第4話 竜の変化
「有意義だった。ありがとう」
「こちらこそ。いろいろ、ありがとう……」
荷馬車が並ぶ横で、三人が集まる。
エルランド商会において、イルトの住んでいる方面に向かう商隊は少ないが、たまたま出発する一便があった。
フィンスが商隊長に話を通し、彼らは別れの時を迎えようとしていた。
別れのすこし前。イルトには屋敷を一通り案内し、食事を提供した。
それから、フィンスが事業を担当する食糧品が積まれた倉庫にも行き、まだ買い手のついていない商品を自腹でイルトに買った。
イルトの話によれば、王都から見て東。
ちいさな集落が点在する村の周囲には魔物が多く集まり出した。
畑が多くある土地は広く、冒険者や王国による警備の手が足りていない。
そこを狙われているようだった。
「あとのことは、大人たちに任せなさい」
聞き取りをもとに商業ギルドと冒険者ギルドに話を通して、冒険者に依頼を出す。
まずは現地調査と、土地の所有者とのやり取り。それにすら依頼料が必要だろう。
そこまでが、フィンスの仕事だ。
あとの判断はギルドに任せる。
これはフィンスの推測なのだが。土地の所有者から魔物討伐の依頼がないのは、収穫量の減少に伴い依頼料に回せるだけの余裕がないと思われる。
もしかすれば、国には話は通しているかもしれない。が、人手が足りていないのだろう。
王国の東側にフィンスの取引ルートは少数しかないのだが、これを機に広く目を向けるのもいいかもしれないとフィンスは思った。
「あの、」
「うん?」
イルトは一番初めの威勢はどこへやら。
フィンスと知り合ってからは、照れたように大人しい。
「フィンスって、王子様みたいだよね」
「────え?」
さすがのフィンスも、この返しは予想できなかった。
滅多に見られない、ぽかんと口を開け呆けた表情を浮かべる。
「きれいだし、かっこいいし、やさしいし……」
「お金持ちだし?」
「コール」
「冗談」
子供は苦手だ、と言っていたコールもイルトには少し慣れたようだ。
(王子様、……ねぇ)
柄にもないな、とフィンスは思う。
自分は、前世も今世も。自分の欲に忠実なのだ。
誰かのためにと思ってやっているわけではない。
今だってそうだ。
イルトの問題を解決すれば、自分の仕事にもよい影響があると思ったからだろう。
だが、他人からそう見えないのであれば、それは誰かにとっての優しさ足り得るのかもしれない。自分の知りたいものは、きっとそういった領域なのだろうとフィンスは思った。
「坊ちゃん、準備できました」
「やあ、頼んだよ」
荷馬車が5台並ぶ。
イルトはおずおずと、案内されるがままそのうちの1台に乗り込んだ。
と、今度はコールが商隊の隊長を呼ぶ。
先頭の荷馬車から降りてきた商隊長が、コールになにか耳打ちされたあと「任せてください」と言った。
「フィンスっ」
「なんだい」
屋根の付いた荷台から顔を覗かせて、イルトは言った。
「ぼく。フィンスみたいになりたい」
「……?」
(私のように?)
イルトの意図することは分からなかったが、彼の眼差しを見るにわるいことではないようだとフィンスは納得した。
「イルト。今とは、過去の自分の積み重ねだ。
そして未来とは、今の自分の積み重ねだ。
私もやれるだけのことはやる。君も、思い描く未来があるのなら、それに向けて歩んでいくといい」
「──うん」
「離れても、友人同士だ。また何かあれば、文でもいい。知らせてくれ」
「フィンス、ありがとう! ……あ、コールも」
「ついでかよ」
いつもと変わらない。静かに状況を見守るだけのコールだが、イルトに対して煩わしさは抱いていないようだった。
それだけでも、黒竜としての彼を知っているフィンスにとっては目に見えた変化というものだ。
「またねー!」
「気を付けてな」
商隊とイルトを見送る。
出発地となった倉庫前には、フィンスとコールだけとなった。
「……寂しいのか?」
「私が? それはない。……だが、物足りないなとは思う」
「ふーん」
「あ。君だけじゃ物足りないと、そういう意味ではないのだが」
「べ、べつに何も言ってねぇだろ」
フィンスの心にある、一種の喪失感。
それは、寂しいという感情からくるものではない。
「なぁ、私が試している力の正体。それは、なんだと思う?」
「さあ。ヒトのことは知らんな」
「彼らはそれを、信頼と呼ぶそうだよ」
「信頼……ねぇ」
フィンスにとっても、コールにとっても。
それは遠い存在だった。
強大な力を有する者にとって、他者とは自分を利用する者か、嫌悪する者。
どちらかの場合が多かったのだ。
では、力のない者にとって。他者とはどういう存在なのだろう。
彼らはどのような『力』で、他者と世界を共有するのだろうか。
独りで生きることが当たり前だったフィンスにもコールにも。
未だはっきりとは分からないものだ。
「あるいは、絆。呼び方はいろいろあるだろう。
力ある者は、力ある者同士でしか分かり合えないこともある……が」
言い聞かせるように、フィンスの口から言葉として出でた。
「その逆も然り。私や君のように、一人で事足りるヒトなど滅多にいないのだからな。
代わりにヒトは、繋がる力を持つ。竜に願いを伝える、情熱を持つ」
「……」
「だが、そうだな。竜に、力による繋がりを強いてきたのはむしろヒトの側だ。
それは君がよくわかっているだろう。よく言えばヒトは願いを乞う。言い方を変えれば竜の力を利用する。……実際の想いはちがえど、客観的に見れば同じに見える」
「どうだかな」
コールには他の竜の考えは分からない。
知ろうともしてこなかった。
何にも興味が持てなかったからだ。
だが今は。
「だから、君もこれから知っていくといい。それは君が長きに渡り見てきた景色とは、また違って見えるだろうから」
ヒトは何を想い、願い、期待し、諦め。何に絶望し、悲しみ、それでも前を向くのか。
自分がどう感じるかも大切であるが、他者がどうであるかを知るのも。
また世界を知る上で、重要なことだろう。
「……ところで、竜の間ではヒトの王に仕えることこそ誉れなのかい?」
「あ?」
「いや、実際のところどうなのかなと思って」
「さぁ。同胞は知らんが……たまたま王だったってだけだろ。
考えてもみろ。ヒトどもの面倒な事情に好き好んで巻き込まれたいヤツなんて、いないだろ」
「? ……いるではないか、ここに」
大きく見開かれ、何を言っているのだと言わんばかりの青の瞳は、目の前のコールを捉えた。
「おっ、オレは! お前の力に、……興味があるだけだ。
ヒトが竜と張り合うなど、あり得んからな」
「ふうん?」
コールはそれ以上の追及を避けるためか、咳払いをした。
「まぁ、しかし。私はべつに、君を従えなくとも王になる力はある」
「大した自信だな」
「事実だ。こちらの魔法と多少原理は違うかもしれないが……。
あちらの知識だけでも充分に魔力を扱えた。だが、そうはしない」
「あんたは結局、なにがしたいんだ?」
「さて……。なにをすれば、面白く、興味深い人生が送れるのだろうな」
「?」
「私はね、コール。世界というものを知ったつもりになっていたけれど……、何も知らなかったのだよ」
つまりは、フィンスにとって今世も前世の続き。
知らないことを知ること。それが、願いであり目的なのだ。
「あの頃の私なんかより、いまの君の方がよほどヒトのように思える」
「んだそりゃ。あんたどんなヤツだったんだよ」
「ふふ。また時間があれば、語ってあげよう」
そしてその願いは、前世の立場では無し得なかった。
今世の、『フィンス』だからこそ分かることがあると。
そう確信していた。
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