69.お祭り

 あっという間に日々は過ぎていって、明日で建国記念日を迎える。

 国の各地から沢山の人が王都にやってきて、とても賑やかになってきた。

 公爵邸の窓の外を見つめると、お祭りムードの王城が見える。

 綺麗なドレスに着替えをして、長く伸びた髪を結ぶ。


「今日は目一杯楽しもう」

「はい!」


 パレードでの演奏が明日にあるから、今日がお祭りを楽しめる最後の日だった。

 爽やかな笑顔を浮かべるベン様は私の手を握ると、優しくエスコートをするように前を歩く。

 

「段差に気を付けてくれ」


 ベン様は丁寧に私の手を引いて馬車に乗り込む。

 王都は沢山の人で埋め尽くされている。

 話し声があちこちから聞こえてきた。


「みんな元気そうですね」


 そんな様子を見ていると、私まで気分は上がってくる。

 どんな催しがあるのか楽しみ思って辺りを見渡すが、人が多過ぎて何があるのか全然見えない。


「どこも混んでる……」

「仕方ないさ」


 どこかに行ってみようと思っても、人が多過ぎる。

 しばらくの間何も出来ず、歩いているだけの時間を過ごしてしまう。


「お腹減りました……」

「少し並んでソーセージでも食べるか?」

「そうします」


 比較的空いている屋台にベン様と一緒に順番を待つ。

 ソーセージを焼いている美味しそうな匂いが鼻の奥をくすぐる。

 頭の中は完全に美味しい物を食べたい気分に支配されてしまう。


「やっとだ……」


 お腹の中が早く食べさせろと激しく主張をする。

 注文を終えて焼いている時間は余計に空腹を助長させた。


「美味しそう!」

「火傷しないように気を付けろよ」

「はい!」

 

 私はソーセージに向かって大きく口を開ける。

 一口噛むと熱々の肉汁が口の中に広がって、幸せな味がした。


「んん!」

「そんなに美味しいのか?」

「はい! もうすっごい美味しくて!」


 ベン様は辛口のソーセージを口に運ぶ。

 パリッと気持ちの良い音が響くと、ベン様は満足げな表情を浮かべる。

 

「祭り気分には最適だな」

「一口もらっても良いですか?」

「構わないが……」


 私はベン様の手に持つソーセージを噛みちぎった。

 熱々の肉汁と同時に辛い唐辛子の味が舌を強く刺激する。


「ん! 辛い! 辛い!」


 口の中は唐辛子の辛さのせいで痛い。


「水を飲むか?」


 私は水筒を手渡されると、慌てて蓋を開ける。

 そのまま、一気に飲み干す勢いで中身を口に流し込む。

 段々と辛さによる痛みは引いてきて、乱れた呼吸も正常に戻った。 


「大丈夫だったか?」

「ごめんなさい。折角一口もらったのに……」

「気にする必要はない」


 ベン様はそう言って辛いソーセージを口にする。


「良く食べれますね」

「慣れさ」

「私はずっと慣れる自信がないです」

「別に慣れる必要はないよ」


 優しく背中を撫でるベン様の手は大きくて温かい。

 

「こんな野蛮な料理を出して金すら取るのかしら!」


 ふと耳をつんざく様な怒鳴り声が響く。

 私は驚きで体を震わせて、声の方をジッと見つめる。


「どうしようどうしようどうしよう……」


 そこに立っていた実の姉を見て、一気に血の気が引いていく。

 

「大丈夫」


 ベン様は優しく私を抱きしめる。

 それでも、体の奥底に染み付いた恐怖は拭えない。


「一旦この場を離れよう」

「はい……」


 顔は真っ青に血が引いて、手には冷や汗が滲む。


「はぁ……はぁっ……」


 息が苦しくなって、心臓が自分のものじゃない様に強く暴れていた。

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