55.幸せ(ベン視点)
アイラが買い物に向かう様子を見届ける。
どんなものを買ってくるのか密かに楽しみに思いながら辺りを眺めていた。
「もうそろそろか」
出発時間10分前になっても帰ってくる様子はない。
少しだけ不安になったが、先に戻っているだろうと結論付ける。
「アイラはどうした?」
「全然見かけてないですけど……」
「本当か!?」
汽車の客室に戻ってもアイラの姿は見当たらない。
音楽団のメンバーに聞いても知らないと言われてしまう。
「まもなく発射します」
アナウンスが車内に流れると、咄嗟に降車する。
周りのメンバーが驚く表情を浮かべた。
「すまない。王都に着いたらそのまま解散してくれ!」
「わかりました! 無事に見つかることを祈っています!」
「あぁ! 助かる!」
窓から顔を覗かせる音楽団員は親指を立てて俺を激励する。
ありがたく思いながらも、頭の中は焦燥が広がっていく。
「不味い……」
こんな状況だと、嫌な想像を無意識にしてしまう。
ただ、一番不安なのはアイラだと言い聞かせて、無理矢理に頬を吊り上げた。
「いかんな」
アイラとの日々が走馬灯のように頭の中を過ぎる。
どこまでも真っ直ぐで純粋な目をしているアイラを見ていると、俺は無意識に幸せな気分になっていた。
「絶対に一緒に帰る」
駅を全速力で駆け抜ける。
呼吸はどんどん荒くなっても尚、足は止まらない。
どれ位時間が経ったのか分からないが、全然見つからないと焦りばかりが募ってしまう。
「うぅ……」
そんな中でアイラが泣きながら蹲っている姿を見かける。
ようやく見つかったとホッと息を吐くと、すぐに大切なアイラの元へ駆け寄った。
「ベン様、夢かな?」
涙を浮かべる目を擦って、俺を見つめるアイラの手を優しく握る。
顔を上げるアイラの表情は少しだけ緩む。
「大丈夫さ。君を不幸にすることはない」
「良かった……」
アイラは涙を完全に拭えていないが、それでも笑顔を浮かべた。
「ごめんなさい。迷子になっちゃって……」
目を俯けて落ち込むアイラの頭を優しく撫でる。
「でも、ベン様が駆けつけてくれて良かったです」
アイラは俺の服を強く掴むと、寂しかったと主張するように抱きつく。
「本当に無事で良かった……」
アイラの華奢な体を守るように抱き返す。
俺は夫婦としての義務ではなく、心からアイラを愛している。
きっと過去の俺では予想もしなかった変化に笑みを溢す。
「公爵家に戻ろう」
「はい!」
俺は別の列車の席を取って、アイラとベンチに座る。
汽車が来るまでの間にお菓子を一緒に食べながら待つ。
アイラと過ごす何気ない時間はとても幸せに感じた。
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