みかんの住人

くもまつあめ

みかんの住人

少し寒くなってきた10月のある日の午後3時、疲れた私はやっと一息つこうと椅子に腰かける。

窓をぼーっと眺めながらテーブルの上にあるみかんを一つ手に取る。

近くのスーパーで買ったまだ若いみかんだ。

なしや柿も食べたかったが、値段のわりに数が少ないので結局いつもみかんになる。

まぁ、嫌いではないのでいいのだけれど。


(もう3時か…)

外は風が吹いているようで、街路樹がゆさゆさと揺れている。

私はまだぼーっとしながら、みかんを手に持ったままで、まだ剥いてないことに気がつく。

揉んだら甘くなるなんてよく聞くが私は剥かない。

へたの方から上から下にむかって何の気なしに力を入れてみかんの皮の一部を剥いていく。


へたの部分付近から一部分を少し剥くと、いつもは見える白いもじゃもじゃしたものがきれいに整列している。

特に気にもせず無気力にみかんの皮を全て剥いてみると、初めて気がついた。



いつも、邪魔になる白い繊維は窓枠や扉の役割を果たしている。

(これは??)

不思議に思って、みかんの皮の上にみかんを乗せて観察してみると、これは驚いたことにみかんの一房一房が部屋になっているのだ。

テーブルにおいたまま、自分が位置を変えてみかんをじーっと見つめると、ある房は台所、ある房は寝室、物置、風呂まであるようだった。


「なにこれ…」


一人しかいない部屋で思わずつぶやいた。

何かのいたずらだろうか?

誰かがみかんの中にミニチュアを混ぜこんだのではないだろうか?

きっとそうにちがいない…悪質すぎる。

しかし、一体何の目的で?

改めてテーブルにみかんを置いてよく見てみることにした。

恐る恐るみかんを覗いてみると、みかんの一房ごとに作られた部屋は実によくできている。

しかも中に人がいて、生きているように動いているのだ。

ある房の中では、リビングだろうか?

テレビの前に置かれた座卓の周りに子供が座って母親と一緒に幼児番組を見ていた。

楽しそうにビスケットだろうか?ちいさなコップで何か飲みながらニコニコとおやつを食べていた。

別の房の中では、一人暮らしのアパートだろうか?あまりきれいではない室内にゴミ袋が転がっていて、ボロボロの布団が一組敷いてある。

その布団にくるまって誰かが寝ているようだ。

小さいのでよくわからないが、布団が上下している様子からまだ生きているようではある。

他の房の中では庭になっていて、小さなおばあさんが畑仕事をしているようだった。

雑草を抜きながら、時折腰を伸ばしている。


それぞれの房ではその中で人々が生き生きと生活してた。

あまりによく出来ているので、これは作り物ではないと確信した。

それがみかんの中に?なぜ?


自分がおかしくなってしまったのだろうか?

混乱しながらもこの今まで経験したことのない事態を理解しようと一生懸命考えを巡らせてみたが、結局訳がわからなかった。


思いついて、他のみかんをむいてみたが、いつものみかんだった。

この特別なみかんはこれだけらしい。

そうだろう、こんなことそうそうあるわけがない。

しばらく椅子に座って普通のみかんを食べながら、不思議なみかんを眺めていた。

時間が経つにつれ、住人が帰ってきた房(一体どこから帰ってきたのかはわからないが)、畑仕事を終えておばあさんが帰った房、時間の経過とともに人々の生活が変わっていくのを夢中になって見ていた。


 普通のみかんを食べ終わると、ふとこの不思議なみかんをむいてみたくなった。

どうなるのだろう。

悪いことをするような気がしたが、どうしてもやってみたくなった。


まず、持ち上げて眺めてみる。住人達に変化はない。

横にしてもひっくり返しても不思議なことに住人達は何事もないように生活を続けているようだった。

(なんだ・・・・)

そう思って今度はバラバラにしてみることにした。

まずは一房外し、弓なりにテーブルの上に置いてみることにした。

外すのは先ほど覗いた、アパートで誰かがボロボロの部屋で寝ていたみかんの房にした。


 ゆっくり外して、テーブルに置くと様子が変わった。

みかんの房の中にあるアパートの一室は大きく揺れ、室内がぐしゃぐしゃになった。

横揺れが続き、起き上がりこぼしのように左右に部屋が大きく揺れると、慌てて布団から飛び起きた住人らしき人二人が右往左往している。

あまりの揺れに耐えきれず二人は立っていることもできずに右に転がり、左に転がっている。

私はその様子がおかしくて、もっと大きくみかんを指でつついて揺れを大きくしてみた。

先ほどより大きく揺れてたみかんの中で部屋の中がもっと大きく揺れる。

慌てる二人に家の中の家電や家具が飛ぶように襲い掛かる。


「あ・・・」


その内の一人が倒れて来た冷蔵庫の下敷きになった。

私がしまったと思って、慌ててみかんの揺れを止めると、みかんの揺れも収まった。

もう一人が冷蔵庫にかけより持ち上げようと奮闘している。

しかし、持ち上げることがなくなすすべもなく、もう一人がまわりをウロウロとしている。

下敷きになった一人はしばらくじたばたしていたが、その内に静かになった。

もう一人は誰かに助けを求めにいったのだろうか、扉を開けてどこかに走って出ていった。


(しまった・・・)


後味の悪い結果になってしまった。

この房はそのままにして、他の房も一つずつ外して並べてみるとどのみかんの房も同じだった。

どれか一つでもつながっていれば地震がおきたようにはならなかった。

一房ずつ外した時だけ、みかんの部屋の平衡感覚が失われ地震が起きたような状態になってしまうようだ。

半分くらい外して五つくらい並べてみたが、いずれの部屋も崩壊してしてしまったようだ。

外したみかんの一つを汲んで来たコップの水に沈めてみた。

このみかんはさきほどおばあさんが草取りをしていたみかんだ。

「どうなるかな~」

わくわくしながらみかんを箸で突いて、コップの一番下まで沈める。

しばらくして引き上げると、みかんの部屋の中は洪水にあったように水びだし・・・いやダムに沈んだように水没していた。

みかんをティッシュの上にのせて中を覗いてみると、

「わー!水没してる!」

私は思わず歓声をあげた。

先ほどの畑はすべて水に沈み、農具もなにもかもそのままに水底に沈んだ状態になっていた。

おばあさんの姿はない。

先ほどののどかな畑の様子はみじんもなく、ただただ寒そうな水底の廃墟がみかんの中にはあった。

夢中になって、みかんの部屋の観察を続けている。

このみかんの中の人々の運命はすべて自分次第だと理解し、

恐ろしいような、神様になったような気がしてきて、色々なことをしてみたくなった。

私は結局すべてのみかんをぶんかいし、一つずつにして並べた。

すべてのみかんの中の部屋では大地震が起きたようで、人が右往左往し家屋が崩壊していった。

私はその様子を一粒ずつつぶさに観察して楽しんだ。

地震が収まると、わたしは次なる試練を与えることにした。

潰してしまうと中の様子がわからなくなってしまうので、つぶさないようにしなければならなかったが、色々なことをやってみた。

ある一つはコンロに近づければみかんの中は大火事になった。

ある一つは一か所に穴をあけると、みかんの中の地面が崩落し地面が大きく陥没してグシャグシャになった。

数粒は冷凍庫に、数粒はオーブンに入れて熱をかけた。

みかんの中は氷河期になり、熱波になり、住んでる人がいれば寒さに震え、暑さに苦しんでいるようだった。

私はお茶を飲みながら優越感に浸ってその様子を眺めた。

「地球は大事にしないとなぁ・・・」

そんなのんきなコメントをしながら気象学者にでもなった気分・・・

いや神様になった気分でいた。


こうしてしばらく観察していると、腰が痛くなり背筋を伸ばす。

うーんと伸びて時計をふと目にやるともう六時を過ぎていた。

「わ!もうこんな時間!」

慌ててみかんをすべて皿に入れ、冷蔵庫にしまった。

こうして妙な時間は終わり、夕飯の支度をすることで私は日常に戻っていった。


  ━━━━━数日後━━━━━

 冷蔵庫の奥から干からびたみかんが冷蔵庫の奥からでてきた。

「・・・・これなんだっけ・・・・あぁぁ!」

すっかり忘れていた。

あの世界凝縮みかんだ。

翌日様子を見ようと思っていたが、すっかり忘れていた。

どうなっているっけ・・・・?


一つ手に取って中を覗いてみると、荒れ果てた大地が広がっていた。

冷蔵庫に入っていたせいだろうか?雪も降っている。誰かが住んでいる様子のみかんは一つもなかった。

どうやら引っ越してしまったのか、いなくなってしまったらしい。

「なんだ、つまんない。食べる気にもならないし・・・もういいか。」

私はすべてゴミ箱に放り込むと、この不思議な体験は終わりになった。



 後日


 夜、眠っていると強烈な光で目が覚めた。

それと同時に大きな横揺れを感じ、起きようと思っても立ち上がることができない。

何かにつかまろうと思っても揺れが大きすぎてなすすべもなく揺さぶられる。

本やタンスの中身が飛び出てきて、思わず頭を抱えて大声手でキャーと叫ぶ。

やっと揺れが収まって立ち上がると、家の中はぐしゃぐしゃだった。

「・・・地震?テレビ見ないと・・・」

よろよろしながらテレビをつけるようとすると、家の中に水が流れ込んできた。

この辺に海も川もない。

どこからか水漏れだろうか?

慌てて部屋の中をウロウロと歩き回り、水が入ってくる箇所を探す。

水の入ってくる量はどんどん増えてあっという間に自分の腰まで来てしまった。

このままじゃおぼれてしまうと必死に出口を探そうとする。

「何?何が起こってるの?」

おぼれそうになりながら、出口を探す。

部屋の上の方から声が聞こえる。


――――見て、水浸しになってくよ!――――


あぁ、なんだ。

この部屋もみかんだったか・・・。


水はもう顎の下まで来ている。

一緒に浮いているみかんを見ながらこの中の住人だったら無事なのかなと、考える。

















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