぉ……ッ!」

 そしてラスタ・レルラは……僕らの背で、その体を光に変えた。

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