第4話 自警団
時は現在の2034年に戻る。
自警団総長が奥の部屋でタバコを吹かしていると、部下の一人が慌ててやってきた。
「総長、ヒデがヤられました。警察から連絡があって、なんでも、ヤツが突然街で暴れ出して、周りの人間を何人か負傷させたらしいです。それで、そこに助けに入った若い男にヤられたとかで」
「ヒデが突然暴れ出して、ヤられた?」
「はい。しかも春さんが一緒にいたみたいなんですけど、春さんにも襲いかかろうとしたみたいです」
「春を?なんでヒデが春を襲うんだ?」
「一緒にいるときに、なんでも突然豹変したらしいです。口から泡吹き出して意味のわからない言葉を突然喋り出したりしたそうです」
「まさか。ヒデが怪奇事件を起こしいる化け物一味と同じになっちまったってことか?そんなことあるのか?」
「様子からすると、どうもそのようです」
「化け物から住民を守るはずの自警団の仲間が化け物になっちまったなんてまずいな。高橋警視に言って何とかしてもらうしかねえな」
「はい」
「で、ヒデをヤった男ってのは誰なんだ?ヒデが悪いとはいえ、一応仲間だ。放っておくわけにはいかねぇよな」
「はい。逃走中みたいで、まだ誰かかわかっていません」
「それなら警察より先に捕まえてやるか。春は何か言ってないのか?」
「春さんも知らないみたいです」
「そうか」
「あと、もう一つ報告が。うちらも警備を頼まれていた例のサイレントヒューマンの音楽ライブで暴動があったみたいで、ボーカルの男が混乱に乗じて逃げ出して、まだ見つかっていないとか」
「あれか。例の令嬢のわがままでやったやつか。サイレントヒューマンなんてこっちに入れるからだろ。全く朝からとんでもない話ばかりだな」
ヒナタは投げ飛ばされた時の痛みで目が覚めた。
『身体があちこち痛い。そして、俺はほんとに人を殺してしまったのか」
昼の12時。隣の部屋の食卓では春とヨシキがご飯食べていた。
「ピザあるからよかったら食べて。レンチンだけどまぁまぁ美味しいよ。」
春はヒナタにピザを切り分けた。
「ありがとうございます。頂きます」と手をあわせて、ヒナタはピザを一口食べた。
「昨日は本当にありがとね」
春は改めてヒナタに頭を下げた。
「あたしね、大きな声じゃ言えないけど、実はサイレントヒューマンの人たちって結構好きなの」
「本当すかぁ?子供相手にからかわないでくださいよぉ」
「あたしね、六本木の高級クラブで働いてるの。お客さんがね、たまに仕事仲間のサイレントヒューマンをこっそり連れてくるんだけどさ、みんないい人だし、ユニークで面白いんだよね。サイレントヒューマンは社会常識のない、ルールから外れた人たちだとか、アウトサイダーだとか、市民に悪影響与える思想のもちぬしだとかいろいろ言われてるけど、直接話すと、みんなそんなことないの」
ヒナタは驚いた表情で春の顔をみた。
「あたし仕事柄色んな人と話すでしょう。あたしたちのお店に来る客はほとんどこの都会の上層階級の人たちばかりだけど、みんな権力とかお金はあるからいい客なんだけど、みんななんか同じような感じで個性がないというか、つまらないんだよね。今年はこんなに儲かったとか、何々大臣になれそうとか、どこそこの国の王子と仲良しとか、誰も行ったことないどこそこ行ってきたからそこの土産あげるとか、そんなことばかり。自慢話をとにかく聞いてほしいのよね」
「…」
「あら、やだ、あたし。はじめて会った好青年にこんな話していいのかしら」
「スーパー特区の人たちってみんな、僕たちのことを下に見てるのかと思ってました。春さんみたいな考え方の人もいるんですね」
「ま、何でスーパー特区に来たのか理由は聞かないけど、しばらくここにいてもいいよ。ヨシキも君のこと嫌いじゃないみたいだし」
ヨシキは隣で黙ってピザを食べながら、うんうんと頷いてみせた。
その日の夜、春の働くクラブに自警団の総長がやってきた。
「いらっしゃいませ、総長さま。お久しぶりでございます」
メガネをかけた店長が出迎えた。
「おお店長。春はいるかい?」
「春さんはただいま別のお客様についております。あと少しで帰られると思います。もし良かったら上の階のメタバースルームでお待ちになりませんか?」
「メタバースルーム?」
「はい、3Dの仮想空間なのですけどとてもリアルなんです。提携しているお店の女の子が本当にその場にいるような感覚で話したりお酒飲んだりできるんです。最近はバーチャルな女の子も何人かいます」
「はぁ。バーチャルな女なんてのもいるのか?」
「はい。しかも結構人気なんですよ」
「はぁ。まぁ俺はそういうのいいや。カウンターで待たせてもらうよ」
「えへ。そうですよね。ではカウンターにご案内します」
30分くらいして、春がカウンターにやってきた。
「あら総長。もしかしてヒデのこと?」
「そうだ。お前にも乱暴を働いたって聞いたよ。すまないことをしたな。俺からも謝る。で、春。ヒデをヤった男はどんなやつだ?警察よりも先に捕まえたいんだ」
「それがあまり覚えてないのよ。突然のことだったでしょう。気が動転していて」
「そうか。目撃証言だとその場にいた女も一緒にその男と逃げたとか警察が言ってたらしいけどな」
春は一瞬表情を曇らせたが、平然を装った。
「私は私でその場から逃げるのに夢中で本当に覚えてないのよ。もしかしたら同じ方角に逃げていったかもしれないわね」
「そうか。ちなみに昨日、4丁目のライブハウスで暴動があって、ボーカルだったサイレントヒューマンが逃走したって話は知ってるか?しかも無許可のサイレントヒューマンだ」
「あらそれは大変ね。無許可のサイレントヒューマンが特区に入りこんだなんて大ごとじゃない。ニュースでやってたかしら」と言った。
「大事件だよ。でも例の子生意気な令嬢が絡んでいて、ニュースになるのは揉み消したらしい。でも警察はあちこち捜査してるようだ」
「それって仮にサイレントヒューマンが捕まるとどうなるの?」
「まぁ無許可で逃走で、暴動騒ぎもありで、普通だったら、ムショ行きだろうな」
春の表情が険しくなった。
「春、その顔はお前何か知ってるな?」
少しの沈黙の後、春が言った。
「ヒデからあたしを助けてくれた子なんだけど、実は今うちにいるの。サイレントヒューマンだっていうから誰にも言わないほうがいいかなと思ったの。嘘ついてごめん」
「そうか。やっぱりな。サイレントヒューマンだからもしやと思ったんだ。相変わらず優しい女だな。でも今は危険だ。お前のところなんて警察がすぐ嗅ぎつけるぞ。しばらく俺のところでかくまってやるよ。俺ならコネがあるから警察は誤魔化せる」
「そうね。確かにそのほうがいいかもね。よろしく頼むね」
「任せてくれ。早いほうがいい。今から俺が行くと家に電話しておいてくれ」
自警団の総長は店を出ると、仲間を呼び、その足で春のアパートに向かった。
春のアパートに着くと、総長は部屋のインターホンを鳴らした。ヨシキが出た。
「ヨシキか。俺だ。お母さんから聞いてるな。そこにいるヒナタくんを迎えにきたんだ。彼を外に出してくれ」
「うん。分かった」
数分後、ヒナタが外に出てきた。すらりとした細身のヒナタを見て、総長は唖然とした。
『こんな細身の若造に、ヒデがやられたのか。。。』
総長の姿を見たヒナタは一瞬身構えた。
「君がヒナタ君か。春さんから聞いてるな。君は今思ったより危険な状況にある。俺たちは仲間だ。安心してくれ。君の安全を守りにきたんだ。さぁこの車に乗りたまえ」
総長が車を指さした。後部座席にまず総長が乗り込み、それからその隣にヒナタが乗るように案内された。その刹那、総長の言葉に胡散臭さを感じたヒナタは車に乗り込むふりをして、手下の一人に蹴りを入れて、そのまま全力で逃げ出した。
「マジか。こいつ。追え!逃がすな!」
逃げるヒナタをもう一人の手下が追いかける。
ヒナタは近くの公園に逃げ込んだが、すぐに手下の一人が追いついてきた。
「よくもヒデをやりやがったな」
手下がヒナタに殴りかかった。ヒナタはするりと身をかわす。手下の攻撃は全然ひなたに当たらない。
総長の車も公園に到着した。手下のもう一人と運転手もヒナタに襲いかかる。3人がかりでヒナタを押さえ込もうとする。
『ヒナタ。肩の力を抜いて、お腹に意識を向けて。丹田呼吸よ。そしてお腹から目一杯声を出しながら、拳を高く突き上げて」
突如、少女の声がヒナタの脳内に聞こえた。
『え?!また!?丹田呼吸!?』
スーパー特区に来る前の日に聞こえた声と同じだった。ヒナタは驚いたが、瞬時にその声に従った。
「えい、やあぁ!」
ヒナタの身体が素早く動き、3人はそれぞれ反対方向に吹っ飛んだ。
『こいつはやべぇな。人の動きが先に読めてるし、細いのに半端ない力だ」
頭のキレる総長はヒナタの戦いぶりを見て、ヒナタを捕まえるという作戦を変更した。
「すまん。嘘をついた。たしかにヒデはどうしようもないやつだった。でも仲間だったんだ。だから仲間をやったやつは許さないのが俺たちの流儀だ。一方で、俺たちが怪奇事件を起こしている化け物から住民を守る自警団をやってるのも本当だ。ヒデだってあの日化け物がいないか見回りに、化け物から住民を守るために夜警に出ていたんだ。だからなぜヒデがあんなことをしてしまったのか、やつになぜあんなことが起きたのか真相が知りたいんだ」
ヒナタは何も言わず真っ直ぐな瞳で総長を見た。総長は続けた。
「俺たちは元々半グレ集団だった。賭博も薬も悪いことは散々やってきた。けど、俺たちには俺たちなりの正義もあった。立場や金があればどんな汚いことも許される腐った社会への抗議だ。馬鹿らしいルールはどんどん作られていく、それに対して誰も何も言わねぇ。政治家も、官僚も、財界も、どいつもこいつも自分のことしか考えてねぇ。力のある奴には誰も逆らわない。弱い奴が泣いてても見て見ぬふりで、誰も力のあるやつのほうしか見ない。権力があれば殺人だって許される、そんな社会おかしいだろう。
俺たちは仲間は裏切らねぇ、弱くても仲間だったら何があっても絶対に守る、俺たちは一般人は殺さねぇ。弱いやつでも絶対に殺さねぇ。
そんな俺たちの信条を守るためなら多少の悪いことは仕方ねえよな。学歴も立場もねえ俺たちの言うことなんか誰も聞いちゃくれねえんだから自分たちの大事なものは自分たちで守るしかねえよな。分かるだろう」
「はぁ。で、何が言いたんですか? だから、仲間を殺した俺は許さないっことですか?」
熱く語る総長にヒナタは言った。
「まぁ、そのつもりだった。けど、もうそれはいい。一般人を襲うなんてヒデはおかしくなっちまったんだ。まぁ狂った社会だ。人が狂うのもたしかに分かる。けど、ここんところ起きてる怪奇事件はあれは行き過ぎた。完全なる狂人の仕業だ、化け物の仕業だ。女、こども関係なくやってやがる。あんなのは許しちゃおけねぇ。だから俺たちは自警団を組織したんだ。つまり、俺たちはそんなに悪いやつらじゃねえぞ!って言いたいんだ」
「なるほど」
「それに一連の怪奇事件は謎に包まれていて警察も有耶無耶に事件を扱ってやがるし、ヒデが化け物みたいな行動をとったことも解せないし、政府も国民もますます馬鹿になってきてやがるし、正直お手上げなんだ」
『おれはなんではじめて会ったばかりの若造にこんなに熱く語ってるんだ。何なんだこいつは』総長はヒナタ相手に本音を吐いてる自分に驚く。
「春さんから聞いてると思うんですけど、俺はサイレンヒューマンなんですよ。とある田舎の山麓に住んでるんです。だけど、ある人から特別にこのスーパー特区でライブやってくれって頼まれて。でもそれは表向きの理由で、俺がこっち来た本当の理由は、別の女性を探しに来たというか、その女性が突然俺の脳内に語りかけてきたんですよ。特区で大変なことが起こっているから来いって。それで、そのタイミングでたまたまライブの話があって、こっちに来たんです。そしたらそういうことになって、今まで人なんて殺したことなかったのに」
ヒナタは少し涙を浮かべながら言った。
「サイレントヒューマンってのは変な奴が多いとは聞いていたけど、やっぱり変な奴が多いんだな」
総長は半笑いしながら言った。
「いやぁ、こう見えて結構ショック受けてんすよ。相手が狂ったやつで、正当防衛とは言え、人殺したなんて。親にも誰にも言えないっすよまじで」
総長は泣くひなたをぐっと抱きしめた。
「ヒナタ。分かった。化け物化しちまったやつはもう人間じゃない。お前のしたことは正当防衛だ。罪悪感なんて感じなくていい。俺も水に流す。お前も水に流せ。協力しよう。怪奇事件の真相探しを一緒にしよう」
ヒナタは泣き止むと
「うまく言えないすけど、何て言ったらいいかな。まぁ山麓でのんびり暮らす俺たちからしたらこのスーパー特区での生活とかって元々おかしいなとは思ってるわけなんですけど、だからここで人間が病的になるのも分かる気がするし。でも中にはいい人もいることもわかりましたけど。まぁ真相はよく分かんないすね。こういう社会の結末というか、この世の終わりがきたとでも言うか。行くとこまで行ったかというか。でもとにかく俺も呼ばれてきちゃって、こんな関わっちゃったからには真相を探らなくちゃと思ってるんすよね。でないと俺も俺で捕まって終わっちゃうし」
と言って、ヒナタは総長と握手を交わした。
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