第21話 パナピーアと四人の貴公子

 ひとりで騒ぐパナピーアは、ジョナサンがさっさと縛り上げ猿ぐつわを咬ましたところで静かになった。

 そこへ誰かがやってきて扉から顔を覗かせる。



「あれ? もう終わったんですか? ボクなんにもしてないんですけど……」

「あぁ、セドリック。残念だったな」

ねぇ~ん~助けて~んんんん~セドリックんんんっん!」



 セドリックの登場にパナピーアが暴れ出した。

 しかし助けてくれるわけはなく、代わりにさげすんだ目でにらまれただけだ。

 その冷ややかな視線にパナピーアが萎縮いしゅくする。



 え? なんで?

 セドリックって春の陽だまりみたいにほんわかした、わんこ系美少年よね?

 なのに何でこんな怖いの?



 ゲーム内でのセドリックの設定は、ヒロインに懐く可愛い後輩であり癒し担当である。


 彼の立ち絵でもスチルでも、表情の分かるもので笑顔でないものは一つも無く、先ほどの渡り廊下でも笑っていたはずだ。

 まぁ、先ほどの笑顔はすべて偽物なのだが、パナピーアには区別がつかなかったのだから仕方ない。


 そして今、ほぼ初めて見るセドリックの不機嫌な表情は、あろう事かヒロインであるパナピーアに向けられている。

 彼女にしてみれば天地がひっくり返ったくらいの驚きだった。



「で、セドリックが見たっていう女は、コイツで間違いないか?」



 エドウィンに問われて初めてまともにパナピーアを視界に入れた。

 渡り廊下では髪色と言動で判別できていたので、あえてよく顔を見たいとは思ってなかった。

 仕方ないのでしゃがんで顔をよく見る。

 確かに間違いなさそうだ。



「名前もパナピーアだし間違いないと思うな」

「んんん~! ゔゔゔ〜! ぶぶぶ~!」

「なんか騒いでるね」



 ゲテモノでも見るようにして上から覗き込むセドリックに、パナピーアが涙目で訴える。



「んんー! んぐ~!」

「ごめん。ちょっと何言ってるか分かんないや」

「セドリック、そんなのに構わなくて良いですよ。どうせろくなこと言ってないんですから放っておきなさい」

「はーい」



 セドリックは素直に飛び退きアンセムの隣に立った。



「ジョナサン、連れて行ってくれ」

「はい」



 エドウィンが許可するとすぐに屈強な騎士が室内に入り、手足を縛られ芋虫のようにクネクネしていたパナピーアを担ぎ上げる。



「んんん! うぐうぐ〜! ムムムムム!」



 陸に上げられた魚のような彼女がなにか言っても誰も向きもしない。

 パナピーアはあっという間に廊下に出され、ドアが閉まった。



「むむ……ううう……」



 ドスッ!



「うげ!」



 廊下に静寂が戻った。


 明らかに何か異変が起きただろうに、エドウィンは何事も無かったようにジョナサンに話しかける。



「ならばこれをもって近衛に引き継ぎとする……それで問題は起きそうか?」

「念のため、魔力封じのかせをして行きますので、大丈夫でしょう」


「セドリックはどう思う?」

「うーん。心配するとしたら、これだけ予知夢と違う展開になっちゃってますからねぇ。あの予知夢の内容が役に立たなくなるって事くらいかな?」



 エドウィンに困った顔を向けるセドリックは、先ほどとは打って変わって大変可愛らしい。

 その笑顔は仏頂面が標準装備のジョナサンでさえ微笑むほどで、彼は機嫌良さそうに部屋を後にした。



「おいおい、予知夢を見た本人がそんなじゃ困るだろうが」

「でもボク、こんなに変えちゃうなんて知らなかったしぃ~」

「まぁ、そう言うな。私もあそこまで頭がおかしい女とは思っていなくてな」

「まさか、初めからアデリアーナ様に危害を加えるとは……想定外でした」



 セドリックを除く三人が苦笑にがわらいした。


 実は、最初に今回の騒動の予兆を感じ取ったのは、アデリアーナの義弟セドリックだったのだ。

 彼もまた、一族に伝わる予知夢の継承者だった。


 それによってもたらされた夢の内容は、今日アデリアーナが見たものより酷い内容だった。

 なんと、ここに集まった四人の他にも教師一人と闇ギルドの青年が関わり、アデリアーナはすべての元凶として裁かれるというもの。


 アデリアーナは脱走不可能な修道院という牢獄に入れられ、冤罪を被ったまま激しいいじめに遭い死亡。


 その後、攻略対象者たちの間でパナピーアを巡って諍いが起き、その足の引っ張り合いの最中にアデリアーナが冤罪だったとの証拠が出てくるのだ。


 アデリアーナを信じず、自分たちの感情のまま断罪してしまった者は苦しみ、一生消えることの無い後悔を抱え僻地へきち国益こくえきのためだけに生かされる。


 そしてアデリアーナをいじめ殺した本当の犯人は、既にパナピーアの父により抹殺されていることから、彼女は実家の男爵家もろとも断頭台にのぼる事になる。


 でもこれで誰も徳をしたものはなく、なぜこんな事件が起きたのか事実は分かってもパナピーアが何をしたかったのか、理解できるものはいなかった。



「さすがにアレは無い。セドリックからその話を聞いた時は背筋が凍ったよ」



 エドウィンはユルユルと首を振って否定する。

 その横でアンセムとガイウスは深く頷いていた。



「しかしあの女に俺たちが夢中になるって……いったい何があったらそんなふうになるんだか……」

「私もそうは思ったが、セドリックの一族の予知夢は当たるからな。実際にあの女に会って、心が動かないと確かめるまで落ち着かなかったからね」



 ガイウスの気持ちも分かるとエドウィンが同意する。



「それを調べるためにわざわさ手間ひまかけて生捕りにしたのですから。これから厳しく取り調べて明らかになるでしょう」

「そうだな。まぁ、未遂に終わって良かったよ。これで私はアデリアーナとの平和な未来が過ごせる」



 アンセムの言う取り調べが生易しいものでは無いだろう事は、その声音と目付きが物語っていた。

 きっと現実のパナピーアにも明るい未来は訪れないに違いない。



「今回はボクのお手柄って事で、次の夜会はボクが義姉上あねうえをエスコートして良いですよね?」

「は? アデリアーナは私の婚約者だよ? 私が出る夜会は私がエスコートするに決まっているだろう?」

「えぇっ! 約束しましたよね?」

「そうだったかな? でも私だって彼女に惑わされたりしないと証明できただろ? だから私が出られない夜会ならセドリックに任せるけど、それ以外は譲れないなぁ」



 大人気ないエドウィンの発言にセドリックが怒りを現す。



「ふーん。そんなこと言うんですね? ボクはあのまま黙っていて、殿下が捨てた義姉上あねうえをボクが慰めて手に入れたって良かったんです。今後義姉上あねうえに関する予知夢を見ても殿下には教えませんからね」



 セドリックがフンと横を向いた。



「……それは困る」



 エドウィンはすぐに白旗を上げる。

 彼らの中ではアデリアーナに危険が及ばない事が最優先なのだ。

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