第2話 いざ学園へ

「……お嬢様、お嬢様」



 馴染みのある声にアデリアーナはハッとした。


 最初に目に入ったのは、爪までよく手入れされた自分の手。

 真新しい紺の制服。

 どうして?



「ここは?」



 不自然にならないように周囲を見回せば、そこは豪奢ゴウシャな馬車の中だった。


 自分は夢を見ていたのだろうか? と首を傾げる。

 でも夢にしてはリアル過ぎた。

 まるで自分が過去に体験したことを夢でもう一度追体験ついたいけんしたような……そんな感覚。


 もしかして予知夢?


 アデリアーナの家系では、ごく稀に未来を夢で見る事のできる者が生まれる。

 普通の夢と予知夢の違いは、明晰夢めいせきむと同じように信じられないほど細部まではっきりしている点だった。


 今回アデリアーナの見た夢はそれに該当すると思う。

 だとしたら、これから先に夢で見たのと同じ事が現実に起こる……その可能性は極めて高い。


 当たり前だが、アデリアーナはそんな未来に進みたくはない。

 予知夢って回避できたかしら?


 あれこれ考えているうちに馬車の速度が下がっていく。



「お嬢様、もうすぐ学園に着きますよ?」

「え? もう?」

「あら、うたた寝してたんですね? もしかして寝不足ですか? 入学式、楽しみにしていらしたから……」

「入学式? 今日が?」

「お嬢様。まだ寝ぼけていらっしゃるんですか?」

「え? あぁ、いえ、大丈夫。目は覚めています」



 レディメイドと話しているうちに段々と意識がはっきりしてきた。

 そしてあの予知夢は未来に起こるかもしれない出来事だと……。

 この瞬間、不自然としか思えないほど唐突にアドリアーナは理解した。


 あれはアデリアーナが今のまま生活していった場合に訪れる未来。


 あの断罪劇のあと、アデリアーナは身に覚えのない罪を着せられて修道院行きを命じられる。

 そしてそこで壮絶ないじめを受けて命を落としてしまう。


 夢の中では実行した人物に嫌われていると思っていた。

 でも今なら分かる。

 証拠なんてないが、きっとあれはパナピーアの心棒者が手を回していたんだと。

 あの時国内にと嘆願した理由も、国外では酷い仕打ちの指示も、その様子の報告も大変になる……だから国内にこだわったのだろうと。


 でもわたくしは今、生きている……。


 あの断罪はまだ起きてはいない。

 なぜか分からないが、予知夢で事前に知る事ができたのだ。

 この先の危険を取り除けるかもしれないのだから、これを生かさない手は無いだろう。


 アデリアーナは密かに未来を回避すると決意した。



「お嬢様? 具合が悪いのですか? それなら引き返して──」

「いいえ、とんでもな……だ、大丈夫よ。このまま行ってちょうだい」



 いま帰られたら困ってしまう。

 何故ならあの予知夢では、入学式の日はとても重要な出来事がたくさん起きるからだ。

 入学初日にパナピーアは、アデリアーナを断罪した四人に出会う。

 もしアデリアーナが予知夢と違う行動をしてこの出会いを変えたらどうなるだろう。


 未来が変わって予測ができなくなってしまう?

 それとも強制力のようなもので修復されてしまう?


 もし夢の出来事を回避して、その後が変わってしまうのも予測が難しくなって厄介かもしれない。

 だけど今日の出会いを『出会わなく』してしまうだけならそんなにリスクは高くないのではないだろうか。

 何故ならきっと、別の時に違う形で出会うだけだから。

 それなら改変できるのかも、修正が起こるのかも確かめられる。

 しかもまったく知らない展開になっても、ほかの出来事よりは予測や対処がし易い。


 これは最初に回避を試してみるほうが安全なのでは?


 そう考えたアデリアーナは、早速一番最初に起きるであろう出来事の回避方法を探るのだった。

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