離婚しようですって?

宮野 楓

離婚しようですって?

 

「離婚しよう」


 ある日、旦那はそう言った。まぁいつか言うだろうな、と思っていたが、まぁ予想よりは早かった。

 だがある程度証拠は手の内にあるので、まぁいいか、という展開でもある。


「何故?」


 私はソファに座り、ティータイム中だったのに、何故、こんなお昼時に騎士団の仕事を抜けてきただろう時に、慌てて言うのだろうと思った。

 恐らく理由も検討はついてはいるのだが、さて本人は本当の事を口にするのか否か。

 私の中で離婚はもうしてもよいと思っている。後は慰謝料や、私の今後だ。今後については決め手はあるのだが、旦那がどういうのか。それ次第で少し動きは変わる。

 十年。十年も夫婦を続けてきた。子どももいる。旦那は入り婿で、私が女伯爵。はて、旦那はどうするのだろうかとも思う。


「……君に愛想がつきたんだ」


「それが仕事を抜け出して離婚を突きつける理由ですか?」


 出てきたのは嘘だった。

 嘘にしてはお粗末な事、この上ないがそれでもマシな嘘が付けないモノなのか?


「俺の彼女に子どもが……出来たんだ」


 少しの沈黙の後、本当の事が出てきた。予想通りの内容だったが。


「そう。で、私や息子を捨てると?」


「彼女には頼れる人がいないんだ」


「だから? 私や息子は頼れる人がいるから、捨てても大丈夫だと?」


「そうは言ってない。そうは言ってないんだが……」


「そう言ってるのよ」


 旦那は少し押し黙った後、責める方向を変えてきた。


「お前と俺には愛がないじゃないか。こんなの結婚と呼べるのか?」


「結婚とは契約です。契約を結んだのだから、結婚と呼べます」


「家に帰っても安らぎもない」


「深夜に帰ってきて、早朝に出ていく方に言われてもね」


「お前は俺を愛しているのか?」


「先ほどから、愛、愛、と。十年も一緒にいるのですから、それなりに情はありますよ」


「感じ取れないんだよ!」


 愛の為に家族を捨てる旦那に言われても、響くモノはない。

 単純に、あぁこの人は私に責任を押し付けて離婚したいんだ、という事だけ分かる。

 本当に屑だ。


「感じ取れないから、愛がないと?」


「感じ取れないんだから当然だ!」


「私も貴方から愛を感じませんけど」


「働いて、家を支えている俺に言うセリフか!」


「私が女伯爵。家を支えているのは、私です。貴方の収入は手を付けていませんよ」


 収入も私の方が遥かに上。普通に考えて、一介の騎士と女伯爵、どちらが家を支えているのか分かりそうなものなのに、ここまでアホだったとは。

 私は何で、こんなアホと結婚したのかと思うが、当時、私は父を早くに亡くし、母はとうに他界していたので、女伯爵として舐められない様にも結婚をする必要があった。

 未婚だと余計なハエが飛んできそうな事と、変な人と結婚したら伯爵家に問題を持ち込み兼ねない。

 色々考えた末、貴族ではない男を選んだ。離婚することになったとしても問題ないし、家がらみの余計な問題は起きない。伯爵家自体は安定しているので、余計なものがないのが最も重要な点であった。

 そこで親戚がもってきた縁談が、今の旦那。親戚は信用できる人で、余計なしがらみがないなら一般人はどうか、と言って紹介してくれ、私は即断した。

 まぁそこから十年も経っているのだ。親戚も旦那がこう変わるなんて思ってなかっただろう。もしかしたらアホなのは知っていたかもしれないが、アホの方が私の条件に当てはまっていると考えられたような気もする。ここまでアホでしたが。


「俺はお前に必要ないな」


「私には」


「じゃあ離婚してくれ」


「では慰謝料を」


「何でだよ! お前の方が稼いで、お前が家を支えているんだろ!」


「それと、貴方が不倫して相手に子どもまで孕ませて、私たちを捨てることは別問題です」


「だがお前だって俺と離婚したいんじゃないか?」


「いいえ。別に私に離婚する理由はありませんよ」


「は?」


 旦那には意外だったようで少し驚く。私は別に旦那が離婚と言い出すだろうな。別にしてもいいけどな。そう思っただけで、離婚をしたいとは思っていない。


「離婚をしたいのは、貴方でしょう?」


「お前だって、他の女がいる男の妻なんて嫌じゃないのか?」


「まぁ、別に。私たちには息子がいます。私に何かあっても、貴方が伯爵家を継ぐことはない。そして貴方とその女性も、伯爵家に対抗できるような力は無い。離婚って貴族にとっては面倒なことが多いのよ」


「感情はないのかよ!」


「ありますよ。だから慰謝料を支払って下さいな。手続きをするのもタダで、私だけが行うなんて理不尽でしょう? それに、私の子でもあるけれど貴方の子は、今、彼女が身ごもっている子どもだけではありませんよ」


 これで旦那に通じたかは怪しいが、是非通じてほしいと思う。

 私は、別に旦那と離婚してもいい。彼女の存在を知った時から考えてはいた。でも証拠も集めつつ、慰謝料を取れる準備や、この先の事も考えつつ、私から言い出さなかったのは、息子の存在だ。

 息子は旦那になついているとは言い難いが、でも、父親と言う存在が消える事。しかも他の女性との子どもをかわいがる姿を見た時、息子はどう思うのか。それだけが気がかりだった。

 だから旦那には息子の分、お金という形であろうと、きちんと反省を促すために慰謝料を取りたかった。変な話、二度ある頃は三度ある、という言葉もある。どうか、次の子どもにも同じことが降りかからないように、と願っての事でもある。

 引くつもりはない。私は確かに、旦那に情はあっても、離れてもいいと思っているからだ。


「いくら払えばいいんだ」


 私は事前に旦那に請求する額を決めていて、その金額を払って離婚が成立するという事が記された念書を出す。

 旦那はそれを見て、目を見開いた。


「こんなに出せるか!」


「妥当ですよ? 貴方の給料から毎月三割、三年間払い続ければいいのです」


「ふざけるな!」


「ふざけてません」


「俺には子供が出来るんだ」


「だから何度も言っているでしょう。貴方の子どもは一人じゃありません」


「だがこれだと暮らせるか……」


「一般的な庶民の暮らしの金額は残るはずですけど」


「俺は騎士だ」


「そのプライドを捨てる事ですね。それが呑めないなら離婚は無しです。どうぞ、今までのように彼女のもとへ通ってもいいです」


 私はお茶をすする。もう冷たくなってしまったではないか。

 折角、今日は仕事が空いたからのんびりと過ごせると思ったのに、残念だ。


「いつまでそこにいるつもりです? お仕事に戻ったらどうですか」


 お茶を入れなおしたいし、と思いつつ、それは口に出さない。

 さて、旦那はどちらを取るのだろうか。愛かお金か。


「念書は書く。お金も払う。……離婚してくれ」


「いいですよ。きちんと王宮へこの念書は提出し、離婚の手続きに入ります」


 愛を取った旦那に、私は淡々と告げた。

 旦那は私と息子を捨てた。この会話の中で、私や息子へ謝罪が一切ない。受け取れるものだけ取って、次を見よう。

 念書を旦那に渡すと、旦那はすごくしかめっ面をしつつ、念書にサインをした。


「これでいいな」


「はい。後はきちんとお金を支払って下さいね。王宮へ提出しますので、きちんとしなければ王宮の役人の方にお伝えせねばなりませんから」


 可哀そうなことに旦那は騎士団務め。逃げることは騎士団を辞めなければ難しい。だが、騎士は庶民に比べれば給料が良い。そこを捨ててまで逃げれるかも分からない賭けに出るかは、今後見守るしかないだろう。

 私は念書を受け取り、旦那に笑いかける。


「終わりだろう?」


「ええ。貴方はもう一介の騎士です。さようなら。荷物は何処に送りましょうか?」


「……知っているんだろ」


「まぁ。では彼女のもとへ送りますね。今でこの屋敷に足を入れるのは最後です。私も鬼ではありません。息子に会って去りますか? それともこのまま去りますか?」


「どの面下げて会えと」


「どの面でも、最後かもしれませんよ」


「いい。あいつも、俺なんかとは縁を切った方がいいだろう」


「貴方が決める事ではないですが、会わないと言っている人に無理に合わせる事はしません。では、最後ですから、玄関まで送りましょう」


 私はソファから立ち上がり、部屋の扉を開けた。さぁ出ろと言わんばかりに。

 旦那は大人しく従って、玄関まできて、少し立ち止まったが、そのまま何も言わずに歩いて屋敷から出て行ったので、私は何も言わずに頭だけ下げて見送った。

 まだ離婚届けは出していない。だからまだ夫婦だが、今、終わった。


 十年、長かった。


 息子は悟ったらしく、そっと私の傍にくる。

 可愛い、可愛い、私の子。あの人は、この子の可愛さに気づけなかったのだろうか。


「ごめんね」


 息子にそう言うと、息子は首を横に振った。

 そして私の手を握った。


「お母さんは幸せになるよ。僕がほしょうする」


 可愛い言葉に思わず、頬を涙が伝う。

 あぁ、私は悲しかったのか。あの人を失って気が付く。でもこの子がいる。

 私は涙を握られていない方の手で拭い、息子に笑いかける。


「今日は豪勢に食事にいきましょうか」


「だね」


 私は失って初めて、愛を知ったけれど、あの人が盲目に追い続けた愛は彼女の元にあったのかは知らない。

 ただ一年、二年は続いた送金も、三年目に途切れた。

 私は王宮に申し出ることも出来たが、しなかった。


 その時に、私は新しい愛を育んでいたから。


 あの人のお蔭で知る事の出来た愛。息子のお蔭で前を向いて歩き続けられた。

 私は今、幸せだ。

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