第2話 春

ずいぶん走っただろうか、歓楽街を抜け建設中の建物や、オフィスビルが乱立する街角でヒナタは悲鳴を聞く。


見ると、半グレ風の大男が暴れているが、左右の目の焦点が合っておらず口からは泡のような物を吹いている。


「ハ、ハ、ハ、、、、ハローワールド」


 半グレ男は意味不明な言葉を放っていた。


「ん???ハロー?新手のドラッグとかやっちゃってます??」


 ヒナタは足を止めた。周囲にはその男に危害を加えられ倒れている人も見え、ピクリとも動いてない。周囲の人はパニック状態で逃げ惑う。さらに男は近くにいた女性に襲い掛かる。


「ハローワールドぉぉぉぉ!!!!」


 ヒナタはとっさに女性と半グレ男の間に割って入った。

「やめろ!明らかに正気じゃない奴に聞くのもなんだけど、あんた正気かよ!?」


「はぅ、、はぅ、はぅ、、ぶつぶつぶつ、、」


「ぬぬぬぬぬぬぬぬ!なんて力だ!」


 ヒナタは半グレ男の両腕をつかんで抑えるが、ものすごい力で抗ってくる。


「はぅ、、、はぅ、、ハウディ―ワールドぉぉぉお!」


 半グレ男の腕がヒナタの掴んでいる部分で折れた。それでヒナタは一瞬ひるむと、半グレ男はそのままヒナタを工事現場の資材のような物が置いてある場所にぶん投げた。


「あいたたたた、、、彼っ、痛覚無いのっ?」


 ヒナタは転がっている木刀くらいの大きさの材木を見つける。

「こいつまともじゃない、、、、これって正当防衛になるよね!?」


 ヒナタは材木を持って立ち上がり、剣術のような構えをし呼吸を整えた。

 周囲の気温が下がるかのような、言うなれば空気が凛とするというやつだ。


 いつしか逃げ惑いパニックだった周囲の人たちにも不思議と空気が変わったことが伝わった。顛末を遠巻きに見守っている、何ならヒナタに加勢しようとする者もいた。


「・・・      シャっ!」

 ヒナタは声ともつかない呼吸とともに、半グレ男の額を一突きした。


 痛がったり苦しむ様子は少しも無く、半グレ男はゆっくり倒れた。

「こっ、こっ、ヒュー、ごぼっ、、、コっ、コ、コンパイルエラー、、、ぶつぶつ、、、、プツッ。」


 遠巻きに見ていた人々から自然に拍手が起こる。


「救急車だ!誰か救急車を呼んでくれ!」

 通行人が声を上げ始めた。


「心臓マッサージだ、みんな出来るだけ手を貸してくれ!」

 通行人たちは、半グレ男の危害を受けて倒れている人たちに駆け寄り心臓マッサージをし始めた。


 ヒナタには半グレ男の身体から魂が抜けていく様や、心の声が感じ取れた。


「あれ?俺何やってるんだ??  ああ、、 終わりなのか、、、なんでだよ、、、あっけないもんだな。あれ?優子と勝志はどうなる、、? ああ、お別れなんだな。こんなパパでごめんな、、、」


 ヒナタは今まで半グレ男が発していた意味不明な言葉と、今聞こえている最期の言葉が余りに異なる事に不思議さを覚えた。


 それと同時に、先ほどまであった正義感の正当性が揺らぎ、投げられた時の身体の痛みを感じ、今日一日の出来事の数々を思いだし、罪悪感と混乱や疲労と、その色々の混濁でその場に座り込んでしまった。


「助けてくれてありがとう、大丈夫?」

 

 ヒナタが顔を上げると、先ほど間に入って助けた女性が立っていた。


歳は20代後半だろうか?とても美人だ。開いた胸元に光る高級そうなアクセサリーと少し濃いめの化粧に、まだ18才のヒナタは気が遠くなるほどの大人の色気を感じた。


 そして、その女性は続ける。

「ご両親が心配してるんじゃないかしら?お家まで送るわ。住所コードは?」


「じゅうしょこーど?、、、、じゅうしょどーこ?、、、住所どこ?って意味?」


「・・・・・」


「あ、俺、ここの人じゃないんです。あの、あれです、サイレントヒューマンの集落から来ました」


「え?じゃあ、あなたサイレントヒューマンってこと?じゃあ、こんなところにいたら逮捕されちゃうじゃない! わかったわ、私の家に来て。それからどうするか考えましょ!」


「え?おねえさんの家?(ちょっとドキドキ)」

ヒナタは少し顔を赤らめた。


「警察が来る前にここを離れないと!」


 女はヒナタの手を取り急ぎ足でその場を離れ、タクシーを探した。

 タクシーに乗り込み先ほどの騒動に駆けつけるパトカー数台とすれ違った。念のため遠回りして春のマンションに着いた時には夜半近くだった。


 「思ったより質素な生活でしょ?この街は一部の大金持ちとその人達の為に働く人たちしかいないの。そういえばお腹すいてる? あ、そういえばあなたの名前聞いてなかったわね。私の名前は春」

 春はレトルトの料理を温め始めた。


「あ、俺の名前はヒナタ。ちゃきちゃきのサイレントヒューマンだぜ!」


「ヒナタ君、あんまりサイレントヒューマンって大きい声で言わないの!(小声)」


「そーゆーもんなのか。あ、春さんはあの男と、、友達?」


「そうね、、知り合いよ。ちょっとは不良だったけど、急に様子がおかしくなってね。最近この辺で人が急に豹変して殺人を起こす事件が連続して起きてるの。新種の薬物じゃないかって噂だけど、彼に限っては薬に手を出すような人じゃなかったわ」


「薬物か、、、、それだとなんかしっくりこないってゆーか、、、、、優子と勝志って、あの男の奥さんと子供?」


「なんで、ヒナタ君がそれを知っているの?!」春は驚いた顔を見せた。


「信じてもらえるか分かんないけど、昔から少し不思議な力があるっていうか、肉体から魂が離れる時の様子がわかるって表現すればいいのかな、、他にもいくつかの能力あるんだけど、、、で、あの男が奥さんと子供の名前を言ってるのが聞こえたんだ」


「そんなことってホントにあるだ、、、」春はゴクリと息を飲んだ。


「で、だ。何かがあの男に乗り移っていた感じというか、、、元の人格を微塵も感じなかった。その一連の事件、裏で何か恐ろしいことが起こってる気がする」


「あなたは関わっちゃだめよ、早く特区を出ないと!」


「関わらない?あれだけの監視カメラの前で、特区に不法侵入のサイレントヒューマンが薬物使用者でもない特区の住民を一突き。警察は俺のことを逮捕して幕引きにすると思う」

 ヒナタは平然と答えた。


「そんな、、、」


「それに特区にも良心ってのが残ってる連中もいるようだから見捨てらんないしな。俺は俺のやり方で、身の潔白を証明しないとって、、」


 ヒナタの発した言葉は10代の少年が発するには大それた言葉だったが、春は不思議と信用することが出来た。


「今、覚悟した」


 年端も行かない端正な顔立ちからは、春が産まれてこのかた見たことが無いほどの鋭い眼光を覗かせ、そう語った。


また空気が凛とした。

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